言霊遣い ザムトはこき使われる(3)

 先ほどのいくつかの魔法を自分なりで再現してみて分かったことがいくつかある。自分のそれと普通の魔法との差異ともいうべきか。


 まず先ほどは俺も真似をしていたが、他の魔法使いの方々は呪文のようなものを唱えてから地面に杖を叩きつける。そしてその杖を中心として魔方陣のようなものが出して魔法を発動させていた。つまりは魔法を使うには杖が必要であるという事である。それに比べて俺の言霊は言うまでもなく。都でお店の人が勘違いしなかったら杖すら持っていなかったかもしれないのだ。


 まあ、そもそも俺の場合その魔方陣みたいなものも大体は出ないのだけども。地面よ隆起せよと言えば魔方陣もなにもなしにボコッと盛りあがるし、ディアやフェリに能力を抑える小物を作って上げた時もそう言ったものを見たことはない。


 まあ魔方陣が全く出ないというわけではないのがまた自分でもよく分かっていないのだけども……まあその辺りも自分なりに見当を付けている。前に遠視を使用として水の鏡を出したときのように、その場に元々無いものを出現させるときに、言霊だけではどうしようもないものを補う方法として勝手に魔法が発動した時とかはでるみたいである。


 たとえば火を灯したい時。火よ灯れとか、明かりよつけ、と行ったときに何もない虚空から火がぶわっと出たりはしない。魔法陣がふわっと出てきてそれから火が出てきたりするのである。そう言うときくらいだろうか。魔方陣が出るのは。まあそれでも杖を中心に出るのではなく、俺自身が中心であったりその対象を中心におこるのでその辺りも違いなのだろうか。先ほども魔法使いのお方々がマジマジと俺の方を見ていたらその違和感に気が付いたであろう。まあばれないように自分の背中で隠しながら作業してたのだけども。


 だから、今こうやって杖を体の前に構えているのもあくまでもカモフラージュ。でも自分が今からするものが魔法のようなものであると思うとやるぞーっという雰囲気作りというか気構えというか。精神統一に近い何かを感じるような気もする。本来なら魔法使いにとって杖は何か別の意味もあるのだろうけどもそれは知らん。そのうち調べておかないといけない気もするが、そんなこと今はいい。


 息を吸って、吐いて、大きく吸って。


「言霊遣いであるザムトが命ずる」


 そう唱えた途端に吹いている風とは別の風が俺の着ているケープの襟をふわっと揺らした。そして周りの何もかもが自分の言葉を聞きのがさんと言わんばかりにスッと静まりかえる。まるで音楽ホールの中でオーボエがチューニングの音を響かせた時のように。


「このあたり一帯の風よ。緩やかに凪げ」


 緩やかに、自然に。少しずつ。勢いのあるものが徐々に削れていくように風よ止まれ。そう思って言葉を紡ぐ。本当にうまくいくかは分からない試みであったがなぜかこの時の自分はそれが成功したかのような根拠のない自信に満ちていた。俺の視線の先、杖に付いた羽飾りがゆらゆらと風にそよいでいたがそれがゆっくりと、徐々に揺れが小さく穏やかになっていく。そして……


「風が止んだ……」


 誰かがぽつりとつぶやくそれを聞きながら今度は風の流れを変えようともう一度息を大きく吸う。その時だった。


「おやめなさい!!!」


 そんな叫びとともに俺の肩をがしっと掴む何かがいた。がくんと前のめりになりつつもそれを見れば先ほどジルさんと話していた魔法使いの方々のリーダーらしき男性だった。近くでしっかり見れば思ったよりも若いように見えるその顔が険しい顔をしてキッとこちらを睨みつけている。


「体はなんともありませんか!?息苦しさやめまいは?頭痛などはありませんか!?」


「え……と、特に何もありませんが……」


 心の声が叫んでいる。死ぬつもりかこの少女は!と。性別云々はともかくこちらを心配してくれているのは間違いなかった。フードをはずして俺の身体に異常がないかポンポンポンと体中を叩いて異常はないかを確認してくださっている。俺は何かやらかしてしまったのだろうか。例えば世界的に禁止されてしまう何かをやってしまったとか。


「今回は何事もなかったようですが、個人での大規模術式の行使など馬鹿なことはおやめなさい」


「ザムトはバカじゃないよ!」


「ディア、ちょっと待って。まずはすみません。ご心配いただきありがとうございます。自分は無知故に何かしらの禁止事項などをしていたのであれば申し訳ありません。しかし自分はまだ若輩故、何故そこまでご心配されていたのかが分からないのですが……よければご教授いただいてもよろしいでしょうか」


 こういう時は相手をあげつつ下手から様子をそっと窺うに限る。食って掛かろうとしたディアの首根っこを掴みつつ口に大きめの飴玉を投げ入れ静かにさせると、俺は相手の顔を見上げた。魔法がなんなのか、言霊を使える俺のなんちゃって魔法と何が異なるのか。分からない事だらけなのだ。


「………あなた魔法について知っていることは」


「その……俺こんな格好してますけども魔法使いではなくて……ほとんどと言ってもいいくらいに何も知らないです」


「あなたの力を見させていただいてもよろしいですか」


「はい」


 説明するよりもよっぽど具合を把握してくれるだろうと俺は気軽に返事を返してしまった。杖についている飾りを見る限り以前教えてもらった聖女信仰の様だったし勇者云々はもう知らん。勝手に判断してくれると信じている。どうせ見れるのは勇者云々と言霊、あとはおかしのかばんくらいである。あ、いや。一つまずい称号があった気もする。ちょっとまってたんまと中断を自己申告しようと思うも、すでに相手の顔色を見る限り手遅れに思えた。


 すみません、今の状況作り出した主犯とマブダチです。だんだんと青ざめていくその顔に内心謝っているがなんだからこの感覚に既視感を感じた。何だろうこの……次に何を言われるのかビクビクする感じ……ああ、そうだ。俺が小学中学高校と過ごした施設の先生に通信簿とか期末テストの結果を見せるあれに近いのだ。まあこの人の場合見ますよ、と一声かけてくれただけ優しいものである。施設の先生は隠したそれらを見つけ出す名人だったから。


 短くも長い間が過ぎた。前に店で美琴ねえにあった時ほどではないにしろ俺の背中をつつつと汗が垂れていく。何と言われるのだろう。いきなり拘束とかはいやだなぁとか思いつつ汗ばむ手で俺は杖を掴み直した。魔法では間違いなくかなわないから杖を鈍器として使えないかなとかそんな具合だ。いつのまにかバンダナをはずしていたらしいフェリが分かった任せろと言わんばかりにディアの首根っこを掴む。まるで投げる準備は万端……いやまってディアは投げちゃだめ。


「そうですか……あなたがイヴ様のおっしゃられていた方だったのですね」


 あっ、察し。この人の反応を簡単に言ってしまえばそんな感じあった。勇者だと!?とか魔王と知り合いか!とかいろいろ言われるかと思いきやあっさりしたものである。少なくとも俺が勇者であることを知っているのは王城の関係者くらいだろうから、もしかしたらこの魔法使いさんたちの出張先って王城だったのかもしれない。


「ご存知といった反応ですけども……どちらで」


「簡単に言ってしまえばあなたをお招きした魔法を作り上げましたのは我々です。そしてあなたの事はイヴ様、我々の師であり代表の魔法使いであるお方がさけん……いや申し上げておりましたので」


 誘拐犯の一味です、と白状されたというのに何だろう。俺の心は今の風のように凪いだ静かな物だった。あ、そうでしたかという言葉がぽろっと口から洩れていたがそれが本心である。まだこの世界に来て片手で数えるほどしかたっていないがまあ、うん。何故だかわからないが俺はこの世界に呼びつけられたことに対してそれほどショックを受けていなかったのだな、と今更ながら感じた。もちろん、今でも開幕ポイ捨てされたのは根に持っているが。


「なるほど。説明が省けてありがたいです」


「失礼ながらある程度の叱責は覚悟しておりましたが」


「今更じゃないですか。それに得るものも多かったので」


 動ける体とか、娘二人とか。食って掛かったら何とかなるのかと言えばそうでもないのだし。自分ながらあっさりしているものである。


 そしてついでに相手の思考を除いてみたところそのお師匠が言うところ俺の事は逃してはいけない人材とかなんとか言っていたらしい。同時にお師匠発狂してたもんなぁ、といった思考があちらこちらから流れてきたからなにとなく自分をポイ捨てしたのはこの人達にとって損と思っていたことも何となく把握した。そして、先ほど大慌てだった理由をそれとなく聞いてみれば彼は難しそうな顔をした後に周りをキョロキョロと見渡し、杖の石突を地面にそっと下ろした。


 ふわっと杖を中心に先ほど自分が客車の中で出したような透明な泡が俺と彼を包み込む……そうか、周りには俺たち以外の人たちがいる。聞かれたくはないのだ。


「あなたの言霊の寵愛はどうなのかは私には判断しかねますので、これから私が話すことはあくまでも魔法使いが魔法を行使した場合という前提で把握願います」


「はい。よろしくお願いします」


 彼の言うところによると、普通魔法を使う際には魔力を消費するとのこと。まあそれは魔法があるゲーム等と一緒であるから自分にもとてもなじみのあるシステムである。そして消費する魔力量というのは術によって異なり、そして同じ魔法であったとしても範囲と威力などを増せば増すだけ増えると。まあそれもよくある感じである。


 つまり彼が焦ったのはあれか。「このあたり」などという適当かつかなりの範囲をさらっと指定した上、自然に干渉する大規模術式なる行為を行ったために魔力の枯渇を心配した、と言ったところだろうか。まあ俺はその魔力というものが分からないし、言霊を使った際にそれを使っているという感覚もないから、それも当てはまらないのだけども。逆にもし言霊でその魔力とやらを使用するとしたら俺は今頃彼が危惧するような事態がおこっていたのかもしれない。


 好奇心で何でもやってみるものではないな、うん。


「ちなみに魔力が枯渇したらどうなるんですか?」


「枯渇するだけなら数日寝込めば戻ります。問題は魔法の行使の際に魔力が足りなかった場合です。まだ途中で中断できるものであるならばよいのですが、そうでない場合は魔力だけではなく生命力までも魔力に変換して無理やり魔法を実行しようとするのです。そうなれば良くて気絶、最悪命を落とします」


 魔法の行使で消費する魔力に関しては足りないから待ってという苦情は聞いてくれない場合がおおい、と。なるほどなるほど。お前の行使してた魔法とかその類だからな、と釘を刺されたように感じる。というかそうだからあそこまで焦ったんだろうな。うん、間違いない。


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