言霊遣い ザムトはこき使われる(2)

 そんなこんな、ああでもないこうでもない、ザムトこの強度足りないよやり取りをしつつやっとのことで一つの防護壁を完成させることができたものだった。そして後は容量も得たもの。同じ言葉を繰り返せばよい、と俺は黙々と作業に取り掛かった。もちろん現場監督であるディアとフェリのチェック付だ。


「ふぅやっと全部おわったぁ……」


 2人のアグレッシブな耐久チェックに耐えうる土壁を10ほど作り上げるとさすがに喉が渇いてきた。何せこの子たち容赦がないのだ。双剣で刺すわほぼほぼ零距離で竜の状態で突進したり炎をはいたり、挙句の果てにははるか上空からどうやって持ち上げたと言わんばかりの俺の頭よりも大きい岩を落としたりと。もちろん俺もそれに応えないといけないからもう何度作り直しとなったかは分からない。自己空間から乳酒でも取り出して一服するかとごそごそとやっていたが、いきなり俺の肩をポン、と叩く人がいた。


「嬢ちゃん暇そうだな、ちょっと来てほしいんだが」


「ジルさん……」



 とまあ見事に捕まった。休む暇などないと言わんばかりに引きずられていく。片や150センチ…いやこの間縮んだから140センチのチビ。片や180オーバーの筋肉隆々のおっさん。抵抗できるわけもなくこちらは棒立ちにも関わらず引きずられていく。連れて行かれたのは作戦拠点と言わんばかりに木箱の上に手書きに簡単な地図が置いてある場所である。そこに強面のおっさんたちが4人いてこっちをジロリと見てくるからたまったもんではない。俺が一体何をしたというのだ。


「ちょっとこの辺とこの辺、お前のそれで見てほしいんだが」


「何があるかとかでいいんですか?」


「ああ、あとはゴブリン共がどうかたまっているかだな」



 天の瞳を使ってそれを見て、あっちに何匹こっちに何匹。あのゴブリンは犬をつれているだとか、大柄なのがいるとか。たまに死体をドアップで見てまた吐いて。それが終わったかと思えばじゃあ今度はどれをするか何を見ろと問答は30分ほどに及んだ。気が付けばだんだんと作戦を決行する夕方にだんだんと近づいていて、広い大地と大樹にオレンジ色の太陽の光が染め上げるかの方に降り注いできていた。その美しさに俺は思わず息をのんだ。ずっと客車に乗っていたのもあってしっかりと見たことのない異世界の夕暮れは圧巻であった。


「あっ、君いたいた、ちょっと手伝って欲しいんだけど!」


 が、それに思い更ける暇もくれなかった。ちくせう。さっきの魔法使いのお姉さんがこっちこっちと手招きしてくるからもう行くしかない。フェリがよしよしと頭を撫でてくれるのだけが少しささくれ立った心にとって唯一の救いである。


 向かった先で俺を待っていたのは第一段階の作戦で使う魔法の灯りの設置作業。やったことねえと正直に話したらその場でやり方を教え込まされたからもう猫の手も借りたい状況なのだろう。で、それが終わって今度こそ……


「こらっ、魔法使いたるものいつでも鍛錬を怠るものではない。休む暇などあるものか、こちらを手伝いなさい」


「えっ?」


 それが終わったと思えば今度はゴブリン退治に向かう方々に張る簡単な結界の手伝い。


「嬢ちゃんちょっと来てほしいんだが」


「な、なんすか……そして俺野郎なんですけど……」


「こっちちょっと手伝って!!」


「えっ?待ってください!」


 それが終わって今度こそ一息と思ったら今度はゴブリンを引き寄せるための灯りを発生させる準備、それが終われば今度は自分達が暗闇でも動き回れるように追尾式の灯りを、と。


 俺という人間は傭兵さんたちにとって協力的とわかってる人材であるからいろいろ頼みやすいのは間違いない。且つ、真っ黒ケープに杖というクッソわかりやすい魔法使いという名札の所為で、魔法使いたちからは仲間と思われて雑用ないしあれやこれやと新しい仕事を押し付けられる。行き着く暇もないというのはこういうことなのだろう。元の世界では俺は車いすなのもあってあまり人に急かされたりあちらこちらにやられるという事もなかったからある意味新鮮ではあったのだけどもさすがに参ってしまいそうだった。


 そしてそれにあわせて自由奔放なチビ達の相手も合わせれば三方向に呼ばれ引きずられ。気が付けば先ほどのオレンジ色はだんだんと藍色に染まっていくところだった。まあ三つ目に関しては俺から望んでやっている部分もあるのだから大して苦労ではないのだけども、合わさるとね、うん。またこれが大変であったりする。スーパーとかで子供たちを暴走させてしまっているお母さんたちの苦労が今の俺ならわかる気がした。


「ザームート!お腹すいたぁ」


「ちょ、ちょっとまってディア。お腹すいたのは分かるけども今はこっちの作業を優先させてほしいな」


「えー……うん。わかったぁ……その辺の虫でも食べてる」


「待って待って!?今すぐトカゲの串焼き出してあげるから虫を食べるのはやめよう?!」


「ざむぅ食べる?おいしいよ?」


「フェリストップ!ストップ!俺は虫はあんまり食べたくない!だからその取れたてほやほやを俺の方に向けないで、いいね。あと口から虫の足だけ出してひくつかせるのもやめよう?!」


「あーん」


「ちょっ、ディア!?」


「おい嬢ちゃんまだここの結界張れてねえぞ!」


「はい!今すぐ!ってフェリもダメだって!顔に近づけても俺は食べないから!」


「君ー!ちょっと話があって」


「待って!お願いだから待って!」



 結局。ホントマジ休ませてください、という悲鳴が聞き届けられたのは作戦開始20分前。つまりはほとんど休む暇などもらえなかったというわけである。


 はああああ、と長い溜息をつきながら座り込み、たき火のそばで野生のザイフォンを捌いている傭兵さんたちを眺めていたものだった。ささっと毛長牛を捕まえて来たと思えば即その場で絞めて皮を剥ぎ、手早く可食部と食べられない部分とを器用に切り分けているのは見ていてとても勉強になる。


「ゴブリン共は血の臭いには敏感だからこうやって牛を捌くときの臭いや血と内臓を晒した臭いに釣られてやってくるんだ」


「なるほど……それがさっき言ってた斥候のってやつですね」


「アイツらもただただぞろぞろ寄って来てくれればいいんだがな。こうやって人の気配がする場所だと先に斥候で……あの巣の規模なら10匹かが先にくるんだ。それを叩く。夜になればたき火の明かりも目立つからなそれでもよってくるだろうさ」


 100メートル、いやもう少し離れているのに本当に臭いが分かるものなのだろうか。確かに近くにいれば噎せあがるようなほどに濃密な血の臭いがするのだけども……パッと横を見るとディアとフェリのものすごく渋い顔と目があった。あの可愛らしい顔がきゅっと真ん中に寄ってしまっているのにはついつい俺もクスリと笑ってしまう。


 とてつもなく臭いのだと言わんばかりの様相。あまりに耐え難いのか小さな鼻をお互いに摘まんでいる。ここであえて自分の鼻をつままないあたりこの子たちはとても可愛らしい。


「人の姿でも竜の姿でも臭いのは変わらないのかい?」


「うん、くちゃいの」


「むぅ。ごぶごぶの臭いもふごい」


「竜族には辛いだろうなぁ。ゴブリンもくっせえし」


 涙目でうんうんうんと頷く2人だったが、ここだけの話そんな彼女たちを見てできるだけ俺はは清潔でいようと心に決めた。ザムト―って飛んできたと思ったらザムト臭いってUターンで去って行かれたらショックがでかすぎる。香り袋でも作ろうか……いやケープに術をかけるのもありかもしれない。


 と、その時ふとディアの鼻をつまんでいるフェリの腕にむすばっているバンダナが風に揺れているのに気が付いた。ゆらゆらと。そう、大樹の方向からこちら側に向けて。


「ん?」


 さっきのフェリの一言が脳裏をよぎる。ゴブリンの臭いもすごい、と。そっと地面に寝かせて合った杖を持ちあげて頭の上に持ち上げてみれば、杖の先についた白と黒の羽の飾りが確かに大樹とは反対の方向にそよいでいくではないか。やはり……これは。


「風向き逆じゃないっすか?」


 一瞬の沈黙。そして見つめ合うこと数秒。あっやべと言わんばかりの真顔に俺も瞬きを返すことしかできなかった。そしてどうしようといった俺達を笑うかのようにそよそよと吹いていた風もだんだんと強く。羽根を流さずとも風向きが分かる程度には吹いてきたものだった。これはまずいのではないだろうか。


「あ……、ま、まぁ日が暮れれば松明の明かり増して何とかするっきゃないな」


 団長ー!とそのまま声を上げる傭兵さん。まあ自然ばかりはしょうがないのだけども、これがゴブリン退治の定石だとしてその方法が取れないというのはいささか困ったものだった。というか過去にもそういうことはあるだろうに。まあ確かに明かりを見ればエモノの人間がいるというのは分かるから斥候は薄暗くなったころから来るであろうが……。


「魔法使いさん方ー、風向きを変えるとかこっちからあそこまで風を届かせたりできねえかー?」


「これほどの勢いのある風に逆らうのは難しいかと……後方の蜥蜴車に乗っておられる師匠様ならもしかしてですが……おそらくこちらに付くのは数日後です」


「うーん……そうかぁ」


 と、ジルさんと魔法使いの男性との会話が聞こえてくる。


「ざむぅ?」


「どうしたフェリ」


 俺はちょいちょいと裾を引っ張るフェリの方を向いた。今はこちらも座っているため彼女の目線と俺の目の高さは一緒。大きなその瞳に少し疲れた顏の自分が綺麗にうつりこんでいる。


「ざむぅのアレならできる?」


「アレ……なぁ」


 おそらくは言霊の事だろう。どうだろうねえと言葉を濁しておいたが、その実自分はそんなことができるとは一切思っていなかった。風向きを変える、例えば簡単に風を起こすとか送風機のような何かを作りだすならできるとは思うが、そこそこに吹き上げてくるこの風に逆らって少し先のゴブリン達に届くほどにはできまい。


 そう言った魔法があるのなら再現可能だが……さきほどの魔法使いのセリフを借りるなら無理ではないにしろそうそう簡単にはできるものではなさそうである。でも確かにここでそういうことができるのであれば使わない理由はない。それに自分のこれは間違いなく未知数なのだ。試してみてやっぱり無理だったーあっはっはーくらいで。


 もし駄目でも笑ってすましてくれ、と言おうと思ったが駄目でもという言葉を話すことそのものが失敗を誘発するのではないか。そう思って喉まで出かかった言葉を俺は飲み込んだ。


「フェリとディアはできると思うかい?」


「わかんない!」


「やる!」


「あははは、そうだね。試してみないとわかんないよな」


 よしっと自分を鼓舞するように頬を両手で叩くと俺は杖を掴んで立ち上がった。ん?何をするつもりだといったジルさんと魔法使いの男性の視線を遮るようにケープのフードを深く深く被って、俺は杖を前に構えた。

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