第3話:蠢動

「お嬢様、ウラント公爵キレル卿に怪しい動きがあります。

 神殿奴隷に落とされたスルトを買い戻して、ミズン王国に送ったそうです」


「処分から救うためですか、それとも人質ですか」


 大魔境で狩り三昧の日々を送っていた私に、父上の密偵から連絡がありました。

 王家直々の処分を受けたはずのスルトを、キレル卿が買い戻したというのです。

 人情としては理解しますが、王家に忠誠を誓う貴族としては絶対に許されない事で、内心叛意を抱いていると思われてもしかたがない行為です。

 まして隣国に送るという事は、庇護を受ける代わりに人質を送ったことになり、隣国がこの国に攻め込んできた時には内応するという事です。

 いえ、隣国が攻め込むための手引をするという事です。


「恐らく人質であろうと思われますが、親心で救ったという事もあり得ます。

 国王陛下から叱責を受けても、子を愛するあまりと抗弁すると思われます。

 それに、今のウラント公爵には、王家に抗えるほどの力はないと言って、温情を求めるものと思われます」


 密偵の言っている事は間違いではありません。

 スルトの愚かな行いを償うために、ウラント公爵家は手放せるものはすべて手放しましたから、歴代のウラント公爵が貯めていた資金をすべて失ったはずです。

 領地もほとんど手放してしまって、残された領地は平均的な子爵家程度の収入しかないしょうから、動員できる兵力も激減しています。


 それに、もし王家と戦争を始めるのなら、軍資金も領地もあった時、スルトが私に捕まった時に叛乱をしていたと言い訳することができます。

 ですが、スルトが私に確保されていましたから、キレル卿がスルトの事を心から大切に思っていたとしたら、スルトを取り返すまで我慢していた可能性もあります。

 直ぐには結論が出せるような事ではありませんが、油断する事はできません。


「王家には報告したの?」


「はい、閣下がご報告されました」


 父上が報告したのなら、私から伝えることもありません。

 油断はできませんが、私が心から楽しみにしている、大魔境の探索を中断するほど深刻な問題でもありません。

 

「だったら私には何もする事はありませんね。

 もし何かあったら、男爵領の兵士を率いて父上の援軍にまいります。

 常に連絡を絶やさないようにしてください」


「承りました。

 閣下もこちらに来て探索をしたいと申されておられるのですが、ミズン王国の動向が心配で、来るに来れないと申されておられました」


 やれやれ、父上らしいですね、王家に対する忠誠心が半端ないです。

 でも私には関係ありません、明日も夜が明ける前から狩りです!

 

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