その4

『どういう意味ですか?』

 俺は湯呑を持ち上げて茶を少し含んだところだったので、危うく吹き出しかけたのを、辛うじてこらえて飲み込み、たずねた。

『実は私、他に好きな人がいるんです』


 人生最初の見合いで、のっけにこんな言葉を聴かされるとは思ってもいなかった。

『しかし、私と会うことを希望されたのはそちらでしょう?最初から断る気ならどうして今日ここに来られたんです?』

『お見合いを希望したのは私じゃありません。私の両親なんです。両親がいつまでも一人で居る私を心配してくれたからなんです。』

 彼女はそう言って、傍らに置いてあるハンドバッグから、一枚の写真を取り出して、俺の前に置く。

『この人です。私の愛する人は・・・・』彼女はそう言って目を伏せた。

 グレーのスーツが良く似合う、セミロングの髪に切れ長の目をした、凛々しい顔立ちの、なかなかの美人だった。

 とび色の目に白っぽい肌をしているところから察するに、恐らくハーフかクォーターと言ったところだろうか。

 東宝に若林映子って女優がいたが、その彼女と、ジェーン・フォンダを足して二で割ったような、そんな表現が最も適当と思われる、エキゾチックな美女だった。

『なるほどね。つまり・・・・』

『そう、私、レズビアンなんです』

 それから下川原靖子は、理由わけを少しづつ話し始めた。


 自分がレズビアンだということを意識したのは、高校時代のことだったという。

 担任だった数学の女性教師に憧れを抱いたのが最初だった。


 その教師とはただ淡い思いだけで、特に何事も起こらなかったのだが、(向こうは結婚をして退職してしまったという。)

その後部活(合唱部だったそうだ)の先輩だった女子にラブレターを貰い、彼女の家でキスを交わし、

『そういう関係』になった。

 先輩とは彼女が卒業するまで続いたという。

 しかし、この時も最後はその先輩が他校の男子学生と両想いになり、終わりを告げた。

『貴方もこの町のご出身ならお判りでしょうけど、未だこの辺りは保守的な気風が残っていますから、自分が同性愛者だなんてカミングアウトしたら、それこそ変態扱いされて、私だけではなく、家族全体が白眼視されてしまいます。それを隠すのは本当に辛かったです。』

 彼女は自分の性癖を隠し通し、そのまま大学へと進み、やがて教師となった。

 

そして、三人目がこの女性・・・・名前を『キャロル・田中』といい、米国籍で日米のハーフ。

 彼女は東京の大学の大学院で学んでおり、英会話の非常勤講師としてやってくるようになった。

 一目で恋に落ちたという。

 だが、どう告白してよいか分からない。

 ましてや周りの目がある。

 学生時代と違い、今の靖子は教師だ。

 露見すればまず解雇は免れないだろう。そうなれば今よりもっと、両親や姉妹(彼女には妹が二人いるそうだ)にも迷惑がかかる。


 悶々とした日々の中、彼女は望まないまま、両親の勧めに従って縁談に臨み、一度目の結婚をした。

 しかし、元々自分を偽るための結婚だから、上手く行くはずもない。

 一年も経たない内に破局をしたのは、当然と言えば当然だった。


『彼女には、貴方の思いを告白したんですか?』

 俺はそう言って、ポケットからシガレットケースを出して蓋を開け、シナモンスティックを一本咥えた。

 靖子は目を伏せたまま、黙って首を振る。

『それが出来るくらいなら、こんなに苦しんだりしません』小声でそう答えた。

 そのうちにキャロルは講師の任期を終え、東京に戻ってしまった。

 大学院の終了も間もなくだ。

 そうなれば彼女は祖国であるアメリカに戻ってしまう。

『その前に何とか私の気持を彼女に伝えられればいいんですが・・・・』

 そこで言葉を切り、再び俺の顔を見つめ、

『乾さん、探偵である貴方にお願いがあるのです。どうか彼女に私の思いを伝えて頂けないでしょうか?お見合いをお断りしたのに、身勝手だということは十分に承知しています。でも・・・・他にお願いする方がいないんです。ここに私の思いをしたためた手紙を持参してきました。これを彼女に渡して欲しいのです。その上で彼女の気持ちを確かめて頂きたいのです・・・・』

 後は言葉にならなかった。

 彼女の目から大粒の涙が流れる。


 俺は腕を組み、しばらく考え込む。

 今時、こんな純情な女性がいるとは思えなかった。


『分かりました』

『え?』

『引き受けましょう。本来こうした類の依頼は受けないことにしているんですが、私は結構気紛れでしてね。お会いしたのも何かの縁だ。たまにはこんな依頼も悪くはない。その代わり依頼となったからには、これはビジネスです。要するに料金が発生するということです。構いませんか?』


 引き受けてくださるのでしたら、お金は幾らでもお支払いいたします。彼女は真剣な眼差しで俺に言った。


『幾らでもなんて必要はないですよ。基本料金一日六万円、後は必要経費、仮に拳銃がいるような場合には危険手当として四万円の割増を頂きます。契約書は今持ち合わせてないので、後程郵送させて頂きます。何かご質問は?』

 彼女はいいえと小さく答えた。


 やれやれ、俺も因果な性分だな。一世一代の見合いの席だってのに、その相手から『恋の橋渡し』の仕事を請け負うなんざ、やっぱり探偵は馬鹿しか出来ん。



 

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