第9話 K-2

 本来ならタイムアウトだが、そんなレベルですらない。こうなることは分かっていた。せめて自分だけは声を出し、チームを鼓舞しようと茉莉は決めていた。しかしセンターラインまでボールを運ぶも、困り果てる。


「マツリン、ユーリに入れとけってー」カ 


「は? なんでエアボーラーユーリに入れんだよー」マ (※1)


「ぶっ! エアボーラーユーリって爆笑」カ


「マジうぜー なんだこいつら敵かよ」ユ


「は、ハナちゃん~」


 茉莉がハナに助け船を求めるが、取り合う気はなさそうだ。ドリブルで左サイドラインからウィングへ向かった。真夜が11番に話しかけている。エアボーラー優里とかターンオーバー茉莉って面白くね? などと言っている。


 真夜に対して相手選手が嫌々応じた瞬間を、茉莉は見逃さなかった。


 自分へのマークマンも気が緩んでいて、最初より開けていた。真夜の横を通過するように、渾身のペネトレイト(※2)で突き進む。レイアップが決まった。


「うおおお! やるじゃんマツリー」 「さーすがキャップー ヒュー」カ


 ひたすら練習してきた低い姿勢でのハンドリングを駆使したペネトレイトだ。

これだけは自信があった。


 ――なんとか相手の油断で決まった。でも結局は最後、シュートまで行けなきゃ意味がない。インサイドの強い相手には何度も阻まれてきた。これを生かせる仲間がいれば……。


 ピーッ 選手交代 啓誠館 11→13


 !


 真夜のマークマンが交代させられた。下がる選手は苦渋の表情、歯を食いしばっている。真夜の雑談に応じた上に、茉莉に横を抜き去られ失点の起点になった。つまり、懲罰だ。


 ――1度のミスで懲罰交代だなんて……!


 2年生キャプテンの判断だ。啓誠館のベンチが一気に気を引き締める。どんな相手だろうと、気の緩んだプレイは許さない。そんな対応だ。茉莉の唯一付け込みたかった”油断”の線すら消される。フォーメーションからきっちり2点を取り返してきた。


 ピーッ 


 8分経過。1Q終了のブザーが鳴る。ぞろぞろとベンチへ戻ってくる。


「あー笑った笑った。先に腹筋のスタミナなくなるわー」カ


「てか今点差どうなってん?」マ


 天百合 2-13 啓誠館


「ふーん」


 各々、ドリンクを飲んだりリラックスして4分を過ごす。

茉莉は皆が腐らないように、なんとか個々に声を掛けていた。


「ユーリ、マツリンが過労死すんぞー」マ


「んであーしなんだよー。……ハナ、2点でもいいしょ?」


「?」


「ふっ 真夜、茉莉を助けたいの?」


 ハナが言った瞬間、ズンとハナの目の前に真夜の顔が詰め寄る。


「ハナー、生意気なんだよ。やるやらないはあたしの胸一つなんだよ」


 真夜が凄みを見せるがハナは普段通り眉一つ動かさない。言って真夜は去って行く。


「……ま、仕方ないか。あの程度のディフェンスなら。でもあとから3Pもやってもらう」


 ハナが優里に伝える。この練習試合でシュートの指示でもしていたのだろうか。


 ピーッ


 2Q開始のブザーが鳴った。


「つーわけで、マツリー、ボール全部あーしに入れてといてねー」


「えぇ!?」


 まだやる気なのだろうか。ハナを見るが軽くうなずいたので、言われた通りにする。ボールを運び、普段通りのニヤついた笑みを絶やさず手を上げる優里に、もうどうにでもなれというパスを出した。


 空けて守る相手に対し、受けた瞬間、ポンと一突きして、少し内側へ入る。

すぐにミドルシュートを打った。

相手もブロックには行くが厳しくはない。


 バスッ


 ――は、入った! やった!


「ナイス! 優里ちゃん!」 「サンクー」


「……?」


 周囲の反応は何もなし。淡々と軽いテンポで戻ってくる。が、相手の攻撃に対して相変わらずディフェンスの方はしない。伽夜のところから2点を返されてしまう。外した時は大笑いで決めたら無反応。異様だった。


 その伽夜からボールを受け取り、運んでまた優里に入れる。今回はフリースローラインの右やや手前に居た。振り向いてクイックでシュートを打ってしまう。先ほどの振り向きざまシュートを思い出し、うわっと茉莉は肩をすくめてしまう。


 パスッ


 ――ま、また入った。


「ナ、ナイッシュー優里ちゃん!」 「うぃうぃー」


天百合 6-15 啓誠館


 そして相変わらずの棒立ちディフェンスで普通に返される。

天百合は相手のオフェンスを一度も止められていない。

茉莉以外の選手は止める気もさらさら見せない。

 

 茉莉がボールを運ぶ。やや相手の5番のマークがきつくなっていた。2連続ゴールしたため、まともなディフェンスに切り替えたようだ。


 パスを塞ぎに来ていたため優里へのコースが狭い。しかしかいくぐってなんとか優里に出す。受けて止まった。深めのミドルポストだ。


 前。後。トン、トンと優里の右足が動く。

そしてロングミドルを打った。


 ――やっぱりシュートなんだ! 打点が高い!


 パスッ


 3連続、優里の2点が決まる。啓誠館のベンチにどよめきが走る。2年の主将も困り顔だ。マークの15番は一度も抜かれたわけではなく、ブロックにも行っている。


「きゃはははは、ユーリなにマジになってんだよー」


「あー? 真夜がマツリー助けろって煽ったんだろー」ユ


 相手の攻撃はリングを外すが、天百合は誰もリバウンドがおらず、そのまま

2点を決められる。


 ――わ、私がリバウンド入ったほうがいいのかな? いや、さすがに変だよね。


「8-19だってーこれ追いつけんじゃん?」マ


「はー? なんで追いつく必要あるわけ?」カ


「ああ、そっか。楽しけりゃいっかー」マ


 いくらかの攻防が行われる。優里は2度落とすものの、さらに2度のミドルジャンパーを決める。相手は3P1本を含み、全てのオフェンスを成功させる。


 スコアは12-28になった。

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(※1) ボールがリングにかすりもせず、空中を素通りするシュート。フリーだと大変恥ずかしい。

(※2)ゴールに向かい攻めの姿勢を見せた鋭いドリブル。

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