第2話 ギフト《転生者》

 フェローズ家から持たされた金はたった5万ゴールド。

 成人したての世間知らずが生きていくには少し物足りない額だ。


「ハァ……」


 俺は初めて酒場にやって来て、エール酒を飲んでいた。

 神官からギフトのお告げを聞いてから溜息を吐く回数が異様に増えた。


 所持金は5万ゴールドしかない。

 きっと節約した方がいいだろう。

 でも今は理屈じゃ動けない。

 だって、あんな経験をした後なのだから。



『──アルマ、お前をフェローズ家から追放する』



 まだ耳に残る父の声。

 瞳を閉じれば、浮かんでくる父の冷たい表情。


 屋敷で荷造りをして出ていくとき、俺に声をかける人は誰もいなかった。


 俺は本当に今まで何のために生きてきたのだろう。

 父が強くなれ、と言うから俺は認めてもらいたくて、父のために努力してきた。

 魔法の勉強も、剣術の訓練も、人一倍努力したが……全て無駄に終わったのだ。


 悔しい、なんて気持ちは全然沸かなくて、悲しさだけがずっと胸を締め付ける。


「……なぁ、あれって」


「……あぁ、そうだよな」


 ヒソヒソ、と話している客が多い。

 そしてそういう客は漏れなく俺の方をチラチラと見ている。

 もう随分と有名になっているようだ。

 確かに、良い話のネタにはなるのだろう。

 まさかギフトを授かれない者が現れて、しかもそいつは賢者の息子なんてな。


 既にこれだけ俺のこと広まっているようなら、もう帝都では暮していくのは難しいかもしれない。


「おい、お前フェローズ家の息子だろ?」


「ギフトが何も無いんだってな」


 体格の良い冒険者のような奴らが話しかけてきた。


 ……勘弁してくれよ。



「金貸してくれよ。貴族なんだろ? いっぱい持ってるだろうがよ」



 もう勘当されたから貴族じゃないし、金も5万ゴールドしかない。



「何無視してんだよ。ギフト無しの無能のくせに」



 ……なんで見ず知らずの奴にもバカにされなきゃいけないんだよ。



 くそ、俺にギフトさえあれば……!



 ギフトさえあれば、こんなの事にはなってなかったのにな……。





 ……いや、ギフトが無かったから気付けたこともあったのかもしれない。



 ハハハ……どっちにしろ悲惨だな。





『ギフト《転生者》が発動しました。前世の能力と記憶が蘇ります』




 なにか声が聞こえてきた。


 ……え、なんだ!?

 ギフト?

 《転生者》?

 一体どういうことだ?


 それに前世の能力と記憶って一体……。


 そう思ったのも束の間だった。


 脳内に膨大な情報が流れ込んできた。



「ぐっ、あああ……っ! がああああっ!」



 頭がエグられているような感覚だった。

 しばらくの間、俺は苦しみに耐えるのに精一杯だった。

 何度か意識を失いかけたが、なんとか耐え切った。



「ハァ……ハァ……スーッ……ふぅ〜」



 深呼吸をして、呼吸を整える。





 ──そうか、なるほどな。




 なぜ俺が15歳になったとき、ギフトを授からなかったのか。





 それは、俺が既にギフトを所持していたからだ。





 ギフト《転生者》。

 これは俺が一度目の人生で授かったギフトだった。




 《転生者》の能力は、一度だけ転生することが出来て、能力と記憶が15歳になると引き継がれる、というものだ。




 俺はこれを授かったとき、最大限有効活用してやろうと考えた。


 だから一度目の人生は、ひたすらに強くなることを選んだ。

 一度目の人生で世界最強になってしまえば、二度目の人生は楽しく暮らせる、そう思ったのだ。


 そして俺は一度目の人生で魔法を極めた。

 永年の努力の末に俺は全ての魔法を取得した。

 だが、得たものは魔法だけでそれ以外は何も無い空虚な人生だった。


 その力が今──引き継がれた。



「ありがとう……一度目の俺……」



 一度目の人生を思い返せば、とても辛いものだった。


 それが二度目の人生でようやく報われる。



「──き、貴様っ! 何をやっている!」



 声の主を見ると、騎士が剣を引き抜き、こちらに向けて構えていた。



「え、ど、どうしたんですか?」


「どうもこうもあるか! その膨大な魔力を垂れ流して一体何をするつもりだ!」


「あっ……」



 俺の近くには、先ほど絡んできた冒険者の二人が口からブクブクと泡を吹き出して床に倒れていた。

 周りを見ると、騎士以外の客が同じようにして床に倒れていた。


 前世の能力が突然蘇ったせいで、膨大な魔力が垂れ流しになっていたようだ。

 その魔力に耐えきれずに多くの人が気絶してしまった。


 俺は急いで体外に放出されている魔力を制御し、抑える。


 でもちょっと遅いよな……。


 やっちまったな……これ。



「騎士として、フェローズ家の者とはいえ容赦はしない……! いや、既にフェローズ家からは追放されたのだったな!」


「ちょ、ちょっと待ってください! 誤解なんです!」


「これだけの人間を気絶させておいて誤解などありえるか!」



 そう言って、騎士は問答無用で襲い掛かって来た。

 ……ダメだ。

 何を言っても聞く耳を持たないようだ。

 それなら申し訳ないけど、気絶してもらうしかない。



「ホロウ」



 闇属性魔法【ホロウ】は相手の意識を刈り取る魔法だ。

 魔法に耐性の無い相手にはかなり有効である。

 見たところ、先ほど垂れ流しになっていた魔力を耐えられたのは彼の精神力によるものだろう。


 騎士の頭部を黒色の靄が包み込んだ。

 そして、騎士は意識を失い、床に倒れ込んだ。


 店内を見渡せば、意識があるのはどうやら俺だけのようだった。



「あとは……エアリアスっと」



 倒れている人に回復魔法【エアリアス】をかけた。

 これで後遺症が残ることは無いだろう。



 そして俺は酒場の代金を机の上に置いて、


「……ごめんなさい」


 扉の前で深く頭を下げて店を出た。

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