魔法使い イヴは発狂する(おまけ)
場所は変わってここはガラドルグ城内。豪華絢爛な装飾の成された広い客間の一室で、深淵の塔の長である彼女は全力で杖で机を叩き割っていた。
「ああああああああぁぁぁ!!!ほんっっっっとに腹立つなぁおい!」
「お師匠様!お師匠様!お、落ち着いてください!」
ムキー!と心の限り叫ぶ彼女に弟子であろう純朴そうな顔立ちの青年がオロオロと宥めるも効果はない。そればかりか振りまわしている杖に殴られてそのままノックダウン。それを遠目に見ながらほかの魔法使い達はできるだけその逆鱗に触れないようにそっと自分の貴重品だけ結界で守り始めていた。その慣れた一連の動作には、この癇癪が良くあることのようであることを物語っていた。
「今度はなんだイヴ様」
「ほら、例の勇者の召喚の件だよ」
「あー………あれはなぁ………」
「そうだろお!!!お前らっ!!」
頭を抱えて割れた机を蹴飛ばしていたかと思えばその会話にぬっと割り込んでくるイヴに周りは思わずひいっと悲鳴を上げた。
「俺様が!どうしてもって頼まれるからあれだけすんばらしい召還の魔法を作り上げてやったってのに!?俺様が勇者召喚で疲れてぶっ倒れてる間に、召喚した奴の帰還用にわざわざ用意しておいた魔法陣勝手に使いやがってもう1人召喚しやがって!!お!ま!け!に!初めに召喚出来た勇者の祝福持ちを勝手に要らんってポイ捨てとか!!!バカか!ざけんな!!!」
叫ぶと同時に部屋に風が吹きすさび部屋中の羊皮紙や紙の束をこれでもかと巻き上げる。が、そんなもの知るかと言わんばかりにその辺の机に駆け上がり、叫びながら頭を抱えるからこれはよっぽどだな、と慣れた部下たちは口をへの字にするしか無かった。
「イヴ様がこれだけ怒られているってことはそれだけじゃないんでしょう?」
「そう!それだ!アイツらが城から追い出したのは魔法適性がべらぼうに高い方、鍛え方さえ間違えなければこの世界最高峰って言ってもいいくれぇに育つ素質が全てが全て整ってやがった。オマケにこの世界の魔法の真理への探求を100年単位であいつがいるだけでだけで進歩させれるほどのおかしい祝福もあったんだぞ!!」
よっぽどショックだったのか、彼女の目には若干の涙が浮かんでいる。
「そんな追い出し方したらぜってえもう二度と人族の魔法使いに協力なんざしてくれねぇ………本当に、まじで……有り得ねぇ……有り得ねぇ………。魔法使いとして、魔法の深淵を学ぶものとして有り得ねぇ………逃しちゃ行けねぇものだったってのに、魔法が嫌いだからってこの国の大臣どもはっ!!!!」
彼女の叫びも当然だな、とそこに居合わせた魔法使い達は思う。元々ここにいる魔法使い達は深淵の塔と呼ばれる魔法使い達の集まりから派遣された面々なのだ。どうしてもと呼び出されたものの、太陽神信仰の国での魔法使いへの偏見は強く、待遇も悪い。オマケに無理難題を魔法ならできるのだろうとふっかけてくるせいで、この派遣団の長であるイヴの眉間のシワが常に深くなる一方だったのだ。
「よし、決めた。もう我慢の限界だ。お前ら!!塔に帰るぞ!こんな所に居るだけ無駄だ無駄!何一つ、術式のじゅの字も残さねぇくらいに何も残さずにずらかるぞ!あーもう、俺様とあろうものが無駄な時間使っちまった………」
話は決まれば上に今までの請求書叩きつけてくる、とダァンと扉を蹴破り部屋から出るイヴ。不機嫌そうにバッサバッサとケープの裾を翻して大股で歩いていたがとあるバルコニーのそばで立ち止まり杖の石突を地面に軽く当てた。
「居るんだろイザラ」
「あら?わかったの?さすがね」
物陰から姿を表したその姿は先程までザムトに見せていたそれよりも竜らしく、額には宝石にこめかみからは角、そして腰からは黒い翼膜の着いた羽が大きくのび、しっぽは機嫌が良さそうにゆっくりと左右に揺れていた。
「そんなに怒ると禿げるわよ?」
「うっせぇ。つーか戦争中の敵国の王城内に簡単に来るんじゃねぇよ」
もう一度地面を杖で叩けば結界の色が変わった。この中のものを見せないように黒く、しかし中のふたりの視界が暗くなるわけでもなく。それを横目で口笛を吹きつつ見ているイザラだったが頬に手を当てつつにぃっと不敵な笑みを浮かべた。
「勇者の召喚だなんてことがこの国の魔法使いにできるわけがないと思ってたけども、まあ貴方なら納得よね」
「それはどーも」
「普通に街中を勇者がフラフラ1人で歩いているから驚いたわよ」
「……………」
「片方、女の子の方は完全に対私用よね。ガッチガチの近接戦闘系で脳筋も脳筋みたいな。で、もう1人の少年は帝国が欲しがるわ。あの子オズとやったらオズは何も出来ずに降参するしかないんじゃない?」
「は?オズって言ったらあの難攻不落って言われてる吸血鬼を統べる魔王だろ?」
「あの子、少年と相性最悪よ?オズからもノクティーからももう刺客が狙いを定めてたから、私自ら慌てて接触しちゃったもの。アスクレピオスは静観してる感じかしら」
そして自分にとっても不利だったら殺す気だった、と。とイヴが肩をすくめるとイザラはケラケラ笑った。
「っと行けないわ。あの子があまりにも気に入っちゃったからついつい雑談をしてしまったわ。本題よ、本題」
「なんだよ」
「貴方、とっととこの国から去りなさい。貴方との仲だもの。見逃してあげる。この国は我々の誇りも歴史も、そして大事なお役目すら自らの欲のためだけに踏みにじった。我々竜族は忍耐強いけどと堪忍袋の緒はそれほど丈夫ではないの」
「聞いた。墓守の一族を緑旗上げた上で奇襲したってな」
緑旗とは伝令のための使者の証。それを攻撃、またはそれを利用しての攻撃は暗黙の了解として禁止されているのだ。にも関わらずこの国は緑旗を上げた使者に兵器を持たせ奇襲を仕掛けたのだ。それはイヴ自体にも、おそらくは魔王である彼女にも寝耳に水だったのだ。そこまで馬鹿なことをやってしまうのかと、同時に評価が地に落ちた瞬間でもあった。
イヴも何もしなかったわけではない、すぐにこの国の将軍を問いつめたものの、うちの国が決めたことだと聞く耳を持たないその有様に目を剥いた。やっては行けないことをやったのだという自覚すらないのか、と。
「そうよ。昨日最後の1匹が死んだわ。そしてあの誇り高き竜の一族は滅んだ。おめでとう。これでこの世界は穢れに沈むわ。滅亡の引き金を引いたのはこの国よ」
「さすがに人族に好意的な俺様でも擁護できねぇ。………2日くれ。全員まとめてずらかるから」
「追加で1日でも待たないからよろしく」
「で、わざわざ恩を売りに来て何を要求する」
「そんなに睨まないで。1つ頼まれて欲しいことがあるの。忠告に対しての礼の要求と見るか、貴方へのちょっとした贈り物と思うかはあなた次第なのだけども」
そう言って投げよこしてきたのは大きな羊皮紙。ギルドで売っている安い世界地図であった。
「あの子のことものすごく気に入っちゃったの。だからオズにもノクティーにも手を出すなって、さっき書状も送ったところ。で、あの子にはちゃんとやるべきことを果たして私の前にまた来てもらわないと行けないの。出来たらあの子のことも磨いてあげたいし」
「あぁ?」
「だから、お願い。貴方、この先あの子に会うことがあったら、あの子の師匠になってくれない?」
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