イタリアツアーの奇妙な面々

文乃木 れい

第1話 イタリアへの旅 ヴェニスまで


  よりによって、海外旅行の前日にこんなこと起きる?!

 

ごみ捨てに行こうと裏口あけたら、コンクリートの土間に大量の水が流れている!

!!!

この水何?

バスタブの排水が配水管を通らず、じゃあじゃあ床下に流れていたなんて!


 緊急工事。コンクリートの土間を壊してはがす人、この家を建てた会社の人、バスタブをはずす人‥とたくさんの職人さんが出入りして、

 

明日イタリアなんだけど。。。    気が気じゃない。

それでも奇跡的に1日で復旧はできた。


 夜あわただしくスーツケースをつめていると、腰の痛みが出てきて、長時間の飛行機をクリアーできるかどうかが心配になった。 イタリアでぎっくり腰にでもなったらとんでもない。

 母が送ってきていた機能性には優れているが、とうていおしゃれではないので奥にしまっていたウオーキングシューズを引っ張り出し、その中にショックを軽減する靴底シートなるものをプラスした。


 機内で身につけるようにと、腰のコルセット、ひざのサポーター、レッグウオーマー、空気枕、厚手の靴下。厚手のスカーフ。機内グッズに一番力入れる。

 あこがれのイタリアだというのに、どっぷりおばさんになってしまったこの身が悲しい。


 関空で、ふーこさんと待ち合わせ。彼女とは商社同期入社以来30年以上腐れ縁。

おばさんふたりは、慣れないチェックインなどをあーだこーだとクリアーし、無事に機内のシートに身を沈め、ようやくはあーっと息をついた。


 機内は3列シート。一番右はスペインツアーの添乗員の女性で、ひとりで39人ひきつれて行くらしい。 分厚い書類と格闘していたと思ったらそれをパタンとしまい、即、深い眠りに入り、食事をしっかりたいらげたと思ったら またすぐにパタッと寝てしまうというさすがに旅慣れたプロ。ま、若さ故もある。確かに。


 おばさんはといえば、ごそごそと体を動かし、何度も枕や 毛布をすっとばしたりずり落としたり、ほぼ眠ることもできず、かといって 持参したイタリア舞台の本にも集中できず、次は絶対にファーストシートに乗ってやる!せめてビジネス、いやプレミアムエコノミーなどと悶々と、そうこうしているうちに モンゴルやロシアの上空を過ぎて、いよいよヨーロッパ。

旅の開放感と高揚感、8年ぶりのヨーロッパです。


アムステルダムのスキポール空港に着いたのは午後の3時半ごろ。

ここで初めてツアーの全員と顔を合わせました。

 

車椅子のご婦人とそのご主人、60歳代の女性二人連れ、50才代の男性ひとりと女性二人の3人グループ、70歳代と40歳代の母娘、そして 私とふーこさん 総勢11名。 添乗員は30才代の女性。


添乗員のSさん、よどみなくそして念を押すように話す。慎重派というか少し神経質か。

「みなさん、このアムステルダムでは出国までだいぶ時間がありますが、空港の外に出られる方はいらっしゃいませんね、出られないこともありませんが 搭乗に間に合うように帰ってこれないと大変ですからね、万が一そういうことがあっては みなさん全員が出発できなくなりますからね、出られませんよね?はい、ではどなたも出られないということで、 えー集合のお時間ですが‥‥」 

 へぇー 出られるのかぁ 出てみたいけどなー、アムステルダムも見てみたいなーと考えている間に もう 話の内容は次の注意点に進んでおりました。


 免税店をふらふらしながら時間をつぶす。

 さすがオランダ、チューリップの球根の種類がすごい。帰りなら買うのに。。。 ゴッホ美術館の出店で4、5点の絵を鑑賞。ふーこさんが、ゴッホの絵の手提げかばんを買おうかどうか長いこと思案している。

「旅行中に使えるかもしれないけど、使っちゃうとおみやげにはできなくなるしい。。。」そっか、すでにお土産を考えていたか。

カフェで軽食を食べてから 集合場所へ。


集合場所では車椅子の奥さんご夫婦がお隣に。同年代だな。

ご主人はお仕事でイタリア、ドイツは頻繁に往来しているけど、ツアーは初めての参加なんだそう。

気さくな明るいご主人。のんきにお話している途中で、彼ふと思い出したようにポケットからボーディングチケットを出して


「おかしいんですよねえ、このスーツケースの預り証、行き先がマドリッドなんだよね、お宅のどうなってます?」

どうなってますって マドリッドだったらどうすんのよと、あわてて私のをとりだして見てみると ちゃんとベネツェアになっている。 あーよかった。


まずい事態なのにこのご夫婦は落ち着いている。 私たちのほうがあわてて添乗員にお話したほうがいいのでは などと言ってるところに 

まだ何も知らない添乗員Sさんが「ではみなさん 搭乗ゲートに参りましょう」とにこにこやってきた。


数分後には 彼女の顔はひきつり、声はうわずっていた。


彼女は機内持ち込みスーツケースをがらがらひっぱりながら その車椅子のご夫婦を伴って、事態確認のために空港カウンターかどこかに足早に立ち去ったが 私の前を通り過ぎる時に

「だから スーツケースあずける時に ちゃんとベネツェア行きと言ってくださいねと注意したのに」と私に同意を求めるようにつぶやいていたものだ。


残されたわたしたちは 添乗員抜きでゆっくりと搭乗ゲートにむかった。 3人グループと挨拶を交わす。 女性二人と男性一人。


女性はおふたりとも着物セット一式のかばんをさげている。

ふーこさんが、

「ディナーに着るつもりかなあ?」などと興味津々だったが、

フィレンツエでお嬢さんの結婚式があるのだそうだ。花嫁のご両親と花嫁のおばさんが式に列席するわけね。

 25日にフィレンツエに行くツアーを探したら ちょうどこのツアーがぴったりだったということで 結婚式出席のついでにイタリア観光ということらしい。


「私たちは もしまちがいがあったら大変と思って 手荷物で 結婚式の衣装は全部持ってきたんですよ。でも あの方たちは スーツケースに入れてしまったようで どうするのかしらね」


「えっ?あのご夫婦も 結婚式ですか?」と私とふーこさんはビックリ。


「そうなんですよ、偶然ご一緒で。 我が家の娘は午前中に式で、山田さん(とおっしゃるらしい)のお嬢さんは同じ教会で 午後なんですよ」


「じゃあ、フィレンツェまでにスーツケースが届かないと大変ですねえ」

「そうですよねえ。わたしたち良かった、持ってきて。重かったけど。」


フィレンツエでの結婚式の話は 興味ある。わたしたちはいろいろ質問した。

「それで娘さんたちは 今は?」


「もうミラノにいるんですよ。新婚旅行を兼ねてますからね。ミラノからフィレンツエに入って、ローマ、ナポリと10日間くらい回るんです。」


「素敵ですねえ。でも お高いのでは」 私は すぐに 経費の心配をしてしまう。


「それが 日本で挙げるよりお安いのよ、式そのものはね。新婚旅行はどうせ行くからい一緒だし、遠いところで挙げると家族と本当に親しいお友達だけで楽ですよ。日本に帰ってから 式のビデオを見ながらお食事会をしますけどね」


「ウエディングコーディネーターが全部やってくれるんですね、そういう会社があるんですねえ?」


「そうらしいですよ。フイレンツエのコーディネーターはもう20年以上住んでいる日本人の女性ですって。着物を着せてくれる方もいるんですよ。」


「私たちも参加したいねえ」とふーこさんが言うと


「ホテルの近くの教会ですから ぜひいらしてください、娘たちは式の支度をしてからリムジンに乗ってわたしたちをホテルに迎えに来てくれるそうですから 見てやってください」


そんな話をしながら 私たちは アムステルダム発ベネツェア行きの便に乗り込んだ。


 飛行機は水の都で休暇を過ごそうという親子連れが多い。小中学生くらいのこどもたちを見て、そうか、こっちは ハーフタームホリデイかな。学期の中間にまるまる1週間のお休みがあって、わたしたちも そのたびに小旅行をしたものだ

ヨーロッパに来たことを実感。10年前のイギリスでの生活が蘇える。

 

 日本に比べて ヨーロッパの家族はよく旅行をする。まとまった休みが多いということもある。日本の子供たちの学校の拘束時間と比較したら ヨーロッパのそれは格段に少ない。


 当時、その話をあるイギリス人にしたら、日本は学校以外でも塾などでよく勉強するらしいけど、だからってノーベル賞の数が多いかっていえばそうじゃないでしょ。と手厳しいことを言われてしまった。


 さて、2時間の飛行は、ドリンクが出て、軽食が出て、なんだかんだであっという間。


 ベニスのマルコ・ポーロ空港到着 

 アムステルダムの空港でも走り回っていた添乗員のSさん、山田さんご夫婦のスーツケースが出てきてほしいと一縷の望みをたくして荷物引取りのコンベアーをみつめていたが、やはりマドリッドに行ってしまったのは確実らしい。

 

 Sさんは、マドリッドへの電話連絡にまた走る。

「日本みたいに連絡がきっちりしてないんですよ。あらゆるところに何回も伝えておかないと忘れられちゃうから」などと言いながら。

 

その後を 山田さんのご主人が奥さんの車椅子を押して追いかける。


その間残りの私たち9人は 夜のもう人影もまばらな空港のベンチに座って待つことに。

小雨模様。スーツケースから傘を取り出す。


ベニスには車がない。もしかしたら バスが着くローマ広場からは船で行き、ホテルの前まで行かない場合もあるので、そうしたら船から下りて歩かないといけないかもと言われていたし。

しばらくすると、現地のイタリア人の女性のガイドさんが来て、スーツケースを回収しポーターに渡し、バスまで案内してくれる。


空港の外は小雨のせいかほどよい湿気を感じ、気持ちよい。寒くも暑くもない。

 Sさん田中さんたちがやっと合流して、バスは動き出した。

バスは長い橋を渡って本島へ。列車の線路も並行して走っている。


バスターミナル(ローマ広場)で降りて 運河まで2~3分歩いて船着場へ。


ベニスの運河、川幅が広いところから 狭い路地のような流れに入っていく。石の建物の間を曲がる時はうまく角にぶつかって(!)船は進んでいく。

 船がホテルの入り口のまん前に停止した。


スターホテル スプレンディド スイスに到着 もう夜中の12時に近かった。

それなりのホテル。

部屋は狭い。スーツケースはもう運び込まれていた。


翌朝 6時に目が覚めてしまい、ふーこさんを起こさないようにバスルームでひそかにストレッチをする。


ベッドサイドテーブルに1ユーロ置いて、食事に降りる。


昨夜 わたしたちより早く東京組みが到着していて合流する。20代、30代、50代のご夫婦が3組。添乗員はやはり30代女性Yさん。


 いよいよサンマルコ広場に出発。19人の日本人のツアーでぞろぞろと歩くのがちょっと気恥ずかしいよ。

ホテルは街中にあるので歩き出すと すぐに ショッピングストリート。狭い路地にブランドの店が並んでいる。人通りはまだ多くない。 

 

狭い道を抜けてサンマルコ広場が開けた。

目の前にそびえる黄金のサンマルコ寺院。荘厳なドゥッカーレ宮殿。その美しさにふーこさんと息をのむ。朝、9時前の広場は まだ がらーんとしている。

広場の両側に寄せられたたくさんの椅子。 

映画「旅情」のシーンがそこにあった。               つづく






 




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