第10話 K-3

 2Q残り30秒を切る。ラストポゼッション(※1)の様相だ。茉莉はもう思考停止で優里に入れにいく。そう決めていた。


 ――本人から苦情が来るまでそうしよう。そこしか点が取れるところがない。


 だが啓誠館が動いた。試合開始からフロントとバックを行ったり来たりで、一切参加する気が無いハナのマークマン8番が優里へダブルチームへ行く。


「お?」ユ


「キマシタワー! ユーリ大先生へのダブルチーム!」カ


「ユーリこれ決めろよーマジで」マ


 真夜からダブルチームでもソロで決めろと無茶振りの声がかかる。ハナは止まって何もしない。誰も助けに行かずに、やむなく強引に茉莉がパスを受けに身を寄せた瞬間だった。


 タンッ ダムッ タタンッ


 ……!?


 一瞬、目を疑うステップが披露される。優里はシュートを放った。


 ピーッ バスッ  


 ざわっ!


 一連の動作だった。優里がダブルチームを避けるように左真横に交わし、強引にシュートスペースを作ってしまう。予想外の動きに一瞬初動が遅れ、追った15番の手が優里の腕を触った。ファウルだ。


『カウント2。ワンスロー』


 ――う、うそ……ギャロップステップ……! しかもブザービーターでバスケットカウント!(※2)


 ボールを貰った瞬間すぐに放ってワンスローも難なく入れてしまう。これは茉莉もこの2週間、何度も練習に付き合った動作だった。もう優里のフリースローを10本打てば1本外すかどうかになっていた。


 ピーッ


 2Q終了のブザーが鳴る。館内で驚いていないのは、真夜、伽夜、ハナの3人だけだった。ダブルチームへ行った15番と8番は腰に手を当て、ガクリとうなだれる。ベンチへメンバーが戻ってきた。


「優里ちゃん、す、すごすぎだよ!」


「サンクスー。肩温まってきたわー」



「ふむ」


 啓誠館の高塚監督が立ち上がった瞬間だった。


 ガツッ


 美子先生が足を差し出し、行かせない。


「ユージ、どこいくのー?」


「……。つまり、今日勝つつもり、か?」


「さー知らなーい。でもアドバイスには行かせなーい」


 ダブルチームでも止められなかった優里への対策を講じると読んで、美子先生が高塚監督をベンチへ行かせなかった。互いに指示なしの真っ向勝負をするつもりならそれでいいと高塚もベンチへ座り直す。


-啓誠館ベンチ-


「茶髪の14番だけど、どうする? 手がつけられないよ」


「ディフェンスしないから、負けはしないだろうけど……」


「監督はこの試合、勝敗より内容を見るよね」


 こんなふざけたチームとは対戦したことがない。しかしチームに一人くらい、点取り屋が居ることは特にめずらしいことではない。多少センスのある一人が無双しても他がダメでは勝てはしない。強豪が強いのはチームそのものの総合力が高いためだ。


 啓誠館はハナが一切動かないので、マークマンの8番を外して、優里にダブルチームを常時継続する策を打ち合わせた。


-天百合ベンチ-


「交代はいい?」


 ベンチの隅で控える、啓誠館からの助っ人3年生が声を掛けて来た。


「あーいいっすー。てかあたしら動いてないんでー」マ


 一応聞いてやったという感じだが、そんなことは助っ人3年生も存じているだろう。それ以前に真夜のこの悪態のほうが気に障っているようだ。


「ふんっ 我が道行って最後までメンバー残ってればいいけど」


 一つ皮肉を言って戻っていく。


「それもいいっすー。キョーカンとか求めてないんで?」


「そーそー。無個性に価値なしっていうか?」


「皆一緒で幸せになりたーい! イッツワンチーム! あっはっは!」


「はいー! ちょっとーーー! 皆注目ーーー!」


 慌てて茉莉が制しに割って入った。



「ハナちゃん、ディフェンスなんだけど……」


「ん? やりたいの? ディフェンス」


 1ポゼッションすら止められていない状況だ。すべてゴールされている。これでは神様でも勝てはしない。なんとかおこぼれでも、一本止めて打開したいところだ。


「んー、じゃあ私一人でやる」


「えぇ!?」


「今日はオフェンスに取り組んで欲しいんだ。点取らないと、盛り上がらない」


「え……」


 ハナは何か考えがあってこのゲームを作っているようだ。真夜、伽夜、優里も、おそらくハナの目的も内容も分かっていないし興味もないだろうが、ハナの性格は知っているので(弱みを握られているので)、言われた通りにやっているのだろう。


「真夜、茉莉が最後まで持つように、ボール運んで」


「うぃおー」


 ハナが真夜に端的に促す。ディフェンスは手抜いていいと伝えているが、性格柄茉莉は一生懸命やってしまうだろう。茉莉が4Qにスタミナ切れにならないように協力しろとの指示だ。つまり、啓誠館の助っ人を使う意思はないということだ。


 先ほどまではドカっと悪態をついて座っていた真夜だが、すでに先日短くなった

爪を研ぎまくっている。伽夜は靴下まで脱いで足の爪をいじっている。


 茉莉は優里の姿を探すがベンチに居なかった。体育館の外に行ったようだ。足をハの字に投げ出して座って風に当たっていたので隣に行く。とにかく皆に声を掛けよう。そう思っていた。


「大丈夫? 一人でオフェンスやってるけど」


「えーそれマツリーじゃねー? 前半からずっとボール運んでんじゃん笑う」


 いつもの調子だった。たしかに優里のフリースロー練習に付き合ったのは茉莉だ。

このくらいで腕が上がらなくなるほどのスタミナではないことは知っている。軽く100本程度は、毎日打てる。


「ハナ何か言ってたー?」


「うーん。一人でディフェンスやるとか言ってたけど……」


「あっはっは、何それウケル」


「マツリー勝ちたい? あーしは緩くやりたいなー」


「え、そりゃ、勝ちたいけど、もちろん楽しくないとダメだよね」


「えーそれよくばりすぎー」


 言うと立ち上がって戻っていく。後に続いた。じきに後半開始だ。戻ると真夜も伽夜も一応ちゃんと(?)靴下を穿いていた。相手ベンチへ冷めた視線を送っている。


「あーあ。何必死にやってんだ? そんなコレの才能あるんか?」


 伽夜も悪態をついている。当然ベンチの脇に待機する助っ人3年生にも聞こえている。だがなんとなく言動と風貌で察したのだろう。軽視し始めた。


 おそらく以前、少しバスケをかじったが、すぐに辞めてしまった者たちだと。そのままグレてしまって、ギャルなんかをやっている。そう印象付けるには十分だった。


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(※1)クォーターの推定最後の攻撃機会。

(※2)クォーター最後の終了のブザーが鳴る直前に放たれたシュートのカウント。

決まると大変かっこいい。

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