その6
俺の渡した下川原靖子からの手紙を、キャロルは丹念に読んだ。
読み終わった後、彼女は一つ大きく深呼吸をして、
『有難うございます』と、俺に言った。
『で、どうされますか?下川原さんからは、貴方の気持を聞いてきてくれるように頼まれているんですがね』
『私はあと三か月で母国に戻ります。』
俺は黙って、彼女の次の言葉を待った。
『彼女に伝えてください。一週間後の土曜日、午後4時に、S女子高の時計台の下にいらして下さい。そこで私の気持を伝えます。と・・・・』
その日の夜、俺は彼女の携帯に電話し、キャロルの伝言を伝えた。
『本当ですか?』
声が震えているのが、受話器の向こうからはっきり伝わって来た。
『じゃ、私の仕事はここまでですね。幸運を祈ります。』
俺がそう言って電話を切ろうとすると、
『ちょっと待って下さい』慌てた声で俺を止めた。
『何ですか?』
『お願いします。そのう・・・・私に付き添って頂けませんか。あ、勿論お金は払います。』
俺はため息をついた。
米国の私立探偵なら、
『それは探偵の仕事じゃありませんから』
と言って断るところだろう。
しかし俺にはそれほど冷淡にはなり切れない。
(もっとビジネスライクにやれんものか。つくづく損な性格だ)
『いいでしょう。では延長料金と言うことで結構です。』
翌週、水曜日、時刻は午後三時。
俺は
流れているのは、
(懐かしの日活映画特集)である。
ええ?
”またあんたお得意のワープをしやがったな。”だって?
うるせえな。折角お気に入りの、
『霧笛が俺を呼んでいる』がかかっている時に。
ん・・・・まあいいや、
教えといてやるよ。
土曜日、俺は靖子を連れてS女子高校の時計台の下に出向いた。
約束通り、キャロルはそこに待っていた。
俺は少し離れたところで、二人の様子を伺っていた。
靖子はまるで初恋の人に出会ったような表情で、彼女に自分の思いのたけを訴えている。
キャロルは黙ってその言葉を聞き終わると、靖子を抱きしめ、頬にキスをした。
(これで済んだな)
俺は思い、そのままその場を立ち去った。
翌日の日曜日、俺のところに珍しくお袋から電話がかかって来た。
何でも川上家から、正式に『誠に申し訳ないが、今回の見合いはご縁がなかったということで』と連絡があったという。
”宗!あんたまさか向こうのお嬢さんに何か変なことでもしたんじゃないでしょうね?”
お袋の甲高い声が、俺の耳に響く。
『何かするも何も、あれから一度だけ二人で会って、話をした。それだけだよ』
”ならいいけど・・・・でもあんたもよくよく女性の扱いが下手くそね。もう少し努力して、母さんたちを安心させて頂戴な。”
お袋は残念そうな声を出して電話を切った。
その日の夜、今度は親父から電話があった。
口下手のわりには珍しい。
”独身主義を貫くのも構わんが、あんまり母さんをがっかりさせるなよ。もういい年なんだからな”
それだけ言って電話を切った。
かくして、俺の見合い話は終わりだ。
え?
靖子はどうしたって?
さあ、どうしたかね。
俺には関係のないことだ。
昔から言うだろ?
”
それより、折角俺の憧れの男(誤解しなさんな、そっちの趣味なんかない。あくまでも人としての話だ)、トニーこと赤木圭一郎の歌声に浸っているんだ。
邪魔をしないで貰いたいな。
終わり
*)この物語はフィクションです。従って登場人物その他全ては作者の想像の産物であります。
探偵(オレ)の見合い顛末記 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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