第5話
おにぎり。
旨かった。最初から料理ができた自分とは違って、日に日に、上達していくのが感じられる。
だけど、美味しいとは、口に出して言えない。詮索しない関係。それが、ふたりの間の、暗黙のルール。
「明日が、なによ」
彼女。派手な格好の上着と、大きめのイヤリング。
「こっちの高校の仲間内で、集まることになった。駅前のゲーセンとかカラオケ」
「あっそ」
彼女。立ち去らずに、立ち止まってくれる。すぐには、出ていかない。そういう、気遣いと配慮ができるところも、好きだった。
「抜けたい」
「勝手にすれば」
「駅前じゃなくて、森林公園。16時50分。来てくれるか」
「17時半にして。課題やりたいから」
「わかった」
「それだけ?」
「それだけ」
「じゃあ、明日」
彼女が立ち去る。
「その服では来るなよ。目立つ」
「わかってるわ」
彼女。手を、ひらひらさせるしぐさ。
自分のものが、移ったのだろうか。
バイトリーダーが、こちらに気付いたらしい。近付いてくる。
今のは誰かと、訊かれた。あさましい、嫉妬心。
「姉です。派手な格好なんで、人目につくとこでは会えなくて。めしを届けてもらったんです」
恋人を姉といつわり、バイトリーダーの恋心を利用して、バイトをこなす。
自分も、高校の同級生やこのバイトリーダーと同じぐらい。いや、彼ら彼女らよりも数段、あさましい。
恋人。おにぎり。彼女と彼女の周りのものだけが、俺に、やさしい。
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