言霊遣い ザムトは勇者に追われて旅に出る(4)

「フェリ!厠に行っておいで!」


 ギルドに入ってそっと下ろすもフェリはなぜかトイレに向かわずもじもじと俺の前に立っているだけ。もしかしてあれか、洩らしたか。


「ざむぅ……」


「間に合わなかったか」


「あのね……その……ごめんなさい」


 洩らしてしまったものはしょうがない。幼い子がお漏らしすることは何も不思議じゃない。だから俺がやるべきことは気にしなくていいと励まして、部屋に戻って着替えをして……っとそういうわけじゃないようだった。しゃがみ込んでフェリの顔を見ている俺の頭にそっとフェリが手を当てて、ゆっくりとなでて来たのだ。


「漏れそうってのは、うそで……ざむぅが、あの女の人に合ってからものすごく……辛そうだったから……」


「俺があの場所から逃げ出せる口実を作ろうとしたのか?」


「うん……ディアも手伝ってくれた」


「……」


「……」


 もう無理だった。思いがあふれてくる。気が付けば俺は力の限り目の前の2人を抱きしめていた。


「ザ、ザムト?!」


「ざむぅ?」


「ごめん、ちょっとの間こうさせて……」



 2人はとても暖かく、先ほどまで自分の足を凍りつかせていた何かを緩やかにとかしてくれるようで。陽だまりのような何かがこれほどまでにありがたかったことがこれまであっただろうか。ポンポンと頭を叩いてくれるそれが心地よい。


「ありがとう、2人とも」


「ふふふー」


「ど、どういたしまして?」


 そっと抱きしめていた手を放して二人の頭をわしゃわしゃとかき混ぜると2人とも嬉しそうに笑う。なんて幸せな瞬間なのだろう。出合ってまだ一日というのにこれほどまでにこの二人の事を大事に思っている自分がいた。この世界に来てから自分の身の上をあまりよろしくは思っていなかったのだが、少なくとも二人に出会えたこととは心の底からよかったと思わずにはいられない。が、こんな時間を邪魔するかのように後ろから足音が近寄ってきて頭の上に荷物をのそっと乗っけてくるから困る。確信犯め。


「何小さいのがもっと小さいのに抱きついてるのさ。見てて可愛すぎじゃないか」


「イザラさん俺が小さいのは放っておいてください。自覚してるので。あと重たいものを乗せないでください。俺の身長が縮めとか……待って縮まない縮まないからっ……ああああああああ」


「すごいわね少年。今物理的に私の人差し指くらい荷物が沈んだわよ」


 泣きたい。お、身長縮めればええんやなと言わんばかりに一瞬のめまいと体の軋みと共に自分の目に映る世界がちょっと上がった、つまりは俺が下がったのだ。やめろ、やめろ……ずっといろいろと回避してきたのに不意打ちで一番俺が泣きたい内容で起こすんじゃない……つらい。


「言霊怖いわね。うわぁ……」


「そう思うなら不意打ちで何かを仕掛けないでください……ほんと……ほんと……」


 自覚しないだけで何か起きてそうだから本当に怖いこの呪い。荷物をそれぞれに渡し渡されしている三人を見ながら少しサイズが大きくなった服の裾を事務用のクリップでとめた。手当としてはまあまあと言ったところだろうか。自己空間!おお、すごい!と叫んでいる2人は可愛いけども今の自分の身の上に降り注いだ災難にこのまま宿屋でふて寝したい衝動に駆られる。旅?明日じゃダメ?


「何から何まですみません」


「いいのよ。私もこんな小さい竜の人型の形態なんて珍しいものが見れたのだし」


 そう言って彼女は机の上に新聞くらいの大きさの紙を広げた。新品ながら何やらいろいろと書き込んであるそれはおそらくは世界地図。ギルドで販売しているのは俺も何枚か買ってある。


「いまここが商業都市バーゲンティア。ガラドルグ王国の首都ね。で、私が少年に蜥蜴車の券を買えって言った行先がここ、国境があるイリディア」


「はい」


 そういって彼女が指差したのは地図の中央よりも少し下、中央よりもちょっと左の国。ガラドルグは他の国と比べると小さめ、一番南にある巨大な国と比べると10分の1もないほどの大きさであった。まあこのあたりの国は同じような大きさなものがおおいのでこの南の国が恐らくはいろいろ牛耳っているのだろうなというのは容易に想像がついた。


 ちなみに寄合の馬車ならぬ蜥蜴車で調べたところ、俺が乗る予定なのは今日の昼の2時発で、順調にいけば10日間ほどでこの街に付くはずである。すごーい、ひろーいと地図を覗き込んでいる2人を余所に俺は手元の手帳に今聴いたことを慌ててメモし始めた。


「そこから国境を出て、ここの中立地帯の山岳沿いに北へ。途中の中継地点の街は印を付けておいたから参考にして。逆に近寄っちゃダメな街も書いておいたわ。いいわね」


「はい。ここの二重丸は?」


「私の知り合いがいる街よ。無類のかわいいもの好きだからこの子たちを出してるだけで向こうから寄ってくるとおもうわ。そこでイザラの知り合いで竜の里に行くことを正直に彼女に伝えなさい。たぶん良くしてくれるわ」


「わ、わかりました」


 そしてその街から戦争中だという砂漠を大きく迂回して中立の国を通ってさらに北へ。最終的な目的地点は北に大きく広がる3つの国の一つリンドゥーク。通称竜の里、とのことである。


「大きな森が見えるわ。森に一歩でも踏み入れたらそれは竜の里だから気を付けるのよ。竜族は人族が大の嫌いだから。あれは生理的嫌悪に近いわね……人間と見るだけで襲ってくると思うから、ここから先はフェリ、ディア。2人が少年を守るのよ」


「わ、わかった!」


「うん……がんばる」


 あと。少年にはこれを渡しておこうと彼女が突然腰のポケットをごそごそとやり始めたかと思えば、それはネックレスというべきか、キラキラと透き通るコインほどの鱗に穴をあけて紐で通したようなものだった。黒くて透き通っているそれがとても美しかった。


「ぜっっっっっったいに無くさないでね。これを普段から首にかけてなさいな。普段は隠して、で、森に入ったら見えるようにしておきなさいな。これがあれば竜族に出合い頭に殺されることはないだろうから」


「竜避けのようなものですか?」


「竜だけに通じる通行手形のようなものよ。貴重な物だけども貸してあげる。目的を果たしたら返しに来なさいな」


 それはものすごく難易度が高いのではないだろうか。そう思ったが、暗に彼女は死ぬんじゃないわよと言っているように見えた。ウィンクとともにそれを自分の首にかけてくれた。服の中にそっとしまっておくとしよう。首から下げるものが二つになってしまったがそれほど気にはならないだろう。


「あとは杖にこれを下げておきなさい」


「ん?なんですかこれ」


「この世界では旅人は自分の立場や信仰を見える場所にぶら下げておくのよ」


 イザラさんが俺の杖にぶら下げたのは白と黒色の羽根。そして銀色の羽の生えた十字架のようなもの。これで同士なのか話しかけるべきなのかを見分ける知恵とのことである。本当に何から何までもうしわけない。


「白と黒の羽根が旅人、でこの羽根の生えたクロスは冥王の祝福を受けている人達が使うものね」


「え、冥王の云々ってよくあるんですか?」


「加護はね。高位の魔族が祝福、でその上の寵愛は……まあほとんどいないわね。噂だと冥王の友人が持ってたらしいわ。存在も怪しいのだけどもね……まあ、他の太陽神教と聖女教だとその三つだからあるんじゃない?って話よ」


 イザラさんが腰から下げているのは同じ十字架。つまり冥王の何かを受けているというわけで、その俺のステータスにデンと降臨している寵愛が見えているはずである。じーっと見つめるその瞳が絶対にお前それを言いふらすなよと言っているように見えた。もちろん面倒事は嫌なのでいうつもりもないが。


「大体人族が多い国だと太陽神信仰がほとんど、聖女信仰がこの友人がいるって言ってたこの街あたりの国で、魔族が多い北国のほうが冥王信仰ね」


 ヤバイ、知らない慣習を知るのがとても楽しい。ものすごく楽しい。イザラさんが話してくれる限り永遠と聞いていられる気がする。だんだんと埋まっていくメモ帳を見るだけでわくわくしてしまう。しかし時間というものと状況がそれを許してくれない。これでも最低限を足早に、だというから残念である。


「あとちゃんとギルドで身分証明は作ったわね」


「あっ、ハイ。ちゃんと作りました。イザラさんの知り合いってことでそれほど怪しまれずにさらっと……」


「リンドゥーク以外ではそれが入国や出国では使うからなくしちゃだめよ?」


「普段は自己空間にぶち込んでおきます」


「それがいいわ。あなたたちは奴隷扱いだから入国の際は竜の姿で頭の上にでも乗ってなさい」


「あい!」


 とりあえずこれで全部かしら……とうーんと悩んでいるイザラさんに頭が上がらない思いで俺はいただいた地図を自己空間に閉まった。世界地図を見て旅するというのはまた漠然としているが事細かに細い路地すら乗っている日本なり地球の地図の精緻さがおかしいのだと思えばそれもまあ当然か。


 しかし、異世界に来て2日目でさっそく旅に出るというのはいささか性急に思える。が、それに対して隠しきれないほどのどきどきやわくわくといった感情。幼いころに明日行ったことのない場所に向かうときに似た興奮を抱いているのは間違いなかった。その理由があの女に追われてというのはちょっと複雑だが、これからのこの子たちとの旅が楽しみで仕方がない。


 もちろん大変なこともあるだろうし、辛いことのが多いだろう。だけども、目の前で羽をパタパタしながらこちらをキラキラとした目で見上げてくるこの子たちと一緒なら何とか乗り越えて行けるのではないかと思う。少なくともこの子たちには辛い思いをさせない様にがんばらなければならない。


「2人とも、頑張ろうな」


「うん!」


「がんばる……」


 おー!と上げている小さな手と一緒に俺は手をあげた。






「今から蜥蜴車乗り場に行けば丁度いい時間ね……何かの縁だし送っていくわ。迷って馬車に乗り遅れたとかいったらもうほんと笑いものだもの」


 そう言って、蜥蜴車乗り場までイザラさんも一緒に来てくれた。裏道を駆使してくれたらしく兵士達やあの勇者と会うことなどもなく、順調にたどり着くことができた。馬車自体は大柄のサイほどの大きさの二匹の蜥蜴に牽引された箱のようなものに乗り込む形である。


「本当に何から何までありがとうございました」


 乗り込む直前、イザラさんにこれだけはしっかり伝えておかねばと思い俺は彼女に頭を下げた。


「イザラさんのおかげでこの異世界生活の第一歩をなんとか踏み出せそうです」


 御礼にと言って渡した袋にはありったけの甘味と少しながらの金貨を包んだものを渡しておいた。賢い彼女なのでうまく使ってくれると信じて。それを苦笑しながら受け取るとイザラさんは俺の頭をバシバシと叩きながら笑った。


「少年、君とその双子竜の行く先に冥王のご加護がありますように。あと、私からもおまじない」


 それは一瞬の事だった。柔らかい柑橘類のような良い香りと一緒にふっと目の前に彼女の髪がよぎったと思えば面当ての上、俺の額に柔らかい感触。


「私が初めて人族に施す加護だ。うまく使いなよ勇者様?」


 逆光の中でにぃっとこちらに向けられる不敵な笑みがとても艶やかで、そして自信にあふれていて。思わず俺は息をのんだ。黒い瞳はらんらんと輝いていて深く光を発しているかのようで目が離せない。今は魔法使いスタイルな製で顔がイザラさんに見えなくてよかった。恐らくはひどい顔をしているだろうに。それほどに自分は今この瞬間彼女に惹かれていた。


「どうした見惚れて」


「あ、いや……いや。俺は嘘はつけないですし、ここははっきり言わないといけないですよね。イザラさんに一目ぼれしたので目的を果たしたらちゃんと御礼と告白をしに来ますね」


 俺の突然の告白にキョトンしたかと思えば口元がひきつっていく彼女。これは気持ち悪がられたかなと思いきやその口角がにぃっと持ち上がっていき、そしてそれは大爆笑に代わっていく。そのすべてが綺麗に見えるからこれは重症である。


「あははははは、少年。ちゃんと礼を言いにきなよ。あー面白い。今度も少年のおごりで酒飲みだな、うん。で、旅の感想を言いに来たその時に相手がいなかったら面倒見てあげるからさ」


「お菓子が出せるのと、元勇者って肩書き以外になにか魅せれるように頑張ります」


 発車しますよーという御者さんの声に俺はお辞儀をして肩の上に2人を乗せて荷台に乗り込んだ。窓からもう一度彼女をと思えばもうその姿はなく、そして先ほどの乗り場も、そして自分が一日過ごした町並みもだんだんと小さくなっていく。城壁をくぐりぬけたと思えばその先は広大な平原と畑、そして木々で。だんだんと小さくなっていく街と城の姿を見送りながらここから俺とこの子たちの冒険が始まるのだな、と思ったものだった。


「これからよろしくな。ディア、フェリ」


 ピィっと鳴く双子の竜たちの言っていることが今は分かる、そんな気がした。







 が、ディアが竜の姿で念話で話しかけて来た一言を聞いた瞬間、俺は街に戻りたくなるのだが……まあそれは彼女と再び会った時の笑い話に取っておくとしよう。



『ザムトー、生まれて初めて魔王様に合ったけどもいい人だったね!』


「ハァッ!?」



―――――


称号が追加されました


《魔王イザラの寵愛》


―――――

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