言霊遣い ザムトは奮闘する(2)

「あらゆる対象に変化を引き起こし攻撃や守護、時には自然も干渉すら可能としてしまう魔法が注目されたり、実際にそれを操ることを目的として学び始める方も多いのですけども、地味ながらも人のためになる治癒や浄化といった魔法もも素晴らしいですよ。あなたは見たところ学び始めてそれほどといったご様子ですし、もし興味があるのでしたらぜひぜひ」


 癒し手さんの笑顔がとてもまぶしい。


「そもそも魔法というのは人族でないものが生来保有している能力をあえてこの世界の法則に当てはめたもの。魔族の能力から発生した魔法、使族の能力から発達した浄化と癒し、精霊からは精霊術、ほかにも死体を操る死霊術、魔族を使役する使役術。多岐にわたります。大体をまとめて魔法と呼ばれますがね」


「アールさん!」


 声の方をん?と見てみれば先ほどまで指示出しに奔走していたアールさんが杖を支えにしながらぬっとこちらを覗き込んでいた。


「作戦の第一段階が完了いたしましたので我々魔法使い部隊は一時休憩ですね」


「そうだったんですね。お疲れ様です」


「いえいえ。ちなみに先ほどの話ではありますが我々人族には得手不得手、または体質により向いている向いていないなどあります。才能という言葉は嫌いですが間違いなく生来の性質が影響しているのは間違いないでしょう。例えば私は魔法のほとんどを扱えはしますが魔法が一番の得意、かつ癒しの術は苦手としております」


「私は逆に癒しと浄化以外は簡単な魔法しかつかえません」


「なるほど……」


「しかしあなたの使うそれの性質上、恐らくはそう言った個人差や才能といったものを超越して使用することが可能でしょう。あなたの能力はそういうものです」


 つまりは学びたかったら全力で学びなさい、あなたにその制約はないのだから。そう言いたかったのだろう。肩を竦めて結界の様子を見に行ったアールさんの後ろ姿もまた、先ほどみたジルさんのそれに似て大きく、たくさんのものを背負っているように見えたものだった。


 丁度患者さんたちの処置も終わったのをいいことに、癒し手さんからどういった癒しの魔法があるのかを窺いながらメモしながらをしていたら、気が付けばかなりの数の傭兵さんたちや魔法使いさんたちが戻ってきていた。これから慣れた面々でチームごとに分かれてあの遺跡の中に残っているゴブリンを倒しつつの生き残っている人間がいないかの捜索である。結局本当に俺は前線に立つこともなく終わったなぁと思わないでもない。


「ざむぅ、ざむぅ」


「どうしたんだいフェリ」


「ざむぅもがんばったよ?」


 だから落ち込むなと言わんばかりに彼女は座っている俺の髪をわしわしわしとかき混ぜてきた。見上げるとにぃっと笑ってそのまま胡坐をかいた俺の膝の上に座ってもたれかかってくるからもう……なんというんだ、その……うん。萌え死ぬ?


「あー!ディアも!」


「うわっ!」


 さらにはディアも後ろから飛びついてきた。


「ディアそのじょーかっての使えるよ?フェリもだよね」


「うん」


 そういえば二人の属性は浄化とか書いてあった気がする。そして竜族は魔族の中の1人とかイザラさんが言っていたから……そうか生まれつき浄化が使えるのも不思議じゃないというわけか。でも使えるならさっきの手当てに奔走してるときに教えてほしかった。


 編成が終わったのか今度は遺跡の方に進んでいく皆様方を三人で手を振っていたらふふふ、と癒し手の彼女の笑い声がした。


「あらあら可愛らしい。角に翼……魔族の使い魔さんですか?」


「そうですそうです。可愛い家族ですね」


 可愛いわが子である。お手伝いの成果と言わんばかりにディアが緑色の手をみてみてーと俺に見せてくれた。あーあ、綺麗に緑色になっちゃって、と思ったが俺の手も大概である。おそろいーと手を合わせて遊んでいたらフェリだけ緑色じゃないのを何か思ったのか。俺とディアの手を突然バッと握りしめたと思いきやその所為で緑色のマダラになった手を嬉しそうに見せてくる。自分もお揃いと言わんばかりの満面の笑みにやられるのは俺だけではないはずである。


 先ほどまで血みどろで、けが人に対して必死で手当てをしてその横ではゴブリンを焼いている臭いに参りそうになっていたというのにこの2人の存在で一気に俺の心は癒されていく。


「太陽神信仰ですと双子というのは不完全な魂の象徴として嫌われておりますけども、聖女信仰では信仰対象である大聖女様が双子で合ったのもありまして双子は慈愛の象徴。旅をなさるのならぜひとも聖都にもいらしてくださいませ」


「絶対に行きます」


 若干食い気味に返事をしてしまった。ディアとフェリが歓迎される街なら何が何でも行く所存であります……っとまった、2人ともまった。その緑色の手を服でふくんじゃない。服に色が染み付いてしまう、まった。慌てて手を綺麗にするために2人の手を握りしめたときだった。


 突然聞いたことのないような叫び声が遠くの方から聞こえてきたのだ。狼の遠吠えのような、しかし先ほどまで聞いていたゴブリンの断末魔のようなそれ。単なる遠吠えだというのにぞっと全身を悪寒が走り、俺は思わず杖をにぎりしめてその場に立ち上がっていた。


「今のは何の声ですか……」


 第二作戦である遺跡の探索で参戦せずに拠点で休憩していた傭兵さんや魔法使いの方々も声が聞こえてきた方向、大樹の下にある遺跡の入口の方を見ていた。異常事態であるのは間違いない。夜だから暗いのは当たり前なのだがあの辺りだけ異様に黒くよどんでいるようにすら見える。先ほどあそこに入って行った方々は大丈夫なのだろうか。


 いや、真っ暗な中からゆらゆらと明かりが少し浮かんできたと思ったら魔法の明かりをつれたみなさんがあわてて外に飛び出してきたではないか。先ほどのあぶりだされたゴブリンのように遺跡から出してきてこちらに走ってくる様子を見る限りただ事ではない。すぐにアールさんの指示で拠点周りの結界が張り直され、皆が剣なり弓なりを構える。


「ゴブリン共とんでもないのを飼ってやがった!」


 走ってきたジルさんがこちらに叫ぶ。


「穢れだ!あの群れの長のゴブリンが穢れになってやがる!」


 その時だった。ゴォンという鈍い音とともに遺跡から土埃が上がり、そちらに皆の視線が集まる。もう一度ゴォン。そして遺跡の一角が崩れ落ちる。まるで卵の殻を破るかのように少しずつ少しずつそれが姿を現してくる。ガラガラと崩れた土煙の中からいつそれが出てくるのか。またいつそれが再び雄たけびを上げるのかを皆が息をのんで、瞬きすらしないほどに凝視していた。遺跡の崩れかけた岩壁の中から黒い何かが噴き出すように漏れ出でてだんだんとその遺跡自体も闇の中に埋もれていくのが恐ろしくもあった。


「穢れ……いけない!皆面当てを付けてください!無い方は口元を布に!そして怪我人を蜥蜴車の中に運ぶのを手伝ってください!あそこなら結界が張ってあります!」


「わ、分かりました!」


 慌ててマスクをかぶると視界が少し狭くなるがそんなことを言ってはいる余裕はない。お店の人も言っていたではないか。瘴気であったり穢れに出くわしたときに使うとかなんとか。周りの人達も慌てて口元を覆ったり布を縛ったりとてんやわんやである。そして皆で怪我人の口にもそれを付けたり運んだり。


「ディア、フェリもイザラさんにもらったマスクをつけて」


「わ、分かった」


 と、ここで二度目の咆哮。思わず皆が固まった視線の先で遂にそれが姿を現した。黒い霧のようなものだった。霧というか影のかたまりというかなんというか。闇?いつかネットの記事でみた完全なる黒色だという光すら反射しない黒色のインクがそこに存在しているような。天の瞳で見ないでもこの距離ならギリギリみえる。元はそのゴブリンの長だったらしいのもあり辛うじてゴブリンのようなフォルムをしているがその大きさはゴブリン達の比ではない。ジルさんが遺跡に入るときに余裕の高さがあったはずの入口を崩して姿を現すそれはパッと見でも3メートルはあるように見えた。


 そして、それが顔らしき部分をぐるりと回したと思えば、その闇の奥にある爛々と光る赤黒い光がこちらを向いて……目が合ってしまったような錯覚が俺を襲う。いや、錯覚ではない。あれはこちらを見ている。100メートル以上離れているのにどうしてそう思ったのかは分からない。でも足がすくむほどの何かがこちらに向けて放たれているように思う。足がすくむどころじゃない、背中に氷でも入れられたかと思うほどの冷気がこの場に満ちているような気すらしてくる。



 そして、それは気のせいではなかった。



 ぐぐぐと身を縮込ませたかと思いきや地面が陥没するほどの衝撃と共に高々と跳躍。大木すら飛び越えるのでないかと思うその黒い点がだんだんと大きくなってくるのをみて皆が声にならない悲鳴をあげた。


「退避!!!退避!!!!」


 慌てて目の前のディアとフェリを抱きしめて俺はそこから少しでも離れようと近くの防壁、その外側の堀へと飛び込むのとすさまじい地響きが俺達を襲うのとどちらが早かっただろうか。マスクのおかげで土煙は吸わずに済んだけども体中砂まみれなのは言うまでもなかった。


「ディア、フェリ、無事かい?」


「大丈夫ぅ……」


「ディアがおめめくるくるしてる」


「無事ならよかったよ」


 ほっとしたのもつかの間。背後から響き渡るいろいろな悲鳴に俺は息をのんだ。そう、ここはいたって安全ではないのだ。この防壁の向こうに先ほど見たあれがいるのだ。


「いいかい、2人ともよく聞いて。この穴にとても強い結界を張っておくから絶対に出ちゃダメだよ。いいね」


「ざ、ザムトは?」


「できることが無いか見てくる」


 抱きかかえていた2人をそっと下ろして俺はポンポンと二人の頭を叩いた。そしてヨッと勢いをつけて堀から上がるとその淵に手を当てた。俺が唱えるべきは範囲と目的、そしてその目的を達成するための手立て。


「言霊遣いザムトが命じる。この穴全体を囲うように外から中にいる2人をどんなものからも守る結界を張れ」


 が、その結界の結果を俺は見る事はかなわなかった。突然首の後ろを掴まれぐっと世界が前に流れて行ったと思えば先ほどまで自分が経っていた場所に黒い帯のようなものが突き刺さったのだ。結界は無事にそれを弾いてくれたので2人は安全だとしても一体何が起こったのか分からない。そして俺は投げ捨てられたのかごろごろとその場を転がった。


「嬢ちゃん!無事か!!」


「はい、なんとか……」


 身を起こせば自分を投げたであろうジルさんは警戒するかのように剣を構えいるるところ。一体何が起こったのかと俺はその背中越しに自分がいたはずの場所をしっかりと見て……そして絶句した。


 堀の上に、それが……いた。蜘蛛のように長い手足のある大型の人型のような何か……そこだけ黒く塗りつぶしたような存在からして違和感しかないような見た目。纏っている煤のような黒い霧が深く深く、それを包み隠すかのように渦巻いていて、触った先からその煤がしみ込んでいくように黒く染まっていく。そんなそれがその低いうなり声をあげながらゆっくりと、ゆっくりと顔のあたりにある光をぐるりと動かす。そして、その先にいるのは間違いなく自分だった。



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