言霊遣い ザムトは双子竜に襲われる(4)

「ディア?何が見えるんだい?」


 眉間にキューッと皺を寄せながら遠いところを見るディアを邪魔しない様に俺はそっと後ろから問いかけた。先ほどお城がと言っていたから一番近い城、先日まで自分たちがいた場所であるとは思うのだが、じゃあそれが燃えてると言ってそれが火事レベルなのか、キャンプファイヤーレベルなのか、さてまた大炎上か。


「ザムトと合った場所が、ぶわーって燃えてる」


「ぶわー……ぶわぁ……」


 擬音語は優れた表現方法だと思っていたが、参考になるものとならないものがあることを今ここで思い知った。傭兵や御者のおっさんたちの視線を感じながら俺もディアの見ている方向を向いた。イメージするのはあの街。ぷかぷか城が浮いていたり蜥蜴に乗った兵士たちがうろうろしてたりする場所。


「すみません、無防備になりますので何かあったら守ってもらえると助かります。フェリ、任せたよ」


「うん……ざむぅまもる」


 箱を覗き込むイメージを持ってっと。ふわっとした浮遊感と共に俺の視界は一気に空中へと舞いあがった。そしてぐんっと距離を詰めるように世界が背後へと進んでいくが、すぐに異変に気が付いた。黒い煙が幾重にも上がっているのだ。


 それは先日商人が降りた街だったはず。目立つ形の教会があったから覚えている。てっぺんに大きな十字架が経っていたはず……なのに今はそれがへし折れ尖塔も崩れ去り見るも無残な様相を晒していた。それだけじゃない。街のあらゆる場所、あらゆる建物が火に包まれ燃え上がり、火の手も、そして黒い煙も上がっている。よくよく下をみれば蜘蛛の子を散らすようにたくさんの蜥蜴車が街から離れて行ったりと、こんな上空からだからのんびり見つめられるが、当人たちにしてはもう今混乱のるつぼの中なのであろう。避難する人達が点在している中に先日の夫婦もいるのだろうか。さすがにここからは分からない。


 二日前までは平和な街並みを窓越しに見ていたのに、全く変わった様相に思わず俺は息をのんだ。もしこの街で自分たちが滞在していたらを考えるとぞっとする。一体何があったのかの原因を探す間もなく視界は進む。進む進む。それまで遠景で見えた村やちょっとした街、そのすべてが同じ有様だった。そして自分たちが進んでいた街道に溢れる人。一体何があった。どうしてこうなった。これから先何が見えるのか。


 そして、見えてきた。見覚えのある宙に浮いた城。初めは小さな豆粒ほどだったそれもだんだん大きくなるにつれて黒い影だと思ったのが実際にすすけて黒くなっていることに気が付く。そして城を戒めるかのように黒い煙が何本も何本も上がっていて、街そのものも先ほど見ていたものと比にならないほどの炎が街中を包んでいる。まるで天を焦がすかのように曇天の空すらも火の光を受けて赤く黒く染まっている。


「ぶわー!って」


 確かにこれはぶわーである。城壁の外から焼き尽くすかのように巨大な炎の壁が街中を蹂躙し尽くすその様子は圧巻。平和だったはずのそれがいかに刹那的な物であったのかが明らかになっていた。そして、視界がピタッと止まったから分かる。どうしてこうなったのか、その理由である。


 それは竜。大小、色もさまざまな竜がまるで港のカモメのように数えるのも不可能なほどの量で街の上を旋回していたのだ。たまにふっと降りてきたと思えば街に無慈悲に炎を降り注がせ、逃げ惑う人などには目もくれず対抗する蜥蜴に乗った兵士だけをその炎の吐息で一瞬で焼きつくす。先ほどの街も恐らくは彼らの仕業なのだろう。


 竜族と人族が戦争をやっているのよというイザラさんからの一言を思い出すが、これほどまでに一方的に、そして圧倒的な力の差があるというのに人間は戦っているつもりだったのだろうか。これは戦争なんかじゃない。虐殺だ。そしてリアルな人の死と、竜の怒りと、そして実際にそこにいるわけでもないのに火の熱と煙にいぶされているような気がしてとても気持ちが悪い。


 もうそろそろ視界を戻そうと顔を手で覆おうとした時だった。大きく穴の開いた大聖堂の中。顔の落とされた大きな像の上に誰か立っているのがふと目に映った。


 それは自分の知っているそれとは違い、腰に翼額に宝石、そして尻尾もらんらんとした竜の瞳もあるが、間違いなくイザラさんで、そこで俺は合点がいった。自分たちを慌ててあの街から出したのも、自分達が今まで無事で旅をして、あの竜の騒動に巻き込まれなかったのも偶然なんかじゃないと。


 そして、彼女がにやにやと不敵な笑みを浮かべる先にいたのは沢山の教会の牧師だったり役人だったり。そしてその中に見たことのあるような勇者もいて、ああ今イザラさんが盛大に喧嘩を売っているのだなと少し察したものだった。勇者と魔王の邂逅とかやってるんだろうなぁ、どっかの勇者みたいに酒のんでぐだ巻いてたら出くわすとかじゃないんだろうなぁと思わないでもない。が、それをじっくりと眺める暇もなく、背後から問いかけられた声に俺は我にかえった。


「おい、嬢ちゃんどうだ」


 ふう、と息を吐いて目を瞬きすれば先ほどの炎と煙の世界はどこへやら。青い空に緑色の大地。平和なひと時が帰ってきた。あれは夢だったのだと言いたくなるほどのギャップに俺は思わず肩を落とした。一体何をやってるんだイザラさんは。そしてみんなどうして俺の事を嬢ちゃんと呼ぶのか、一応成人している男性なのに。地味に凹む。


「……この馬車から背後、たぶんこの先もかもしれませんが、街という街。王城にいたるまで竜族に襲われてます」


「はあっ!?」


 唐突な俺の報告にその場にいる全員が一瞬の硬直、そしてくわっと目をむいた。



「嘘や冗談でもシャレにならねえぞ」


「俺は言霊遣いです。嘘はつけません。何よりも嘘や冗談であればどれだけよかったか……」


 お宅の国今滅んでますね、だなんて俺だって言いたくないやい。そして先ほど見た避難する人達でごった返す道の様子も伝えておいた。恐らく逃げる人間は後追いしていないのだろう。怪我人よりも避難する人の方が多く散見されたような気もする。目的以外の殺生はしないのだと言わんばかりである。


 そしてそして。あの人の群れがこれからこちらへと向かってくるのだ。近くの街に戻る所かあの群れに巻き込まれれば、もし竜族が気まぐれで人間も滅ぼしておこうと試みたら逃げられる間もなくローストになってしまうのは間違いない。泣きっ面に蜂。弱り目に祟り目。前面のゴブリンか背後の人ないし竜の群れか。その二拓を強いられているというわけである。なんてこった。


 幸いなことに、ディアにこの先の街を確認してもらったところこの先の街は無事であるらしい。ゴブリンを超えれば次の街までは何とかなりそうである。というかイザラさんがこの先の街はお前使うだろうから潰さずにおいてやるよと言われている気すらしてくる。


「忌むべき双子の竜なんているからこんなことになるんだ!」


「双子?ディアとフェリの事か?」


 ん?っと俺の膝の上に座っていたディアが顔をあげるが俺はそっとその耳を手でふさいだ。


「逆にこの子たちがいるから竜族に襲われてない、と考えたほうがいいのではないですか?少なくともゴブリン云々は竜族は関係ないですし」


 うちのかわいい娘につっかかってくるんじゃねえよ。と怒りたかったがフェリもこちらを見ている。ここは100歩ほどゆずってやることにした。てめえの面は覚えたからな。覚えておけよ。



「竜族、か……だから竜族に喧嘩売るだなんてするもんじゃねえんだ。この国も先短いねえ」


 やってらんねえなぁと傭兵のリーダーらしきおっさんがぼやきながらパイプに火をつけた。煙臭いのかと一瞬身構えたが、こちらに届いてくるのはハッカのようなさわやかな香りで、今のこの陰鬱とした空気を浄化してくれるかのような錯覚を覚える。


「この国の人ではないのですか?」


「ああ、俺達傭兵は聖都から出稼ぎに来てたんだ。このあたりは魔物狩りするには丁度いいからな。まあ、今回駄賃代わりにこの客車の護衛を請け負ったんだが……まあ結果としては良かったわけだ。御者のにぃちゃんくらいじゃねえか?この国の奴は」


「わ、私はこの蜥蜴車の終点であるイリディアから少し山の方へ行った村の出身です……」


「なら、余計にさっさと帰りてぇよなぁ……」


 家族の安否でも、家の有無でもなんでもいい。今すぐに戻りたいばかりだろう。となればやることは決まっている。後ろが追いつく前に前方のゴブリンどもを何とかしてやるしかない。


「嬢ちゃんが言うところだと焼き討ちそのものは今朝か昨晩といった具合で、丁度この平原周辺には街はねえ。蜥蜴車で進むとしても人を山ほど詰め込んだ車は進みが遅い……ここで俺達が立ち往生していて合流するとしても二日はかかるとみた。それまでに羽根つきの蜥蜴でこのあたりにいる傭兵や商隊の護衛の奴らを集めてアイツらを何とかするっきゃねえな」


「そちらで宜しいでしょうかお客様」


 青白い顔の御者が俺に問いかけてきた。俺としては異論はないし、この状況でさっさと目的の街に進みたいばかりである。むしろ願ったり叶ったりである。


「自分もそれでお願いします。戦力にはなりませんが、自分もできることはお手伝いするつもりです」


「よっしゃ決まりだ!これが終わったら雇い主に追加料金貰わねぇとな!あははは」


 バチンと膝を打って彼は立ち上がった。こういう時の肝の座り方はさすが傭兵といった様子か。手早く部下に指示を出していく。そしてそれを見送ると今度はこちら、ほけーとしている御者と俺たちの方を向く。


「緊急自体だ。あんたらにも働いてもらうから覚悟しとけよ?」


「よろしくお願いします。あと、ありがとうございます」


「ありがとうは終わって無事に街に着いたら言ってくれや。俺はジル。アンタは?」


「俺は言霊遣いのザムトと言います。こちらは俺の家族のディアとフェリです」


 ぺこりとお辞儀をするとチビたちにほら挨拶、と急かすものの何故か普段の元気はどこへやら。警戒するかのように俺の後ろやケープに潜り込んで出てこないのだった。あれか、懐かないってこういうことか。俺以外には全力警戒するのな。君たち。


 出ておいでよーと服をパタパタとやっても出てこない。申し訳ないと俺はジルさんに頭を下げた。


「竜族だったか?特に幼竜は警戒心が強い。そんなもんだ気にすんな」


「すみません………」


「いいってことよ」


 そんなこんなで俺の初戦闘は幕を開けた。

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