その5

 見合いが一通り終わって、両家が再び揃って挨拶を交わし、”つき村”を出て、健一君のプリウスに乗り込んだ時、助手席に乗った俺にバックシートのお袋がミラー越しにこっちの顔を覗き込み、

『で、どうするの?』と聞いた。

『どうするって・・・・今日初めて会ったんだぜ?買い物に来たわけじゃないんだ。”気に入りました。はい、貰います”って訳にも行かないだろう?』

『だからどうするのよ?』そういって盛んに俺をせっついてくる。

『まあ、悪い女性ひとではないようだな。とりあえず連絡先の交換くらいはしたよ』

 お袋はそれを聞いて、満足した笑みを浮かべていた。

『ということは上手くいきそうって事よね?あんたにとってこんなチャンスはこれからそう滅多にないんですからね。』


 お袋は続けて”ああよかった”だの、

”これでまた孫の顔が見られるかもしれないわね”なんて、気の早い喜び方をしている。

 親父は相変わらず口をへの字に結び、腕を組んでじっと前を見据えていた。

 俺たちが家に着くと、ちょうど妹の友子が子供たちを連れて来ていたところだった。

”別に兄さんのことが心配だったわけじゃないわ。健一さんを待ってたのよ。一緒にご飯でも食べようかと思ってね”

 そう言いながら、彼女も俺の成果を知りたがっているようだった。

『へぇ、気に入ったの。向こうも?』

『ああ、多分ね』俺が答えると、

『でも良かったじゃない。兄さんみたいな変わり者を気に入ってくれる女の人がいるなんて、滅多にないことだから、意外とチャンスかもよ』

 褒められているんだか、からかわれているんだか良く解らないが、悪意がないことだけは確かのようだ。

 親父は相変わらず何も言わない。背広を脱いで、座卓の前に座り、自分で淹れた茶をゆっくりと啜っていた。

”もう一晩位泊って行きなさいよ”とお袋は言ったが、 

『悪いけどまだ仕事が残っててね。もう帰るよ』そう答えると、

『じゃ、晩御飯くらいは食べて行きなさい。それから帰ったって構わないでしょう』と来た。


”仕方ない、これも仕事か”

そう思い、両親、そして妹の一家と共に夕食を共にし、午後8時に家を出た。

”送っていきましょう”と健一君は言ってくれたが、

”歩いて帰るから”

 俺はそう言って家を出た。

 すると親父がどうしたものか、

『俺が送っていこう。ちょっと散歩もしたかったんでな』ぼそっと口にして後を追って来た。


 二人で並んで歩くのは本当に久しぶりだ。

 しかし殆ど言葉を交わさない。


 流石に年はとっても元自衛官だ。

 健脚だけは伊達じゃない。

 俺と二人で歩いても、まったく遜色はなかった。


 駅に着き、電車を待つ間、駅舎の前のベンチに腰を下ろす。


 周りの風景は、いささか変わってしまったが、空だけは昔のまま、星が一杯だ。

 

 親父は胸のポケットからラッキーストライクを出し、

”家じゃえんからな。母さんが五月蠅うるさいし”苦笑いしながら火を点ける。

 俺はシナモンスティックを出して咥える。

『宗、お前結婚する気ないだろ?彼女むこうにも断られた。違うか?』何度目かの煙を吐き出して親父が言った。

『見事だな。どうして分かった?』

『教育隊で何年新入隊員の助教をしてたと思ってるんだ?顔色位読めんでどうする。』彼にしては珍しくにやりと笑って答える。

 俺は苦笑いをして、スティックをぼりぼり鳴らした。

 まったく、親父にもかなわんな。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 東京に帰った翌日、俺は早速、キャロル田中が学んでいるM大学文学部の大学院を訪ねた。

 これが私立の女子大辺りだったら、結構敷居が高くって、無暗に人を入れてはくれないものだが、流石に二流とはいえ、一応国立大学だ。

 あまり見とがめられることもなく、簡単に入れてくれた。

 文学部はこの大学では割と学生の数も多いが、建物の入り口で身分を明らかにし、キャロル田中氏への面会を希望すると、

『ちょっとお待ちください』といい、受付の警備員はすぐに連絡を取ってくれた。

 凡そ五分ほど、受付の前のソファに座っていると、”彼女”が現れた。

 キャロル田中その人である。

 グレーのプルオーバーに黒のストレートパンツ。

 セミロングの髪を後ろで束ね、ブルーのフレームの眼鏡をかけている。


 俺は立ち上がって、首からチェーンでぶら下げたホルダーを彼女に提示し、私立探偵であることを明らかにした。


『私が、キャロル田中ですが、貴方が乾宗十郎さん?』

『ええ、突然押し掛けて申し訳ありません。実は・・・・』

 俺は再度ソファに腰を下ろして、彼女に訪問の理由を述べた。

 いささか言いにくいことは確かだ。

 そりゃそうだろう。

 恋の橋渡しなんて仕事、これまで一度もなかったんだからな。

『下川原靖子さん・・・・ご存じですか?S女子高に貴女が英語の臨時講師で勤務しておられた頃、やはり教師をしていた人です』


 彼女はちょっと考え、

『ええ、覚えています。良くお話もしましたし、好感の持てる方でした。そのミス下川原が何か?』

『実は・・・・』俺は簡潔に依頼内容を話し、預かって来た手紙を渡した。


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