言霊遣い ザムトは奮闘する(1)

 ゴブリン。この世界では魔獣と呼ばれる闇の属性を持つ生き物で、大体が100センチもないほどの小柄のやせぎすな体をしており、土塊を固めたようなごつごつとした肌に黄色く濁った眼、とがった耳に大きな鷲鼻を持った小鬼である。大柄ものはともかくふつうのゴブリンは手足が細長く、筋肉は少ない。素早さのためと言えば聞こえはいいが、単純にひ弱で力もそれほど強くない、いわゆる雑魚と呼ばれる類だとか。手足を折ってしまおうと思えば簡単に折れてしまうし、知能もさほど高くない。人族の子供でもやろうと思えば一対一なら討伐できてしまうほど。


 じゃあどうしてゴブリンを狩らないといけないかと言えば、ゴブリンのその習性にあった。か弱さを補うように群れ集まり放っておくと100匹以上の群れとなってしまう。さらに小柄な体格や素早さを生かして遺跡や洞窟などを主な住処として、それを拠点に動き回る。群れて狩をし、雑食でその辺り一帯のものを見境なしに食いつくし、時にはその狩の対象は人族にも及ぶ。


 だからこその先にあの遺跡のそばを通ってしまった客車の被害があって、俺達も無視して通り過ぎるということできない。それ故のこの討伐であり、かなり大きな群れであるからこそのこちらの人数なのである。


 が、先ほど言ったとおりゴブリン単体はそれほど強くない上に今回は住処であり優位なフィールドである遺跡から引っ張り出して平野で戦う。おまけに巣からあぶりだして混乱の真っただ中なのだ。勝てないわけがない。そう自信満々に語ったジルさんの言葉とおり、その戦闘は先ほど自分が言った通り圧倒的、その一言に尽きた。

 

「うおりゃあああああああああ!」


 そんな叫び声と共に小柄なゴブリンが頭から股まで一刀両断され、引き絞られた弓がヒュッと鋭い音を立てるとその先で一体また一体を頭を貫かれてあっという間に命を散らしていく。魔法使いの方々も後方支援のためにだいぶ表に出張って、彼らが魔法を打つたびにまとまった数のゴブリンがその餌食になっていく。そして、その死体を集める人、必ず死んでいるのか確認する人、そしてけが人をこちらに運んでくる人。それらは討伐というよりも駆除という言葉が似合うような気がしてくるほどに手馴れて、さらには機械的に進んでいた。


「死体はできる限り燃やして処理してしまいなさい。まだ生きている物もいるかもしれません。不意打ちには気を付けなさい」


 アールさんがそう指示した先でところどころに積まれた小鬼達に炎が放たれ、あっという間に燃え広がっていく。魔法であるからして火種も燃料も必要ないからこういう時に使うには向いているとの事だったが、本当はもっといいことに使いたいのですけどね、と苦笑するその笑みの裏にある影がやけに引っかかった。ゴブリンの焼ける臭いが硫黄というか獣臭さというか腐敗臭と血の臭いも混じってすさまじい臭いとなってこちらまで襲ってくる。


 しかしそれに苦情を言っているのは一人もいない。喉までせり上がってきている胃液を無理やり飲み込んで俺もやるべきことをやるしかないのだ。辛い、臭い、気持ちが悪い。そんな思いも一緒に飲みこんで俺は溜息をついた。


「ザムトー、はっぱ潰せたよー」


「ありがとうディア」


 ディアが持ってきたすり鉢に入っているのは薬草を潰してペースト状にしたものである。それをもらってガーゼのような布の上におとし、それをさらに布でくるむ。それを軽くギュッと絞れば白かった布が緑色に鮮やかに染まっていく。何度となく握っていると握ったその手もまた緑色に染まっていくし、草を潰した時の青臭さが鼻を付く。


「これをどうするの?」


「こうやって血と汚れを綺麗に洗い流した後に緑色のところを患部に当てるようにして……こうやって腕に結んで固定してあげるんだ」


 俺も習ったばかりだけども、と思いつつ俺はさらにその上から布で固定してっと。これで手当ては完了である。ここに自分の足でやってきた彼だったがその二の腕はざっくりと避けていて大丈夫かこれ、と真顔になったのだけども……こうしておくとちょっとした傷も半日もたてば綺麗に治るらしい。


 傷口が開いていたのを合わせたりはしたものの、縫ったりもしてないのに。異世界医療はある意味すごい。いやこの薬草がすごいというべきか。城下町でともかく買わされた理由も納得である。


「わりぃなお嬢さん。まさか上から不意打ちを食らうとは思ってなくてなぁ」


「いえ、命あっての物種ですこの程度で済んでなによりです」


 そう言いながら手当のために肌着になっていた傭兵の1人にさっきまで彼が着ていたであろう上着を渡した。彼は遺跡の近くで戦っていたところ、遺跡の天井に乗っていたのか上からゴブリンが剣を片手に奇襲。顔をかばった腕をざっくりやられてこちら後方支援部隊のところに運ばれてきたとか。一歩間違えればその剣が顔や首、胸に刺さっていたかもしれないと思うと俺のこの程度というのは心からの言葉であった。


 さっきの俺の言霊で張られた結界のおかげでちょっと逸れたんだよ、と彼は言っていたがそれがお世辞なのかどうなのかは俺には分からないけども、本当にそうであったら少しばかり嬉しい。また剣を持って前線に戻っていく彼を見送りながら俺はほっと息を漏らした。



 俺の今の仕事はこれ、後方支援である。傭兵さんのチームの中にこういったことを専門とする『癒し手』という職業の人がいて、その人の手伝いがメイン。重症患者がいればそちらにつきっきりになってしまう癒し手さんの代わりに軽傷患者の対応をすることとなったのだ。さっきのように軽い切り傷や刺し傷、やけどなどの手当てを作戦が始まってから30分、黙々とやっていたのだった。


 ちなみにフェリとディアもお手伝いがしたいとのことだったので薬草を潰したり、地面に寝かされているけが人の様子を見てもらったりとしてもらっている。お手伝いがこの年でできる、2人とも偉いと頭を後で撫でて上げねばならない。


 これが物語に出てくる勇者なら最前線で戦えるのかもしれないし、一人でゴブリンの群れとか魔法一発でどーんとやれたりするのかもしれないが、まあそんなもの俺ができるわけもなく。もし仮にできたとしてもそれをする勇気もない。むしろ初めてゴブリンと被害にあった人達を天の瞳で見た瞬間に腰を抜かすような若造なのである。よく魔法ですぐに戦えて俺の力すげーみたいなものを見かけるが、たぶんあれは力よりも何よりも、本人の度胸と肝が据わっているなどの要素もあるのだと身を以て実感している。


 まあ、でもそんな自分にやれることがあるというのは今この状況ではありがたい限りである。みんなが戦っている中馬車でのんびり待っているというのは性に合わないし、もしただ待機だけであったらあることない事考えて不安で胃をきりきりさせていただろう。


「ざむぅ!こっちのひとあわぁ」


「あ、あわ!? 泡吹いてるの?!」


「うん、このひとぉ」


 フェリの声に俺は慌ててすっ飛んで行った。泡はやばい。フェリがこれこれと指差す先には地面に寝かされた一人の男性。恐らく別の蜥蜴車に乗っていた人である。先ほど手当したから知っている。肩を切られたと言っていて、それほど深くもなかったのもあって俺の簡易手当で済ませたはず……。


「大丈夫ですか!大丈夫ですか?!」


 無事な肩の叩くも反応は無し。ともかく気道の確保のために横に寝かせてズボンを止めている紐をほどく。そして鼻に手を当てて呼吸を確認、そして脈拍を……腕時計が無い、しまった。バッと袖をまくって何もない手首を見てしまった。習慣というのは怖い。


「意識なし、呼吸は弱いですが有り、脈拍はおそらく正常よりも下がっていて、痙攣もあり」


 あらあらと言いながら癒し手と俺に名乗った彼女は袖をまくりながら駆け寄ってきた。彼女が着ているのも俺と同じようなケープなのだが、真っ黒い俺のとは違い淡い緑色に飾り玉が付いていて、細かいデザインもどちらかというと聖職者のそれのように見える。これが癒し手であるということを示すものなのかもしれない。顔色をみて、首元に手を当てて、そして先ほど俺が手当した時にくくった布をほどいて傷口を確認して。その時の凛々しい横顔は自分の元いた世界の医者が患者を診るそれにとても似ていた。


「どうですか」


「おそらくはゴブリンがよく使う毒でしょう。浄化しますので動かないように固定をお願いします」


「はい」


 癒し手の人が水晶でできた十字架のようなものを取り出したと思えば患者が白く淡い光に包まれていく。これが浄化の魔法というものなのだろう。真横でゴブリンを駆除業者よろしく燃やし尽くしているそれや、頭の上で昼間が如く煌々と照らしている光とはまた違う、優しく柔らかい、見ているとホッとするような光。


 そして効果はすぐにあった。初めこそ痙攣の所為で抑える力もいったがだんだんとそれも収まっていき、浄化というそれが終わった時には安らかな顏で気絶している姿があった。


「これで浄化完了ですか?」


「はい。ひとまず様子見ですね」


「なるほど……」


 先ほど酔い止め薬の際に医療進んでないのかなーって言ってしまってすみません。ベクトルが違うだけで魔法があるという世界で一番最適化されているのがこれなのだ。薬なんか飲んでゆっくりと直す必要が無いから薬そのものが発達する必要があまりないのだ。なるほどなるほど。逆にこの治癒の魔法を学んで元の世界に帰れたらどれだけよいか……いけない。ついつい思案にふけってしまった。ふふふふ、という癒し手の方の笑い声に俺はハッ我にかえった


「ぼーっとしてしまいすみません」


「いえいえ。癒しの術に興味がありますか?」


「はい。とても興味があります!」


 今俺の目は間違いなくキラキラと輝いているに違いない。


「どこに行けば本格的に勉強できますか?」


「聖都と呼ばれる場所で学べますよ」


「ありがとうございます!」


 また一つ目標ができた。聖都、覚えておこう。




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