第7話 - 初出陣 -

「いやほーう!」「ひゃほー!」


 翌週の部活、今日もギャル達は謎の奇声を上げながら練習していた。すでに男子もバレー部もそのやかましさに慣れたのか、気にも留めない。


「マジ技キレッキレだし? 兄貴も抜けるっていうか?」カ


「ありえねー! 兄貴抜けたらプロだっつの」マ


 聞くに、彩川兄は大学3年生で活躍し、すでに日本のプロからも声がかかっているのだとか。チームを組みサムシティにも参戦しているという。都内にいるため、今度帰省したら挑むと意気込んでいた。


「マツリン昨日DVD見にこいよー。NBAのだったんだぞー」マ


「え、そうなんだ、ごめんね? でも練習はしてたよ」


「おーし、マツリン1on1やろめー、キレキレ技みせてやるし?」カ


 望むところだ、と思ったが、体育館入り口に現れたハナから呼ばれた。


「先生が呼んでる。図書室だって。多分ユニフォームの件」



 図書室へ向かう。司書室の中のほうに美子先生はいた。


「ごめんねー4階まで呼んじゃって。コピー機、職員室の空かなくてさー。はい注文票。4人から貰っておいてね。あと水津野さんのは手直しするから預けてね」


「分かりました」


 ユニフォームの注文票を受け取る。戻ろうとしたところ、不意に先日放課後に火気厳禁について聞いて来た金髪女子留学生が、本棚の合間から出てきたところで出会いがしらになる。


 ――うぅ、やっぱり外人さんは背が高くてうらやましい。


「ん? あなたは……。よく放課後に会いますね。暇を持て余しているのなら、部活に入ってはいかがですか? 私の所属する茶道部などいかがでしょう? 精神が修練され清められますよ」


「さ、茶道部!? ごめんなさい、一応バスケ部にすでに入ってるので……」


 こちらに気づくと話しかけてくるが、茉莉が暇をしていると見て、茶道部に勧誘してきた。たしかに物腰の落ち着きがあり、どこか風流な女子に見える。


「バスケットボール、ですか?」


 少し疑問の表情をし、茉莉を足元から頭まで視線を投げかける。その身長で? と言いたそうにも見えた。留学生は170cmは軽くあるだろう。


「その気になったらいつでも声を掛けてください。日本文化は素晴らしいのです。茶道部は週一回のみの活動です。いささか少ないのは残念ですが、気軽に参加できるでしょう」


 日本語も非常に流暢だった。どこかのギャルに学ばせたいくらいだった。



「いやほーう!」「ひゃほー!」


 数日後の部活、また同じような光景が目に留まった。真夜と伽夜のドリブルレイアップなどを繰り返しつつ、あくまで自由に練習していた。メニューに飽きたのか、勝手な自己流アレンジでおかしなフォームからシュートを打ったりしている。


「体育の時も思ったけど、3人とも運動神経いいよね」


「体育とか5以外とったことないし?」「たまに筆記が悪すぎて4にされるー」


「他全部2だけど?」「それ1が無理やり2になったやつー」


「ぎゃはははははだっさ!」


 いつも通りだった。



 かくして、練習試合当日となってしまった。ハナの告知通り、この一週間は大体先週と同じ練習をしていた。本当にこの状況で試合になるのだろうかと、茉莉は疑心暗鬼を払拭出来ずにいた。


 3ギャルは独自アレンジをしまくってすでに元の練習メニューの原型をとどめていなかった。ハナが最初は面倒を見ると言い切っていたので、茉莉はそのまま任せた。


 顧問の美子先生がミニバンのバスを借りて配車しており、校門で待っていた。自転車を置き、5人で乗り込む。ひとまず全員揃ってはいた。格好は普段通りのギャルそのものだ。いざ、相手のホーム、啓誠館高校へ向かう。


「でさー、そこで元カレが急に、車から降りろ! とかいうわけよ、ありえなくね? なくね?」


 運転する美子先生の愚痴がすさまじい。そこで、はこの交差点らしい。通るたびに思い出すなどといきり立っている。キャプテンなので助手席に乗った茉莉は、苦笑いで交わすしかなかった。


 私立啓誠館高校へ到着する。入るのは初めてだが、同じ市内で皆地元だ。なおこの高校は設備もしっかり整っており、総体の決勝戦なども行われることがある体育館だ。


 大きさこそ天百合の体育館と変わらないが、2階には簡単な客席スタンドもあり。観戦向けにもなっている。茉莉はいささか緊張してきてしまった。


 車を降りて体育館へ向かう。中へ入ると、すでにバスケットの試合を思わせるセッティングが済まされ、ベンチが用意されていた。入って向かうと案の定、相手チームがざわつく。


 制服を我流に着こなした金髪茶髪の3人に注目が集まる。想像通りだった。その3人共に、普段通り、周囲の視線も全く意に介した様子はない。ハナも普通だ。茉莉だけさらに追加で別の妙な緊張感に苛まれた。美子先生が相手顧問へ挨拶へ向かう。


「やほー。ユージ。久々じゃん? セッティングサンクスー」


「ストップ! こんにちは!」 


「「こんにちは! お願いします!」」


「やほやほー」


 相手キャプテンが号令をかけ、美先生子へ向けて啓誠館の部員全員のすさまじい挨拶が繰り出される。対して手をフリフリして応える美子先生の、その雑な態度に啓誠館の監督はため息をついていた。


「あれ、お前の生徒か? ま ん ま だな。この教師にして、あの生徒ありだ」


「あれぇ? 舐めちゃってる? 舐めちゃってるー?」


 2人で場所を離れ、テーブルオフィシャル(※1)の位置の反対側に向かう。イスに座った。啓誠館は今日は選手のみで作戦を立て、自力でゲームをこなすように指示されているとのことだ。2年生の新キャプテンが前で出て、激を飛ばしている。沙織の姿もあった。


 カーテンが敷かれ、天百合高メンバーは体操服に着替えを済ませる。まだユニフォームは注文したばかりで届いていない。籠に用意された背番号付きの黒地のベストを皆で取り出す。


「アタシ23~」「あ、あたし狙ってたのに!」 「とーぜん14これしかねー」


 好き放題言ってベストを奪い合う。茉莉はちゃんと4を付け、ハナは5をつけた。番号への決まりはないが、相手にも主将が誰か分からないと手間であるため、従来の風習に従うほうが円滑だ。


「じゃあオーダーを発表するね。って言う必要もないけど……」


PG  5 白幡 はな

PG  4 水津野 茉莉

SF 14 浅丸 優里

F  13 彩川 真夜

F  23 彩川 伽夜



 最後まで聞いていたのはハナだけで、あとの3人はすでにボールを持って、ホームのゴールにシュートを打ったりし始めている。すぐ呼び戻して円になって体操をするように指示を出した。


 「イチッ! ニッ!」


 ‼


 啓誠館のすさまじい準備運動が始まった。数十人規模だが、参加できていない者までいる。審判やオフィシャル関係を任され、今日の試合の出場予定がないのだろう。改めて層の厚さを認識する。


 体育館の上にはぽつぽつと保護者らしき観戦者の姿も見受けられる。強豪校ならではだ。一気に緊張感が高まり試合開始を思わせた。


「マツリン、緊張すなってー」 バシーン


 背中を叩いて喝を入れに来た者の顔を見て、双子のどちらか分からなかった。さきほどナンバー付きのオーダーは読み上げたが、まだベストは着ていなかった。


「ごめん、今日のヘアゴムの色はどうなってるの?」


「うおーい。伽夜がツインテール風にするってさー」


 ということはこちらのポニーが真夜のようだ。試合でゼッケンは付けるが、審判や相手選手にも分かるようにしてという。聞くに、元よりどちらが姉、妹というのは決めていないし、拘りもないが、形式上は真夜が姉らしい。


『それでは選手は入場してください』


 オフィシャルからマイクでアナウンスがなされる。ぞろぞろと中央へ行き、向かい合う。


「「おねがいしまーす」」

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(※1)いわゆるコートの真正面。運営本部。

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