言霊遣い ザムトはこき使われる(1)

「よーし、俺は今回の討伐の指揮を取らせてもらうジルだ。かれこれ15年ほど傭兵をやっていて各地を傭兵団と共に旅をしている。時間が無い、反論のあるやつはここで言ってくれや。居ないな。じゃあみんな集まってくれ。作戦を話す」


 ゴブリンを見つけてから1.2時間ほど経ったであろうか。先程よりもだいぶ大樹に近づいたその場には蜥蜴車が4台ほどが縦列駐車していた。ちょうど自分たちから1キロほど後ろを走っていた同じくイリディア行きの護衛付き蜥蜴車1台と、何故か沢山の魔法使いの団体を載せていた蜥蜴車2台。それに自分たちのそれである。


 後発の乗り合い蜥蜴車はこっちの乗ったものよりも低等級だったので護衛はそれほどの数はいなかったものの、乗客が魔物を討伐していた団体が15人ほど乗っており、今回の場合は最適な面々が得られたのは間違いない。


 そして2台の蜥蜴車で運ばれていた魔法使い達は30人ほど。みんな真っ暗。みんなペストマスク。それに俺が混ざったら分からなくなること間違いなかった。話を軽く聞いた所出張から帰るところだったらしい。彼らだけでなくさらにもう半分が後発でいるらしいが、そちらは見事に例の騒動のごった返しに巻き込まれしまったようである。


 連絡用の魔法とやらの奥から女性の凄まじい怒声がこちらまで聞こえてきたものだった。それによると橋が何個か焼き落ちてしまったせいで川の手前で大渋滞とか。巻き込まれなくて良かった。本当に良かった。


「ざむぅ大丈夫?」


「何とかぁ………」


 で、俺はそんな面々を後目に客車でへばっている、と。遠見の使いすぎで完全に車酔いのような何かになっていた。ジルさんに次あっち、その次はそっちと酷使されたのだ。でもディアにそんなに何度もやらせるのもなんである。しかしまだまだ得たばかりの能力。使いこなせるわけもなくまだふわふわと世界が揺れているような気がする。

 俺はおとなしくフェリの渡してくれた薬湯をありがたくいただくことにした。これは蜥蜴車の御者さんがくれたものらしく、酔ったお客さんに出すとか。


 仰向けに寝ていたのをゆっくり身を起こすと飴湯のような少し甘く、香辛料のような少しスパイシーな香りが鼻につく。



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《薬湯》


甘草と香草を煮出したもの。

体調の優れないものに飲ませるのと効くと信じられている。


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 信じられている…………か。確証はないのね。この世界はどうもあまり医療は発達していないのかもしれない。ちびちびとそれを舐めてみればほっとする甘さと少しピリリとした香草の味が身に染み入るようだった。病は気から。まぁ効くと信じるとしよう…………って待て。俺にはチート医療があるではないか。


「俺はこの薬湯を飲んだら酔いが治る」


 ついでに信じられてるものにあやかってみた。飲む度にじわりじわりと楽になっていくのは少し心地よい。ディアもディアも、と飲んでみたい意志を主張するちびっこにも一口飲ませてみたが、彼女の口にもあったようである。ほあーという声を漏らしたと思えばそのまま全部飲まんとする勢い。さすがにそれは待ってくれと俺は慌てて彼女の小さい手からコップを奪い取った。


 先ほどお腹がすいたとかなり大きな肉の塊をあげたというのにあの小さい体のどこに食糧が入っているのだろうか、フェリもディアもこれでもかというくらいに食べるのだ。そういうものだと思っているので食べる分にはいいのだけども竜形態の時なんて本当に小さいのに……という疑問はいつも脳裏にある。フェリも興味深々のようで俺の手の中にあるものを狙っているからもう、食欲旺盛という文字で済ませてよいものなのだろうか、といった具合である。


 その様子に少し笑いながら俺は息をついた。少し気分も良くなってきたので自分も作戦会議にひっそり参加するしよう。遠くから聞こえてくる声や心の声に耳をそばだててみた。


 ジルさんが説明している作戦というのは3段階。まずは1つ目。ゴブリンとはいえこちらに対して相手の数が多い。そのためこちらにおびき寄せて数を減らす。その拠点がこの馬車の位置である。準備が出来次第こちらで火を炊いて斥候に来るであろうゴブリン何体かをわざと仕留め損ねる事でおびき寄せるとの事で、俺はこちらに参加することになりそうだ。


 そして2段階目。ある程度相手の数を減らしたところであの大樹にいる人員の救助ないしある程度の殲滅。これは傭兵や魔物討伐のプロにおまかせするらしい。そして後方部隊はその間に3段階目の準備。


 で、3段階目。あの辺1面を結界で囲って燃やし尽くす。そうでもしないと根こそぎというのはあの数では難しい上に殲滅せねばいけない点を重視するならそうせねばならない。難点としては人がもし残っていたら残さず死んでしまうとの事で、2段階目にかかっている、と。


 幸いな事に柔らかい地盤やあの木の根のせいであの遺跡は地下には広がっていないらしい。表面だけ炙ればいい、と言っていた。人間が炙るか、人間が竜に炙られるか、だ、と言うジルさんのブラックジョークに笑う人は誰もいなかった。


 竜の姿のディアを杖の上に、フェリを頭の上に乗せてジルさんの方に近寄っていくと、ああちょうど良かったと彼に声をかけられた。彼自身は先陣の打ち合わせに今から赴く用で、彼の周りでは慌ただしく部下の方々が右往左往としていた。


「お前魔法使えるんだろ。魔法使いのにーちゃんねーちゃんに仕事頼んであるから手伝ってくれ。手が足りないらしい」


「分かりました」


 さっきまでお前がこき使ったおかげでダウンしていたのだぞと言いたくもあったが時間もあまりない。ここは大人しく手伝いに奔走することにした。確か魔法使いの方々の半分は第3段階の焼き払う魔法の構築だかなんだかをしていて、もう半分は第1段階の拠点である蜥蜴車周りを守る結界だの土壁だのを作っていたはずである。


 恐らく自分が赴くならば後者だろう。前者はどうしようもない。そう思ってのそのそと顔を隠してそちらへと歩いていった。あちらこちらに黒いケープの人が立っているのは怪しい宗教団体のようで少し面白い。しかしよくよく見ればみなマスクは外していたので、あまり自分もその辺気にしなくても良いのかどうなのか、作業の邪魔になるからなのかは分からない。



「すみません、ジルさんからこちらを手伝ってこいと言われたのですがどなたにお伺いすればよろしいでしょうか」


 1番近くにいた魔法使いの女性に問いかけてみた。


「あら、ほかの車に乗ってた魔法使いさん?手が空いてるならちょっとこっちをお願いしてもいいかしら」


 がっしと腕をつかんで彼女は俺をずるずるを引きずるようにして運んで行った。その勢いのよさにディアとフェリがピィピィと抗議の声をあげてもそれはとまることはない。



「そういえばあなたはどんな魔法が得意なの?属性とか系統とか。今求めているのは土を隆起させる魔法と結界を張る魔法、隠ぺいのための幻術を張る魔法なのだけども」


「得意とかは特に……」


「そう、見たところ杖もケープも新しいからまだ新米のお嬢さんってところかしら。うーん、じゃあ一番簡単な変形の魔法である土の隆起がいいかしら。なに、初めてでも魔法の基礎ができていれば何とかなるものだし、私も昔は読書灯も満足に出せない魔法使いだったもの。できなくても恥じることはないわ」


 ずいぶんと自分の思い込みで話をどんどんと進めてくれるものである。世の中こういう人ばかりなら結構都合がいいよなぁと思わないでもない。彼女の中で俺は魔法があまり得意でない、旅だったばかりのひよっこ魔法使いという図が勝手に出来上がりつつあった。


「壁を作る目安線は地面に描いてあるからそれに沿ってお願いね」


「分かりました」


 第一段階、ゴブリンをおびき寄せるための拠点は大樹から大体100だか200メートルだか離れた小高い丘の上にある。ぶっちゃけ目と鼻の先である。あちらがこっちを襲いに来たとしても地の利のある場所で、かつ大樹の根本にあるあの遺跡の入口が一望できる場所にある。ここまでこればわかるボロボロになって打ち捨てられた蜥蜴車の残骸や、大型の動物の骨、恐らく食べられたのであろう蜥蜴たちだろう。


 地面に残った轍の後を見るに自分達とすれ違った車はあれを見て察して戻ってきたのか、それとも先遣のゴブリンに出くわしてあれに気が付いてしまったのか。とジルさんは言っていたように思う。すでに並べられた蜥蜴車と二mくらいの壁がにょきにょきと生えている一角に自分は杖をもって立った。


「他の奴を見本にすればいいんだよね」


「と思う!」


「うん」


 あまり信頼度の高くない保障をもらいつつ思い出すのはさっきの女性の言葉である。土を隆起させて、それに結界を張って、それを隠ぺいするための幻術……。そして自分の言霊は細かく指定すればするほど明確な形をもって現れる、と。いや、よくよく横にある土壁を見てみれば壁の手前、つまりは敵が来る方向にそこそこ深い堀があるのだ。隠ぺいとやらもそれに使っているようである。実際にすぐに見て分からなかったのだ。結構仕事が細かい。


 いっそのことコピー&ペーストのような指定でいいんじゃないかと思わないでもないけどもわくわくと上から降ってくる4つの視線を裏切るわけにもいかない。誰も見ていないのをいいことに俺は深呼吸をした。


「この目安線に沿って土よ盛り上がれ!」


 確かに、確かに目安線に沿って土壁がぼこぼこっとできた。目安線に沿って。


「ざむぅ?」


「うん、これじゃないね……」


「箱ができた!」


 そう、目安線に沿って、つまりは箱状に細い土壁がどーんと出来上がってしまったのだ。中身が無いから強度なんて察しである。ためしに杖でつついてみればただの細い土の壁であるからぽろぼろと崩れてしまったのは言うまでもない。洪水の時などに立て板を張るよりも土嚢を詰むわけがこうやってわかりやすく提示されると苦笑するしかなかった。


「言葉だけで説明しろっていうから難しいよなぁ。崩れろ」


 一度崩して、杖で目安線を引き直してっと。今度こそ。


「目安線の内側の地面よ隆起して土の壁になれ」


 こんどこそ、勢いよくドゴッという音と共に地面が盛り上がり自分の想像通りのものが出来上がったわけだった。ディアがドスドスと双剣を突き刺して強度チェックをしてくれているから中身は空洞ということはないだろう。というかディアさんディアさん。さすがにそんなに刺したら穴が開くから、ちょっと待ってほしい。ディア?


「穴あいたよ!」


「結界張るまで待ってほしかったなぁ……」

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