第3話 次男キース・フェローズ

 酒場から出た俺は宿屋に泊まった。

 今後の予定は、乗合馬車で今いるエリステラ帝国から出るために西へ行く。

 帝国を出た後は、商業都市や迷宮都市などの小国家群を抜け、ファーミリア王国に入国する。

 ファーミリア王国はエリステラ帝国に並ぶ大国だ。

 これからの拠点にするのに申し分ない。

 そういった理由から、とりあえず俺はファーミリア王国を目指すことにした。


 ……そういえば、前世にはファーミリア王国は存在してたけど、エリステラ帝国は無かったな。

 まぁ200年も経過していれば、そういう出来事があっても全然おかしくはない……っていうか、そっちの方が自然だよな。





 俺は宿屋を出たあと、乗合馬車に乗るため、停留所へ向かった。

 フェローズ家の屋敷から近いこの辺りでは、俺の顔を知っている者が多い。

 だからあまり人気の無い早朝に俺は動き出した。

 それでも何人かは通行人がいるようだった。


 そして、停留所へ向かう途中、思わぬ人物が路地裏から姿を見せた。

 俺がこの道を通ることを想定していたかのような良いタイミングだった。

 金髪で長身。

 紫色の瞳。

 薄笑いを浮かべながら彼は口を開いた。


「よぉ、アルマ。いや、それとも無能と呼んだ方がいいか?」


「キース兄さん……」


 キース兄さんはフェローズ家の次男だ。

 ギフト《紫電の魔法使い》を授かっており、歳は俺よりも一つ上だ。


「お前さ、昨日酒場で暴れたらしいな。父上がご立腹だったぜ」


「それは誤解です。俺は別に酒場で暴れた訳じゃなくて……」


「そうかそうか、分かったよ。正直俺的には昨晩の一件はどうでもいい。俺はお前を叩き潰したい。ただ、それだけなんだ」


「なぜ……?」


「くっくっくっ、アルマ、俺はなぁ、昔からお前のことが嫌いだったんだよ」


「……」


 キース兄さんがまさかそんなことを言うとは思わなかった。

 仲が良いというわけではないが、実力を伸ばすために切磋琢磨し合っていた。


「お前と比較される日々にはウンザリだった。いつも、どれだけ努力しても弟であるお前の方が優れた結果を出しやがる。そんなお前が憎くて仕方無かった。だからギフトを何も授からなかった、と聞いたときはかなりスカッとしたよ」


「そう、ですか……」


 驚いて、悲しくなって、納得した。


「というわけでアルマ、これ以上我が家を汚すような真似は許されない。ここで始末させてもらうぞ」


「しかし、通行人が……!」


「通行人の一人や二人、関係ないな。お前の始末が最優先だ」


 話が通じる様子は無い。

 これは応じる他なさそうだ。


「……分かりました。どうやら何を言っても無駄みたいですね」


「ああ、物分かりが良くて助かる。流石アルマだ。ま、今となってはギフトすら貰えなかったただの無能なんだがなァ!」


 ビリビリ、とキース兄さんの周りに雷が発生した。

 それが戦闘開始の合図だった。


「ライトニングボール」


 電気で構成された直径30cmほどの球体が飛んでくる。

 雷属性魔法の中でも初歩的な魔法であるが、使い手によって威力は変化する。

 侮ってはいけない。

 雷属性に相性が良いのは土魔法だ。

 キース兄さん相手には土魔法で戦うとしよう。


「ロックシールド」


 地面が変形し、俺の前面を塞ぐ壁となった。


「なにっ!? お前土魔法を使えたのか!」


 キース兄さんは驚いているようだったが、それも無理はない。

 ギフト《転生者》が発動する前までは俺も土魔法を使えなかった。

 どうやらキース兄さんは俺の実力をかなり把握していたようだな。

 それでギフトを授かってないこの状況なら勝てる、と思ったようだ。

 実際、俺も本当にギフトが無ければキース兄さんに手も足も出なかっただろう。


「こっそり練習してました」


「……ふん、まぁいい。お前が雷魔法に有利な土魔法を使えたところで俺の勝利は変わらない」


 キース兄さんは自分の魔法に随分と自信があるみたいだ。

 確かに《紫電の魔法使い》はそれだけの自信を持っても許される強力なギフトだ。


「な、なんだなんだ⁉︎」


「戦いが始まったぞ⁉︎」


 通行人は驚きを隠せない様子だ。

 確かにキース兄さんの魔法が万が一でも通行人に当たれば大怪我はまぬがれない。


 ……仕方ないな。


 こちらも本気でキース兄さんを仕留めるとしよう。


「キース兄さん、今度は俺から仕掛けさせてもらうよ」


 土の壁越しに俺はそう言った。

 だから、キース兄さんは俺がまだその壁の向こうにいると思うだろう。


「出来るならやってみろよ。だが、俺は待つ気なんて微塵も無いけどなァ! ──エルレガン!」


 長さ2mほどの雷槍がキース兄さんの頭上に形成された。

 強力な魔力が込められているのが分かる。

 雷魔法でも上位にあたるものだ。


「ハッハッハッ! こいつは土の壁なんざ簡単に貫くぜ!」


 そうして放たれた雷槍は、キース兄さんの言うとおり土の壁を破壊し、それでもなお勢いを止めなかった。


「ギャアアア! 土の壁が壊れたァ!」


「勘弁してくれェェ‼︎」


 通行人は腰を抜かしている。

 これ以上、この人達に迷惑はかけられない。

 安全な方法で片付けよう。


「……ハァァ⁉︎ ア、アルマがいないだとォ⁉︎ 一体どこに行きやがった!」


 手応えが無いのを感じ取ったキース兄さんは、ついに俺が壁の向こう側にいないことに気づいたようだ。


 今、俺がいるのはキース兄さんの横にある建物の屋根の上だ。


 方法は至って簡単。

 空間魔法「テレポート」を無詠唱で発動しただけだ。

 ただ、無詠唱は詠唱するよりも多くの魔力を消費してしまう。

 相手に詠唱を気付かれたくないとき以外は、素直に詠唱するのが一番だ。


 そして、次はこちらに注意を向けさせる。


「──ここだよ、キース兄さん」


 キース兄さんはハッ、と頭上を向いた。


「お前、いつの間にそんなところに!」


「だから言っただろう? 俺から仕掛けるって」


「ハハ、でもそんなところに移動しただけでいい気になってもらっちゃ困るなぁ! それに自ら居場所を教えてしまうとはなんとも間抜けだなアルマ。一撃ぐらいは不意を突けたというのにさ!」


「俺が居場所を教えたのはね、もう勝負はついているからだよ」


「……なんだと?」


 魔法を発動した直後は隙が大きくなる。

 今俺がキース兄さんに声をかけたのは、その隙を継続させるために過ぎない。


「ロックプリズン」


 キース兄さんを取り囲むように瞬時に土の壁が形成された。

 上下左右、もう逃げ場は無い。


「プレスロック」


 そして土の密度を上げ、より強固なものにする。

 キース兄さんはいくつか雷魔法を詠唱していたが、ビクともしないのを見て、無駄だと分かったようだ。


「なんだこれは! おい、アルマ! ここから出せ!」


 俺が土の牢獄に近付くと、キース兄さんは文句を言ってきた。


「出せと言われても出す馬鹿はいませんよ」


「お前いつの間にこれだけの魔法を……! クソッ! マジでいつかぶっ潰してやるからな!」


 大激怒している。

 これ以上は何も言わない方が良さそうだ。

 あ、でもこれだけは言っておこう。


「キース兄さん、これから俺は東の港に行き、この大陸を離れます。なのでこれ以上追ってくるような真似はやめてくださいね」



 もちろんキース兄さんが俺を追ってくることを予想した嘘である。


「アルマァァ! 貴様ァァ!!!」


 土の壁越しでもキース兄さんの怒声はかなり聞こえてきた。

 俺は一息ついて、乗合馬車の停留所に向けて歩みを進める。


「ありがとうございます……助かりました」


「あなたは命の恩人です……」


 そこに通行人が俺に駆け寄ってきた。


「いえ、この騒動自体俺が引き起こしたようなものですから……こちらこそご迷惑をお掛けして申し訳ないです」


「そんなそんな! 頭を上げてください! 色々な事情はあるかもしれませんが、私達を助けてくれたのは事実です! 本当にありがとうございます……!」


「もしかしたらここで死ぬんじゃないかと思いましたから……。助けて頂き、ありがとうございます……!」


 俺を見ても無能、と蔑む気配はない。

 ということは、どうやらこの人達はフェローズ家のことをあまり詳しく知らないようだ。


 しかし……人に感謝されたのは久しぶりだ。


「どういたしまして。……それと俺の方こそありがとうございます」


 俺の感謝に対して二人は不思議そうにしていた。


 だけど、それでいいんだ。


 だって、彼らのおかげで俺は何だか肩の荷が少し降りたような……そんな気がしたのだから。

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