言霊遣い ザムトはこき使われる(4)

 そして。相手の思考が垂れ流されてくるからもう俺はその最悪のケースがものすごく身近なところにあったことを知ってしまったのであった。


 そう、それは勇者をこの世界に呼び出すための魔法。


 膨大な魔力を消費して異世界から勇者を呼び出すというものがお手軽にできるわけがない。俺を呼び出す魔法とやらを行ったイヴという人は魔力の枯渇で済んらしいが、その後に美琴ねえを呼び出すために同じ魔法を行使した神官が3人。そう、3人である。魔法の行使に生命力まで消費した結果命を落としてしまった、と。


 俺の所為でもないし攫われた側のために同情の余地はないのだけども、その事実は気持ちの良いものではない。ましてや、普段魔法に触れていて気を付けている彼らにとっては身近な一番の死の形がそれなのだろう。


「ご心配をおかけてしまい申し訳ありません」


「いえ、杞憂だったようで何よりです」


 それを目の前でやらかした新人ができる事と言えば謝ることだけなのではないだろうか。


「先ほど見る限り、あなたのそれは魔力を消費しない。後は行使する事に対しての代償というものも特にはない、という認識でよろしいですか?」


「はい。この世界に来てからかなりの回数この力を使いましたけども、代償という代償を感じたことはないです」


「なるほど……」


 まあそのかわりのペナルティがとてつもなく恐ろしいのだけども。ふーむと考え込む彼に対してそれは言う必要が無いから黙っているだけで、俺は常にこの恐怖と隣り合わせなのだ。そういった点では魔法使いが少しばかり羨ましい。そして、この先どうなるのだろうかと思っていた俺の手前、キョロキョロと周りを見渡している彼だったが、俺をもう一度じっと見て何かを覚悟したかのように頷いた。


「私がある程度補佐します。風を操り目的を果たしましょう」


「は、はいっ!」


 すでに日は暮れる寸前。大きな月がこうこうと明かりを放っているせいでそれほど暗くはないが、目的地である大樹の根本は木の影に入ってしまい真っ暗である。こちら側に焚いた火は今は隠ぺいの術で向こうには見えていないがすぐにでも煌々とその光を放つだろう。


「いいですか、たしかに風をそのまま変えてしまえば楽かもしれませんがあくまでも目的はこちらの臭いをあちらに届かせること。つまりはここからあちらを結ぶ直線状に風を起こすないし風の渦をつくってあちらに投げるでも手段はいくらでもあります。今回はここからあちらへの手立てを私が示しますのでそれに沿って強い風を起こす形で行きましょう」


「分かりました。時間は」


「そうですね……30秒としましょう。伝令!魔法発動30秒後に隠ぺいを解除!」


 彼の声に魔法使いたちは杖の石突を一斉に地面をたたきつけた。


「おい!お前ら第一段階を開始するぞ!構えろ!」


 ジルさんも背中の剣を抜き戦いが始まることを示すかのようにその場に掲げた。知らないうちに作戦開始の号令が自分のこれになってしまったことにいささか冷や汗をかきつつも俺は深呼吸をした。


「ざむぅ、がんばる」


「ありがとうフェリ」


「うまくいったらごほーびね!!」


「あ、ありがとうディア。でも虫はいらないかなぁ……」


「えー」


 チビ達の激励に思わすふっと気が緩むもいけないいけない。集中せねば。範囲はここから目安の印が誘導する範囲。内容は強い風を起こす……いや、指定の際に目的を含んだ方がよいだろうからここからの臭いを届かせるための風だな。そして時間は30秒。いや、咬んだら元も子もない。30秒たったら術を止める方がいいだろう。


「行けます。お願いします」


「分かりました。『深淵の塔の魔法使いアールが光の精霊に希う』」


 彼の朗々とした詠唱がその場に響き渡る。そして同時に彼の回りから光の弾がいくつもいくつも浮かび上がり構える杖の方へと集まっていく。月明かりの元それはまるで蛍の様で幻想的で美しくもある。黒いケープに縫いとめられた宝石たちもそれに合わせてふわりふわりと光はじめ、詠唱に反応するかのようにその光も明るさを増していく。正直こんなに長い詠唱をよくもまあ覚えられるなぁと思わないでもない……いやいけない集中しよう。そしてその光はタン!と地面を叩く杖の根本。大きな魔方陣へと収束した。


「ほああああ」


 きれいきれい!とぴょんぴょんと喜ぶディアの目の前。もう一度杖で地面を叩く音と共に光の球をいくつも放ち、それらはまるで誘導灯のようにまっすぐにここからあちらへの道しるべとなるべく飛んでいく。


「ザムトさん、お願いします」


「はいっ!」


 まっすぐ規則正しく整列する緑色の光を目に捕え、俺は大きく息を吸った。


「言霊遣いザムトが命ずる。蛍火に沿いこちらの風を彼の地へ運び続けろ!」


 俺がそう唱えた瞬間、この場にいた皆を吹き飛ばさん勢いですさまじい突風がふいた。慌ててディアとフェリが俺にしがみ付き、俺も慌てて杖を地面に突き立てて体を支えた。それは他の人たちも同じようで突然の突風に身を伏せている人もいる。いやさすがにここまで強い必要はあったのか。圧力を感じるほどのそれに目を開けていられない。


 その突風は土埃を巻き上げ、枯草をも取り込み強く吹き上げるかと思えばそのまま勢いよく飛んでいく。そう、蛍火に沿って。


 そして始めこそ突風であったが、10秒ほどでそれが通り過ぎてくれて俺はほっとした。今は運び続けろという言葉に従うように羽根飾りを大きく揺らすほどの風が吹き続けていた。たき火などの明かりが消えないかと若干心配であったが魔法の火はそこまで柔でないようで助かった。大きく火の粉をちらしているもののその勢いが弱まる様子は今のところなかった。


「ど、どうでしょうか」


「試験でしたら落第ですね」


 顔のところまでまくれ上がってしまったケープの裾を直しながら、彼は真顔でそう言ったものだった。いや、ほんとすみません。こんなに勢いよく吹くとは思ってなかったんです。俺にしがみ付くチビ達の乱れに乱れた髪と服を直してあげながら俺は現地からの合図を待った。どうしよう、さっきの風がゴブリン達を警戒させたら……いや、それはそれでいいのか。


 そしていつのまにそれだけの時が経ったのか、先程の指示通り一気にこの場所が火の光で明るく照らし上げられる。作戦の開始だ。先ほどの風で運ばれた血の臭い、そしてここに人がいることを示す明かり。月明かりが明るいとはいえ木陰にあるあそこからはとてつもなく目立つだろう。後はこちらにやって来てくれることを祈るばかりである。


「魔法の継続に関しての魔力消費はどうですか?怠くなるような感覚などはありますか」


「いや、とくにはありません」


「よろしい、風上の方がやりやすいことも多いでしょう。このままにしておきましょう」


「分かりました」


 と、ここで大樹の中腹から小さなオレンジ色の光がチカチカと、付いたり消えたりを繰り返し始めた。潜伏していたジルさんの傭兵団の方の合図だろう。


「う、ご、き、あ、り。えっと……い、ぬ。は、ち。おい!斥侯にゴブリンライダーが八体来るぞ!構え!!全部殺すなよ!」


 ジルさんがそう叫ぶと共に風を切るかのようなヒュンという音、そして聞いたことのないような気味の悪い叫び声が響き渡る。泥酔したオッサンが限界を向えた時の嗚咽をものすごく大きくして重低音にしたような感じのそれがゴブリンの叫びなのだろう。そしてそれは何重にも大きく響き渡ってくる。


「あんなに大きな声だしたらバレちゃうね」


「大きな声を出してもらうためにワザと腕とかお腹とか撃ってるんだよ」


「そうなんだ!」


「そうそう」


 沢山あぶりださないといけないからね。そう言ったと同時に再度光の合図。動き始めた、と。それが読み上げられると同時にこの場にいる皆がそれぞれの武器を強く握りしめ、息をひそめ構えはじめる。


 配置された魔法使いの方々の足元に次々と魔方陣が浮かび上がる。そして先ほどと同じく光が集まり始めたと思えばそれはうちあがり、この丘と遺跡、大樹の根元を煌々と照らし始める白くて明るい光の束となっていった。ここから先は5人が交代で第一段階の作戦の間照らし続けるとのことである。そしてそれに応えるかのように遺跡の上から何かが投げ込まれ、ゴブリン達を燻し出すかのようにいたるところから白い煙が上がる。人質がいるかもしれないため無害なものであるのだけども突然の敵襲に煙に、ゴブリン達はパニックだろう。


 そしてここから一目瞭然となったのは大小さまざまな小鬼がわらわらと、いや我先にと必死に遺跡の入口から出てくるその様子だった。50なんてものじゃない。俺が見たよりも沢山のそれが徐々に増えていくのは見ていてあまり気持ちの良いものではなかった。あれらが自分達の前を通った蜥蜴車を襲い何十人も殺して行ったのだ。


 でもあの数……本当に俺達はあれに勝てるのだろうか。あの武器で着られたらひとたまりもないし、弓だって持っている。矢が飛んできたらどうしよう、結界を打ち抜いたりはしないだろうか、ここになだれ込んできて噛みつかれたら、俺なんてあっという間に非常食にもなりもしないだろう。そんなマイナスのイメージが次々と浮かんできてしまう。さーっと全身の血が引き、知らないうちに足が震えはじめる。いや駄目だ今はディアとフェリが俺にしがみ付いている。震えていることや俺が気絶しそうなほどに精神的にまいっていることを悟らせてはいけない。


 が、そんな俺の頭をポンと叩いてジルさんはケラケラと笑った。


「嬢ちゃんはチビ達と拠点でけが人の手当てな。ここから先は俺たちの仕事だ。それに大事なお客様に怪我されちゃこまるんでな」


 俺よりも大きいんじゃないかと思うほどに大きな刃渡りの剣を背中に担ぎながら不敵な笑みを浮かべてジルさんは肩を竦めた。俺が戦えないことを気にしていることを気にかけてくれたのだろうか。それとも俺の足が震えているのを見抜いて励ましてくれたのだろうか。筋肉隆々でがっしりして、大剣の光を背負うその背中は何よりもたくましく、そしてかっこよく見えて。勇者の称号というのはほんと俺みたいなひ弱なチビなんかじゃなくて、彼のような百戦錬磨の猛者の方が持つべきものだと、今このときはとても強く思ったものだった。勇者って人を助ける人の通称だったりするのだろう?少なくとも今彼は俺の心を救っているのだから今このときだけは間違いなく彼は勇者だった。


「俺は言霊遣いなんです」


「は?なんだいきなり」


 ん?と振り返ったその目に言霊遣いはどう映ったのだろう。青ざめて足を震わせて、泣きそうな顔をしているのだろうな。それでも、今俺ができることはこれくらいしかないから精一杯の虚勢の笑みを浮かべて言い放った。


「みなさんはゴブリンを圧倒的な実力差で蹂躙して戦果をあげて、ゴブリンなんかの攻撃は絶対に身にもかすりもしません。言霊遣いが保障します」


 そう、言った瞬間に彼らの武器が、身にまとった装備が一瞬赤い燐光を放ち、そして消えていく。何がかかったかは分からない。でも無いよりはましだろうから。


「御武運を」


「ありがとな嬢ちゃん。いい女だ!あと10年遅かったら俺が面倒見てやったんだがな。あっはっはっは」


 お前は何を言っているのだ、という俺の困惑の視線を笑い飛ばすとジルさんは、そして魔法使いのリーダーであるアールさんはそれに向かって剣と杖を掲げた。



「いいかお前ら!稼ぎ時だ!ゴブリン共を根絶やしにしろ!!!」


「深淵を覗く同士諸君!成すべきことを果たしなさい!」


 こうして、俺にとっての初めての戦闘が始まったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る