第6話
家に帰った。
誰もいない。
派手な上着を脱ぎ捨て。イヤリングを引きちぎり。水を顔にぶつけて化粧を落とし。
夜ごはんのしたごしらえを、続ける。宿題は、あとでいいや。
帰ってこなさそうだから、一人分で調整した。
恋人と出会うまでは、ずっと、近くの弁当屋の弁当だった。彼とも、弁当屋で出会った。たいした出会いではない。
注文した弁当を受けとるとき、レジ先の彼のおなかが、鳴った。それで、買ってた弁当のひとつ、自分の分を、渡した。次の日、弁当を注文したら、私のだけが彼の手作りになっていた。そしてそれが、旨かった。そこからの関係。
アルバイトの多い彼に、おにぎりを作るようになった。彼は、予定の埋め合わせや隙間の時間に、私に会うようになった。そこまでの関係。
「ただいまあ」
帰ってきた。母。
「あ、帰ってくるんだ」
「なによ。私の家よ?」
ひとりぶんしか、作ってない。
「ごはん、食べる?」
「食べる食べる。おなかすいた」
家族の関係すらも、普通。仲良くもないし、かといって仲がわるいわけでもない。
夜ごはん。最後の仕上げ。
料理も、彼に教わっていた。彼は、とても、料理ができる。きっと、レストランのアルバイトでも即戦力だろう。
「ただいまあ」
「あら」
父も帰ってきた。
「おとうさんおかえりい」
母。父に抱きついて、頬擦りしている。この溺愛が、うっとうしかった。
「ごはん、食べる?」
「食べる食べる。おなかすいた」
母と、同じ台詞。
最後の仕上げまでいっていた一人分の夜ごはん。半分に分けた。
とりあえず、それを出す。そして、また、もう一品、冷蔵庫から取り出して作る。
「おいしいおいしい」
父と母。ふたりとも、仕事ができる。違う会社で、両者ともエース級の働きをしている、らしい。早く帰ってくることは、ほとんどない。ほとんど自分が寝たあとに帰ってきて、自分が起きる前に出発している。ふたりが同時に早く帰ってくるのは、半年に一回ぐらいしかない。土日もいないような夫婦。
「はい。少ないけど、これで我慢して」
「ありがとう。おいしいよ買奈」
「さすが私の娘ね」
口だけは達者だけど。このふたりは、きっと毎日これよりも美味しいごはんを注文して食べている。
ふたりとも稼いでいるので、家には、金がある。自分も、使うおかねには困らなかった。アルバイトはしていない。これ以上勉強する時間が削られると、成績がさらに下がる。塾には、行きたくなかった。女子高だと分かると、他校の生徒が寄ってくる。面倒。
「ちょっと外に出てくる」
いつもの弁当屋、とは言わなかった。両親に自分が食べるはずのごはんを奪われたので、買ってくる、とは言えない。
弁当を買うこのおかねも、結局は両親の稼いだものだから。最低限の配慮。
弁当屋には、きっと彼はいない。
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