第8話

 涙が流れていることに気付いて、すぐに彼に背を向けた。


 急に泣き出すのは、なんか、おかしい。


 手をひらひらさせて、彼を見ないで別れのしぐさ。


 家路まで、とにかく、ゆっくりあるいた。


 着いてしまう。家。一戸建て。二階の端まで、聞かずに辿り着けるだろうか。


 イヤホンをして、音楽のスイッチを入れる。耳をこわさない程度の、最大音量。


 そのまま、家に入る。


 広い玄関。広い廊下。そして、その先。


 だめだった。靴を脱いでるうちに、もう聞こえてきた。耳がこわれそうになるけど、さらに音量を上げる。


 廊下の先。寝室から。両親のまぐわう声が聞こえる。


 邪魔をしないように、そうっと階段を昇り、自分の部屋に入って扉を閉める。


 広い家だから、自分の部屋までは、声が聞こえない。


 さっき出ていた涙は、もう、止まっていた。


 両親が愛し合うのは普通のことだけど、それを想像したいとは思わなかった。どういう気分なんだろうか。


 お弁当。彼からもらった唐揚げ。


 彼だけが、私のなかで、あたたかい。

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