第4話  ふーこさん ごめんね

一晩 ほとんど眠れなかった。朝方になって ようやくうとうとしかけたけど、ゆっくり寝ているわけにはいかない。朝のうちに片付けなくてはならないことがある。


もぞもぞベッドから降りたら ふーこさんが

「夜中 うなされてたよ」と言う。少しは寝てたんだ、悪夢の中で。


二人とも口数少なく支度し、部屋を出て、ドアを閉めた。

「卵券 どうする?」 「いらない、卵のカード持ってこなかったし。」と言いかけ、手元を見て間違いに気が付いた。

「ふーこさん、部屋のキー持って出た?」 

「ううん、それじゃないの?」

私が手に持ってたのは卵カードだった!

ヨーロッパ大陸のコンチネンタルブレックファーストは パンとコーヒーくらいで普通卵はつかない。けれど、日本人は朝食をたっぷり食べるということで、日本人のツアーには特別に用意するらしい。その卵券は ルームキーのカードと似てて紛らわしかった。

ルームキーのほうは 部屋の中。閉まったらもう入れません。

「とにかく 食堂に行こうか。」 「帰りにフロントによればよいよ。」

私たちには 憂う力さえも残ってなかった。

 

起きた時すぐに Sさんに電話を入れておいた。

「朝のうちに 置き忘れたお店に行ってきます。フロントにもメモ置いて頼んでおきますので」

「そうしていただけますか? ご自分でやっていただいて助かります。」

自分で動かなくてほっとしたのか、Sさんの対応は昨夜とうってかわって明るかった。


朝食後、フロントの女性に昨夜書いたレターを見せて 事情を話したら、FAXもしてくれて 9時半になったら 電話しておいてくれるって。

さすがフロント、初めからこの人に頼めばよかった。イタリア作文が通じたことも嬉しかった。 ルームキーも無事もらうことができた。


地図を見ながら、昨日お茶飲んだデパートを目指して歩く。そこを起点にすれば、例の皮のお店に行くことができそうだ。

途中で、財布が無くすっからぴんのふーこさんが、銀行のATMでユーロをひきだそうと思ったら イタリア語でちんぷんかんぷん。

銀行の窓口に女性がいるので やり方教えてと頼んだら、

「私の仕事じゃない」と断られた。

気を取り直して、別のATM探そうと、ドゥォーモを目指す。

それにしてドゥォーモもが美しい。緑、ピンク、白の大理石で、まさに花の教会という呼び名にふさわしい。

ドゥォーモのまわりに沿ってデパート、デパートと唱えながら歩く。通勤時間でたくさんの人が歩いている。その流れに逆らって私たちは歩いている。

ふーこさんが 「なんか違うんじゃない、この道。」というのを無視してどんどん行くと、やっぱり間違った場所に出てしまった。それも見覚えのある場所。 サンタ・クローチェ。まぎれもない昨夜迷い込んだところの地名だ。忘れられない名前。

懲りないおばはんです。根拠のない自信にあぐらをかいていたこれまでの人生、生き方までひっくるめて反省した。

 忙しそうな人を避け、乳母車押してるママさんなどに道をたずねながら、やっとデパートのある繁華街に出る。やれやれ。


 AYMも見つけた。 「でもさあ、こんなに人の多いとこで キャッシュカードを出してぐずぐずしてたら危険じゃない?」 ふーこさんの言葉にもっともだと、どうしようかと考えていたら、視線の先にポリスが3人立っているのが見えた。

イタリアには 交番というものはないらしい。所定の場所に立っていることが仕事みたい。 ずっと同じところにいたし実際、移動するの嫌がった。ほんの10mくらい離れたATMに行くのを 初めはしぶっていたが、

「おいらが残るから お前ら行ってこいよ」とかなんとか一番若そうな警官が言ってくれて、なんせイタリア語はチンプンカンプンだから そんなニュアンスだろうと想像してるだけだけど、でも実際 婦人警官と、おっさん警官が付いてきてくれた。


婦人警官がここを押してと言うのでおしたら なんだちゃんと英語表示が出るじゃない。さっきは見落としたのかなあ。

ついでに 昨日の革ジャケットの袋の住所を尋ねたら 歩いて10分ほどかかるところと言われた。、

 袋に書いてある住所は 昨日のお店の場所とは違うのだ。

だって、その店このすぐ近くにあるはず。だから、この住所を尋ね歩いても、全く違う場所にいってしまうのだ。

「じゃあ、昨日のお店は何なの?」ふーこさんと顔を見合わせる。

「でも このすぐ近くだったよねえ、」ふーこさんの記憶を頼りに デパートから数メートルのところをひとすじ曲がったら ありました!鉄格子のシャッターが閉まってるけど。確かにここ。

「 わたしたち、だまされたの?お店の人、キャッシュが入ったから 今日は遊びにいっちゃったかも。」ふーこさんがぶつぶつ言う。

「でも、ちゃんと皮のコートはあるじゃん、」そう言いながら、昨日クレジットカードが使えないとかいろいろやってたのは もしかしたらカード詐欺?どきどきしてくる。

とりあえずお店の場所わかったんだし、S添乗員の恐い顔が浮かぶし

「時間ないから、メモ残していったん帰ろ。」フロントにおいてきたのと同じレターをシャッターの下にすべりこませて帰ることにする。


と歩き始めようとしたら ふーこさんが「あっ!」と声をあげた。

向こうから手を振って、昨日のお店のおねえさんがやってきたのだ。 

にこにこして「ちゃんととってありますよ。忘れ物」

そういいながら シャッターの鍵をあけて 中に入っていった。

奥の扉を開けて出てきたときは 見覚えのある紙袋を下げていて、

「気が付いてすぐ追いかけたんだけど、もういなかったのよ。」そしてレジのところに行き、「今からじゃ遅いけど 昨日これを渡しておけばよかった。」って、名前と番号を書いたカードと一緒に 紙袋を手渡してくれた。嬉しかった。それがあったということより、感じのいい女性と思ってたのが間違いではなかったから。


袋の住所は違ってたよねえ?と言ったら そうそう、それは違うのよ、ごめんなさいって。 そんなのありぃ? 店名は同じだったから、そっちが本店なのかもしれない。


それでね、もうひとつ問題があってね、あれから おさいふがなくなってしまったのよ。まさかここには落ちてなかったよねえ?と念のためきいてみる。

警察に届けても まず でてこないだろうし、クレジットカード止めたのなら もうそれでしかたないかもね。って。自分の国のこと言うのいやだけど、すりは多いからって。

もしかしたらみつかるかもしれないって思ってたので、がっくり。 

 私がここに忘れ物をしなくて ばたばたしなかったら お財布は無事だったのかもしれない。ごめんね。ふーこさん。なんともすっきりしない。

いつになく 口数少なくホテルに戻ると、

ホテルの玄関には 「鉄関係」ファミリー3人が正装して立っていらした。


その瞬間に思い出した。

ばたばたですっかり忘れていたが、そうか 娘さんの結婚式でしたね。

玄関でお見送りさせてくださいね!。などと調子のいいこと言ってたのに、しらんぷりではあんまり。偶然にいい時に帰ってきて結果オーライとはこのことだ。

 ご主人はモーニング姿、奥様は色留め袖、妹様は訪問着でした。 黒留はつまらないので、華やかにしましたって。おふたりとも淡い白っぽいお着物に品よく抑えた金色の帯。


教会に向かう娘さんたちの乗ったリムジンが来るのを待っているところでした。

おめでとうございます。と挨拶しながら 私はフロントに急ぐ。

 ちょうど Sさんとフロントの人が話しているところだった。

「あーHさん、今お店につながったんですが、何かのまちがいじゃないかって」とSさんが困惑している。(あーそのお店違うのよねえ。。。)

私は事情を話しました。

「それは良かったです。」とSさんは言って、声をひそめ「フロントにチップあげました?」

気が付きませんでした。はい。 それで チップを3ユーロおいてきました。


そして

「11:00集合ですから」 と念をおしたSさんでした。


部屋に紙袋を置きに戻り、玄関に取って返すと まだみんなそこにいた。

花嫁のリムジンは遅れているようだ。

「支度に時間がかかるのかもしれませんねえ、そういえば 山田さんのお嬢さん、日本にベール忘れてきちゃったんですって!」

と鉄関係の奥さん。午後に結婚式をあげる予定の山田さんのお嬢さんのことだ。

スーツケースがマドリッドに行ってしまって 次はベールか。

「あらまあ、折角ご両親のお洋服が間に合ったのに どうなさるのかしら」

「うちの式の後だから、娘のをお貸ししますって、そうお伝えしたのよ。」

「でも ドレスに合うかしらねえ。」とふーこさん

 そんな話をしながらしばらく待ったけど、お嫁さんを乗せたリムジンはいっこうに来ない。


ホテルの正面玄関から中に入り、集合場所を確認すると、女学院ママがSさんとしゃべっているのが見えた。

そのほかのメンバーは まだそろっていないようだ。


ぎりぎりまで 鉄関係ファミリーと新郎新婦を待つことにする。

「今日は フィレンツェの市内観光ですよね?」と鉄関係奥さん。

「みなさんと行けないのは残念ですが、終わってから 美術館に行こうかと思って。」


「私たちも そのほうがいいね。 自由にみられるもんね。」とふーこさん。

「でも ガイドさんがつくのは 楽ですよね?」 確かに。

お嫁さんのドレス姿がみられなくて残念だったが、集合時間が迫っているので、あきらめる。

5分前にホテルの正面玄関から中に入ると すでにロビーに全員集合していた。

Sさんが こちらをちらっと見て、

「はい、ではみなさんお揃いですので 出発しましょうか」と声を上げた。


 


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