第2話 ヴェネチアツアー
イタリア国内では イタリアでのガイド資格を持たなくてはならず、日本のツアーの添乗員さんがそのまま案内をすることは禁じられています。
「さすが観光の国だねえ」と、ふーこさんがつぶやくと
「でも 結局私たちが通訳しなきゃなんないこともあるんですよ。」
添乗員のSさんが傍にいてぼやいた。
「ガイドは3カ国以上の言語を習得していなければならないんだけど、日本語ができない人も多くてね。」
なるほどね。
今回こベニスでのガイド マルコさんという男性の日本語は上手でしたね。 だじゃれ言い過ぎが玉に瑕。サン・マルコ寺院では自分のことをよんマルコだなんて。
よく日本のこと勉強してる。総督が匿名の告発状を入れるようにと設置したライオンの口は 江戸時代の目安箱と同じですねえなどど話す。
サン・マルコ寺院は日曜のミサの最中で2時まで入れないというので、総督の住んでいたドッカーレ宮殿のほうに入る。黄金の階段の大理石の装飾から 数々の彫刻、建築 絵画、すべてからベネツィアの繁栄、当時の権力が容易に想像できます。
裁判所などもある広い宮殿内部の見学の最後は裁判にかけられ牢屋に行く途中で渡ったというため息橋。
カサノヴァもキリスト教冒涜で牢屋に閉じ込められ、1756年に脱獄してるんだって。
古い宗教画や彫像の作者の説明は記憶にとどまらないのに、俗っぽいことは覚えている。
次に否応なく連れていかれるのが、ベネチアンガラスの工房。屋台の飴細工のように、いとも簡単にきれいな馬を制作実演してくれた。
この工房のスタッフはみんなガイドになったらというくらい上手に日本語を喋る。
日本語は商売に欠かせない武器なのですね。
ワイングラスを次々に出して見せてくれて、わざと机のうえのガラス板にグラスを落とす。びっくりさせるのもショーのうち。びくともしないグラスを誇らしげにかかげ これが本物なんですという。絶対に色ははげません、当社のは。
隣にいたツアーのメンバーのひとりが 私の耳元でささやいた。
「うそよ、すっかり色はげちゃったもの。」
彼女 10年前に同じようなツアーに参加して ここに来て、そして買ったそうだ。この店で最高級の赤色ワイングラス。
後でふーこさんに話すと、
「せっかく 同じとこにきたのだから 持ってきたらよかったのに。取り替えてくれたんじゃない?クレームにどう対応するか見たかったよねえ」
私も そんな場面みたかったなあ。
そんな時ばかりはきっとお得意の日本語は出ず イタリア語で煙に巻くのかもよ。
ベニスでの市内観光はここで解散。自由時間。さあ、どこに行こうぞよ。
23日はふーこさんの誕生日。記念になるものをプレゼントするわと、目に付いたアクセサリーやさんに入る。ベネツィアは金細工も有名です。
ドッカーレ宮殿の大時計の装飾にあるという星座の模様のペンダントトップがきれい。
残念ながら ふーこさんのてんびん座が品切れ。2月のカーニバルが有名なベネツィアらしく 仮面のペンダントにしました。2つ買ったら お安くしてくれる?と交渉したら 今日最初のカスタマーだからいいよとすんなりまけてくれました。大阪と一緒やね。
それで 結局自分のも買っちゃった。
店を出ながら、「もう少しねぎってもよかったんじゃないかなあ。」とそれまでなんにも言わなかったふーこさんが言った。
狭い通りに観光客の数が増えてきました。大きな木の門に人が入っていく。教会の門。入ってみようとのぞくと 観光客も座って祈っています。
休憩がてら座らせてもらって、祭壇をながめてたら、じわーっと涙があふれてきた。
自由に旅行させてもらってベニスまで来て、夫にはもちろんみんなに感謝してるっていう気持ちがあふれてきた。教会の持つ力のせいもあったのでしょうか。
あまり感情をあらわさないさばっとしてるふーこさんも、神妙な面持ち。
彼女、なんと数日前に、義母がお風呂で亡くなったんです。実の息子二人と遠方で暮らしてる曰くありのお義母さん。実は ふーこさんのだんなは、実の息子ではありません。
彼女イタリア旅行を優先した理由はいろいろでしょうが、
「夫がいいというのだからいいのよ。葬儀も身内だけでこそっとするらしいから。」
「私は ここで拝んでおくわ。」
この教会はサンタマリア フォモーサ教会という小さな教会でした。
ランチにホテルに戻らないといけないのに、同じような路地で迷ってしまった。歩いているポリスに聞いてもイタリア語だもんね、英語勉強しようよ。
ふーこさんと、お互いのせいにしながら、ようやくたどりつく。
ツアーのメンバー全員でのランチ。
「ゆうべ 部屋の電気つきました?」と向かいに座っていた70代母、40代娘のおふたりに聞かれ
ふーこさんが「ドライヤーはひどく調子悪かったけど、電気はつきましたよ」と応えると
娘さんのほうが、「私たちの部屋 まっくらだったんですよ。だからなんにもしないで寝ました」
それはないでしょ、どうして部屋替えてもらわなかったんですか?
「メモがあったんですよ。ごめんなさいって書いてあって、そのかわりにこのワインが置いてあったの。ちょうど主人のおみやげになっていいわあって思って。」
とおかあさまのほう。
大阪の60代姉妹のおふたりも 「わたしたちの部屋も最初点いてたのに 消えてしまったわよ。」
「それで そのままだったんですか?」
「だって、添乗員さんに言うのも、部屋変わるのも面倒で。」
それにしても 日本人ておとなしいよね。
ランチは飲み物とイカ墨のパスタから始まりました。
70代のご婦人は、
「ランチはこれだけかしら? デザートはあるわよねえ?」
それを耳にした添乗員のYさん、
「これはアンティパストで、前菜と同じようなものです。これから メインですので」
70代女学院おかあさま 「あーら そうなのお、こんなにいっぱいで わたくしもうたべられないわあ」
(後でこの方「わたくしも娘たちもみんな女学院ですの。」とおっしゃったので それからは女学院かあさまと密かにお呼びしていたのです。ふーこさんと。ちなみに 関西で女学院というともう決まってるのですよ。)
メインは 魚介類のフリッターでした。ムール貝、たこ、えびなど おいしかったけど、量が多くて ごそっと盛るので なんか 美味しさ半減。
窓の外は 運河。 すぐ目の前をゴンドラがすべっていきます。
初めて全員での食事ということで、簡単な自己紹介をしました。
ご夫婦、母娘、姉妹という中で友人同士は私とふーこさんだけ。
女学院かあさまは イタリア語で自己紹介なさいました。
さすが女学院! (関係ないか)
ウエイターが大きな大きな四角いティラミスを持ってきました。
ろうそくの火が何本かゆらめいている。
「お誕生日のお祝いでーす」というようなことをイタリア語で言ったと思うよ。
ふーこさんの誕生日!!ちょうど50歳です。
事前に添乗員さんに頼んでおいたのです。
みんなに祝ってもらって フラッシュの中 ろうそくを吹き消しましたよ。
さっき、ガイドのよんマルコさんに ベネチアのお誕生日の特別な習慣とか食べ物はないかとそっと尋ねたら なんにもないということで ちょっとがっかりしてたんだけど、ティラミスのケーキでいいじゃん。 イタリアだもの。
ゆっくり食後のカプチーノを飲んで満足でした。
女学院おくさまが 「おいくつになられたの?」とよく通るお声でふーこさんに尋ねた時、彼女「40代最後なんですよ。」と応えたのには、思わず吹き出しそうになったものだ。
「たった一才だけのサバ読みって意味あるかねえ。」部屋に戻ったときに、彼女に言ったら、「50ってのと、40代最後ってのとニュアンス全く違うでしょ!?」
「ほんとはさ、よんじゅう~ごって言いかけてさ、いくらなんでも遠慮しとこって、それでね。」
ふーこさんも遠慮するってことあるんだね。
食事中、大阪の添乗員Sさんの姿が見えないなあと思っていたら 空港までマドリッドにいってしまっていた山田さんのスーツケースをとりに行ってたそう。
「よかったですねえ、結婚式に間に合って」と山田さんと出会ったときに声をかけると、「やれやれです」とご主人。
搭乗手続きの時、直前の方の名前が同じ山田さんだったんですって。
そっちの山田さんがマドリッド行きで 間違いが起きてしまったということらしいです。ものすごい運の悪い偶然だったんですね。
「いつも旅行は会社の部下の人が世話してくれてるから いい勉強になったんじゃないですか」と奥さん。あれ、車椅子だったけど、今は歩いてらっしゃる???
「お偉い方はどうしてもねえ」と私が言うと
「そうなんですよねえ」と奥さん。 予想外のお答えにちょっと言葉につまる。どこの偉いさんだろ?
明日は朝からフィレンツエに向かって移動するし、疲れもあったが、ベニスも残りわずか。がんばってまた外に出る。
ものすごい混雑。10月でこうなら 夏のシーズンのベニスはパンクしそうだろうな。
サンマルコ寺院に入る長い行列を見て、時間かかりそうなので まず 広場の反対側にある美術館に先に入ることにする。
広場を横切るのに 鳩のものすごい数に驚く。
美術館を出てきて 寺院への行列に並ぶ。この広場の雰囲気に包まれての行列は少しも苦痛ではない。寺院、宮殿、図書館、美術館、そして現在の市庁舎(ふるい建物がそのまま使われている)に囲まれた広場は 文化 政治、あらゆる面で現在でもベニスの中枢であり、世界中の人々に感動も与えている。
寺院があるが堅苦しい空間ではない。この空間はなんだろう、娯楽も知性もすべてを含んでいる。なかなか自分の枠からとびだせない女性を描いた「旅情」の舞台にはなるほどぴったり、この場所以外は考えられない。映画でも当然出てくるカフェは広場の両側にある。このカフェは世界最古のカフェって本当かな。
だが、「旅情」のカフェはここではなくセットで撮ったらしい。なんか残念。
「カフェの持ち主は日本人の女性って知ってました?」とさきほどのはげたワイングラスの彼女。彼女はご夫婦で参加でしたが、今日はひとりで歩いています。
「私たち おんなじ会社で働いててね、休暇の行先は同じでもツアー中は、昼間はね別行動することになってんのよ。」
このご夫婦の勤め先は さる大企業。
ここから先は エリート婦人と呼ぶことにしました。ふーこさんと。
「それでね、その女性、イタリアに勉強に来てたんだけど イタリアの大富豪と結婚されたそうな。ご主人が亡くなった後に、ご主人とはね、ものすごい年の差婚だったのよ、それでねこのカフェを買ったそうよ。」
サンマルコ寺院は色とりどりのベネチアングラスをはめこみ、ギリシアなどから運ばれたピンクなど色とりどりの大理石のファザードもすばらしいけど、中に入るとくらくらしそうになる。黄金の天井、クーポラの絵、モザイクの床。
撮影禁止のはずだけど、カメラ構えている人何人もいる。
撮っていいことにしようと ふーこさんデジカメのシャッター押したら、近くの外国人の団体にだめだめと注意された。
それでも 隣の西洋人のおっさんは撮るのをやめない。団体のおばさんがたにブーイングされながら 何度もシャッタおしてました。
見るだけではもったいない 写しておきたいという気持ちよくわかる。
夢見心地で外に出たら いい海風が吹いている。
あと30年若くて 横にいる人がふーこさんじゃなくて‥なんて想像してたら、まさにその年代のふたりと会った。
ツアーで一緒の新婚さん。 4月に結婚したばかり。このふたりも某大企業の共稼ぎ夫婦。 ふーこさんとその業種からハイテク夫婦と密かに名づけていた。
おふたりのお写真とってあげる。
雑踏のベネツィアからホテルにもどり、約束していた3人の方とディナーに出かける。
娘さんの結婚式にこられたご夫婦とその妹さんの3人。
添乗員さんに教えてもらったリヒャルト橋の近くのお勧めのレストラン。
リヒャルト橋には鈴なりの人、人。運河を見下ろすと、両側のカフェの明かりが反射してきれい。水上タクシーが桟橋でお客さんを待っている。
あと1日あればなあ、水上タクシーに乗って、アカデミア美術館も行って、そしてゴンドラにも乗ろう。今度ヴェニスに来ることがあったら 絶対にそうしよう。
レストランは英語のメニューもあり、注文しやすい。「マドンナ」というレストランテ。
フィレンツエで娘さんが結婚式をあげるこちらのご夫婦は ご主人「鉄関係」だって。
奥さんの妹さんが私と同じくらいの年だと思う。この妹さんのご主人は忙しくてこれなかったそう。
アンティパストにかにのサラダ風、野菜サラダを、メインにそれぞれ魚のグリルを頼む。
私はすずき、あんこうもたいも味見したらおいしかった。けれど、お皿にぼんとお魚だけ。付け合せなどない。ランチもそうだったけど、目で愛でる食事という感覚はないのかな、イタリアは。それともベネチアは野菜を作る場所もないらしいので 野菜は貴重品なのかも。というより、大衆向きのレストランではこんなものか。日本では そんな区別もなく、盛り付けには神経つかうけどね。
でもさすがに赤ワインはマイルドでおいしい。
7時にはまだ空いていた店内、ふと気がつくと満員だった。
鉄関係のご家族 今年は大変だったんだって。
「今年のお正月には6人家族だったのに、この旅行から帰ったらふたりきりです」
このイタリアでお嬢さんが結婚なさるのだからひとり減るのはわかるけど なんで?
「2月に寝たきりだった母が亡くなりましてね、4月に続いて父が亡くなりました。それから夏には下の娘が結婚したんですよ。それで 今度は上の娘がね」
ひゃーそんな年ってあるんですね。
「主人はひとりっこでね、両親にずっと仕えてきました。介護は18年でした。」
おつかれさまでしたねえ、それに このたびはおめでとうございますと また乾杯をする。
「お嬢さんのお相手のご両親は?」とふーこさんが尋ねると
「なんか 外国までくるのめんどうって言って来られないんですよ」
あーそれは楽でいいですねと笑ってしまった。
ご主人は お仕事の関係で週3日はおひとりで大阪に住んでるんですって。
「その大阪がいいんですよ、自由でねえ」
ご主人がワインとビールでいい気持ちになって饒舌になってるのを 奥さんにこにこと聞いていて、口やかましくなく 控えめ。偉いな、私も見習おうとその時は思っていた。
さて、
レストランを出るとき クロークに預けたそれぞれのジャケットを受け取って出ようとしたら 「3ユーロ」と請求されてしまった。
夕食にはチップを払ったけど、クロークにも必要か。
店の外に出たら9時前だというのにお店に入る長い行列ができていた。ベネチアの夜は長い。
ホテルを素通りしてライトアップしてるサン・マルコ広場に足をのばす。
両側のカフェどちらもバンドが演奏をしている。いい雰囲気。そこここに赤いバラの花を売る男の子が人の間を泳いでいる。
カフェに座るとお茶代だけではなく MUSIC代も請求されるんですって。そりゃあそうだろうね。それでみんな立ってた。
その時も思った。今度来たらって。今度はカフェに座ります。
さ、そろそろベネツィアも見納めです。
つづく
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