言霊遣い ザムトは奮闘する(3)
それはぐるぐるとうなり声をあげながらこちらから視線を外さない……と、いきなりぐっと身を屈めたかと思うと一直線に俺に向かって先ほどとおなじ黒い帯のようなものが飛んできた。それはジルさんの大剣によって一刀両断。
「嬢ちゃんゴブリンに恨みを買われるようなことでもしたのか」
「ちょっと遺跡からゴブリンを100近くあぶりだして大人数で狩ったくらいっす!」
「そりゃあ恨みも買うわなぁっと!」
第二波と言わんばかりに再びこちらに帯が飛んでくる。それも三本。そして俺はと言えばがしっと腰をジルさんに捕まれ、そのまま横へ。先ほどまで俺が経っていたところにドスドスっとそれが突き刺った。どれだけ勢いが強かったのか、その土塊が俺の顔にあたる。そしてそのまま何度も後ろにジルさんが飛びずさったかと思えば今度は俺を背後に放り投げ大剣で第何波かは分からないそれを大剣で何個も射ちおとした。あれほど大きな剣だというのにまるで手足のように扱うその姿はまさに歴戦の猛者というべきか。切り落とされた帯が黒い粒子になり、黒く煙る中でとてもまぶしく頼りに見える。
「この黒い煤みてえなの吸うなよ!」
「わかりましたっ!」
誰がこんな怪しげなもやというかスモッグというか。黒い煤のようにそこにとどまっているそれを好んで吸うものか。とそんな彼越しにただそれを眺めているだけではない人達の動きが見え、俺は大きく息を吸った。
「動くな!!!!」
もう一度と身を縮めたそれがピタリと動きを止める、そして動けなくなったその瞬間、丘全体を照らしていた明かりがそれの頭上へ。そして急降下。爆弾が爆発したような爆風がそれを襲った。いくつもいくつも襲い来るそれに耳をつんざくほどの悲鳴が上がる。
「そのまま動きを止められますか!?」
アールさんのそんな声が聞こえてくるがすでにギチギチギチと嫌な音とともにそれが見えない拘束から逃れようと腕を動かしているのをみて俺慌てて口を開いた。
「穢れの化物を強く拘束するために地面よ隆起しろ!」
それの周りの地面がガッとその辺りをシャベルカーで掬ったように盛り上がり、4方向のから土の柱のようなものがそれに殺到する。そしてその上から先ほどと同じく魔法使いさんたちによる光の球が振りそそいだ。空気が熱で焼き切れるような音が何度も何度もして、それの叫び声も何度も響き渡る。
だけども俺が気を抜くことはできなかった。そんな一方的な状態でも周りの皆が警戒の耐性を解かないのだ。それが怖くて俺もジルさんの影からそちらを窺うように見る事しかできなかった。
「ジルさんあれってなんなんですか」
「穢れの化物って俺達は呼んでる!」
そんなことも知らねえのか!というだだもれなジルさんの心の叫びとは裏腹にそれから目を離すことなくジルさんは説明してくれた。
「あの遺跡みたいな日の光が当たらねえ風も通らねえ淀んだところにはな、よく良くないものが溜まりやすいんだよ。で、それは死体、それも強い未練を残した奴が近くにあるとそれにギュッと集まってくる。そうなるとああいう未練のままで暴走する化けもんの出来上がりってもんさ」
「そんな概念的なもの倒せるんすか!?」
「剣も魔法もトドメをさせねえ。浄化の属性のものは効くがそれも殺すまでにはいかねえ。唯一の方法が弱らせて地面に浄化の術がかかった鎖で括り付けて太陽の光で焼くのさ」
つまりあれは強い未練を残して死に、良くないものを集めて変貌したゴブリンだったものというわけである。だからお前恨みかったのかとか聞かれたわけか。俺は苦虫を噛みつぶしたような思いでそれを見た。幾多の光の球による軌跡、そして土煙が舞い散る中で黒い姿が暴れまわっている。それがとてつもない脅威であるということはすぐに分かる。あれは異質なものなのだと、見ている自分の肌に走る鳥肌が、いつの間にか乾いている喉が語っている。
「ザムトさん!この言葉を繰り返してください!」
「はいっ!」
アールさんの叫び声に答えるように、そして噛まないように俺はあわててをの言葉を紡ぐ。
「属性は浄化、効果は必殺、言霊遣いザムトの名の元に穢れの獣を滅する光の槍よ発現せよ!」
それの頭上に大きな魔方陣が出現したかと思うとそこから白く輝く一本の大きな槍が現れる。かと思えばそれが4本、16本、そしてそれもさらに増えるように又分かれしていった。そしてスッとその数えることも不可能なほどに増えたその槍はその矛先を穢れの獣に向け……
「降り注げ!」
一瞬槍の石突に小さな魔方陣が沢山現れたかと思えばそれがブースター替わりなのか。魔方陣が爆発し、大量の槍が軌跡を描きながらなだれ落ちた。それは獣のあらゆる場所に突き刺さり地面に縫いとめ動きを封じ込めただけではなくさらに体に深く突き刺さってダメージを与えているように見える。
「最高位の魔法をあれほどたやすく使われるとは……」
そんな別の魔法使いの方の唖然とした声が聞こえてくるが、褒められたというよりもあれだ、うん。カンニングしたテストが100点満点だったような、そんな謎の罪悪感が俺を襲う。実際のところは自分の力というよりも祝福もとい呪いのおかげ。
「やはり要点だけ押さえれば、最高位であれどあなたのその祝福を使用すれば無理なく魔法の行使が可能なようですね、興味深い……」
「勉強になります……」
さらに言ってしまえばそれも俺よりもアールさんの方が使い方を心得てらっしゃることが今ので判明してしまった。俺はだって復唱しただけだもの。どんな魔法があるのかあとでしっかりとアールさんから聞き出しておこう、そう俺は心に誓ったものだった。
幾重にも突き刺さるその様子はどこかウニとか剣山の様だが、それですら倒せないときた。叫び声こそ上げるものの身をよじりじたばたとするだけで力尽きる様子など無い。本当に縛り付けて云々を実際にやるしかないのだけども、何が何が。先ほど日は沈んだばかりなのだ。半日近くこいつを見張りつつ夜更かしをするとかやってられない。
ジルさんがまずはおびき寄せてある程度殲滅という策をとってくれてよかったと思う。こんな浮足だった状態で先ほどのゴブリンの群れの相手だとか言い始めたらキリがない。たぶんまだ残っているかもしれないだろうけどもこの穢れの獣がいる以上夜に手を出すのは下策。日が昇ってから再度のトライとなるのは間違いない。
「拘束用の鎖はまだか!」
「そんなすぐ用意できませんって!」
「とっととしろ!」
と、その時だった。バキバキバキ、ミチミチミチという枯れ木が折れるような音と無理やり何かが引きちぎられるような音が響き渡ったのだ。周りの視線を集める中そしてそれは地面に縫いとめる槍から逃れるようにあがいているようにも見える。それとも反撃か。俺はそっと言霊を使い自分とジルさんに結界を張った。
いや、まて。今あれは完全に固定してしまっているのだ。それを朝まで維持し続ければこの状況は解決なのでは?そんなことが脳裏をよぎり、実際にそれを実行しようと思った時に気が付いてしまったのだ。それを戒めていた土の柱がだんだんと黒く染まっていくのだ。蝕まれているようにかなりの速度で。
慌てて上書きしようと口を開いたときだった。先ほどよりも大きいぶちぃという音。そして、自分たちが目にしたのは上半身を引きちぎって空に飛びあがるそれの姿だった。そしてくるんと身を丸め収縮。
が、それだけではない。はっと下に残ったであろう下半身、それに目が向いた途端抑え込んでいた土の柱が完全に崩れ去ったのだ。そしてそちらが先ほどのようにぐっと身を屈め……あの構えはやばい。頭の中が真っ白になる。
「逃げろ!!!」
次の瞬間、自分達に向けてだけではない。空からも戒めていた下半身からも大量の黒い帯が全方位目がけて放たれたのだった。
自分に向かって一直線に飛んでくるそれがあっという間に先ほど張った結界にぶち当たる。リボンのようなそれが透明な結界の向こうでぱたぱたと折りたたまれるように撓んでいく。が、そんな自分を守っている結界もだんだんと先ほどの土の柱のように黒く濁っていくからヤバイ。
「け、結界!」
もっとまともなことを言えればよかったのに。一番初めに張った結界が劣化したガラスのようにバキリと割れ、そのままそれが収まっていた質量が新しい結界にぶち当たる。そしてその勢いに慌てて張った2枚目があっという間にひび割れ真っ黒に染まっていく。
あ、ヤバイ。そう思った時には遅かった。目の前は物理的に真っ暗で、結界が割れる破片と同時に到来するのは強い衝撃で、上から何かに押しつぶされるような嫌な感覚と共に自分は地面に倒れ込んだ。
*
気が付けば俺は真っ暗な闇の中にいた。先ほどの丘の上が松明の明かりや魔法で作られた灯、馬鹿でかい月の明かりに照らされて夜だというのにかなり明るかったのと比べると、ここは何一つの明かりもない。さらに冷凍庫にでも入ってしまったかのように冷え切った空気がピリピリと自分の肌を刺してくる。
明かりを、と思って言霊を使おうと口を開くも声が出ない。周りに何があるのか手を動かして把握してみようと思っても動かない。ここは夢なのか、現実なのか、それともあの化物の腹の中なのか。それすらも分からない。目は開いているはずなのだけども体も首も動かないせいで自分の体すら見えないのは恐怖しかなかった。
が、そんな闇の中にあらわれるものがあった。赤黒い点である。そう、先ほどの穢れの獣の顔の部分に合ったそれだ。俺は思わず息を飲んだ。
悲鳴をあげたくも声が出ない。それが近づいてくれば来るほどに体がもっと冷え込むような気がする。ぬちゃ、ぬちゃという嫌な足音と共にゆっくりゆっくり自分の方へと近づいているそれに対して俺は今この瞬間完全に無力だった。何もできない、ただまな板の上の鯉のようにされるがままというのはどれだけ怖い事なのか思い知らされた。
それは自分の周りをぐるりと回っていったと思えば、一周してきた点がピタリと自分の前で止まった時には思わず俺は息を飲んだ。どうするのだろう、どうなるのだろう。異世界に来てすぐにこんなのに殺されて終わるというのもついていないな、これは確かにいらない方の勇者だなだなんて自虐的な思考まで出てくる始末だった。
だんだんと近づいてくる点から目を逸らすことも瞬きをすることもできない。そして冷え切った空気を吸って肺も凍ってしまったのか息すら苦しくなってくる。そしてそれは止まらない。赤色はだんだんと大きくなる。ぬちゃ、ぬちゃ、ぬちゃと嫌な音も止まらない。目の前が真っ赤になるほど、鼻と鼻の先が触れるのではないかと思うほどに近寄ってこればわかる、荒い息づかい。そして生臭く、でも冷たい吐息がぶわっと俺の顔にかかって気持ちが悪い。
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