言霊遣い ザムトは勇者に追われて旅に出る(3)

 という訳で残り時間で先日自分がお世話になった店にやってきた俺たち。お昼時というのもあって店内は昨日よりは空いていた。が。あまり時間も無いもので、足早にカウンターに行くと、開口一番で


「この子達に持てそうな武器って何かありますか?」


 と聞いてみた。昨日とは違う人で愛想もいまいち。さらに二人を見て愛玩用奴隷に?とボヤきながら訝しげな表情をされた。誰が愛玩用だ、全く。護身用に何かあった時怖いので、という本心を口にすればチビたちを一瞥し、店の奥の方に向かっていった。


「ごしんよー?」


「危ないヤツが来たら身を守るんだ。竜の姿なら逃げれても人の姿じゃ直ぐにこうやって捕まっちゃうからな」



 そう言ってディアの首元を猫の子を掴むようにしてブランと持ち上げてあげると、彼女はおおーと目を輝かせた。喜ぶんじゃない。まったく。しかし片手で持ち上げられるとは……俺も大概である。


 しかしこの子達に持てるような武器などあるのだろうか。自分の腰にある護身用兼日常用のそれですら彼女たちの胴体よりもも大きいのだから。


「こちら等はどうですか?本来は手のひらに潜める程の大きさで暗器などに使われるものなのですがちょうどいいかと」


 そう言って見せてくれたのは小さな箱に入れられた6個入りの小さな鏃のようなものだった。指2本で持てるくらいの小さい持ち手があって、2人の小さな手でも扱える。これで目でもあそこでも切りつければ護身用になろう。


 あとこちらならお2人でも扱えるのではとみせてくれたのは大人用のブレスレットのようなもの。それぞれ2つずつ入りで2箱あり、ひとつは赤色石のついたもので、もうひとつは緑色の石のついたもの。


「発動させるとこちらの緑色の石が弓に、赤色の石が双剣になるのですけども、こちら持ち主の大きさに合わさるのでちょうど良いかと。ご主人様が魔法使いですのでこの石に定期的に魔力を込めてやればずっと使い回せますよ」


「確かに素晴らしいっすけども…………こんな幼い子達に扱わせていいものでしょうか」


 子供を戦わせることに対してものすごく抵抗があるのだが、と暗に伝えてみるものの


「竜族なのでしょう?出来ますよ」


 と、一蹴されてしまった。竜族の認識ってこういうものなのかもしれない。実際はどうであったかというと今朝フォークの使い方を教えるところから始まったのだ。戦えるとは思えない。まぁ?俺も戦えって言われたら無理って逃げ出しそうなものだからこの子達のことが言えないのだけども。


 オマケに俺はそう思ってなくても事実2人は俺の奴隷扱いである。戦わせる用途なのかと思われても不思議ではない。


「ディア、フェリ、どっちがいい?」


「弓!」「双剣!」


同時に同じテンションで同じ動作をするんじゃない。そっくりすぎて俺がまだ見分けられないんだ。


「よーし、じゃあお店の人にもう使えるように用意してもらうからちょっと待ってなー」


「はーい」


 よし、乗り切った。俺は心の中でガッツポーズをしながら暗器とそれらを店の人の言うがままに買ったものだった。初めは魔力を込めてあるとのことで、ワクワクと目を輝かせている2人の前にしゃがみ込んだ。


「2人とも無くすなよー」


 はい、こっちつけたい竜の子!と言えば弓の方をフェリ、双剣をディアかほぼぶんどるという言葉が合いそうな程のスピードで持っていった。2人ともルンルンとそれをつけた手をかざして嬉しそうにしていた。体の大きさに合うとかいう便利機能もあるから竜になった時もすっぽ抜けなくて安心である。



「可愛い双子さんですね」


「そうなんですよ。見てるだけで幸せになるんですよ」


 そんな言葉をかけられて声の主の方を振り返った瞬間だった。全身の血の気が引いて、鳥肌がぶわっとケープの下の自分を襲う。思わず現実逃避をしたくなって目をぎゅっと瞑ってしまうほどに自分は全身でそれを拒絶していた。


 それは勇者だった。


「翼………ってことは使い魔さん………とかですか?」


 喉まででかかった悲鳴を何とか飲み込み、バレないように深呼吸をして、目をそっと開く。安心しろ、今俺はケープを着て面あてまでしている。可愛い2人の味方もいるのだ、落ち着け、落ち着け。


「使い魔と言いますか竜族の子供を買いましてね」


 声のトーンを普段のそれとは変えて、そして他愛もないように内容にも気をつけて、俺は震える手をそっと握りながら答えた。しかし美琴ねぇがどうしてここにいるのだ。ここは下町の冒険者御用達の万事屋だぞ。装備とかあれだろ?勇者様は国が用意して貰えるんじゃないか?あれだけ大々的に発表したのだ。ポイ捨てといった自分のようにはならないとは思うのだが。


「そうなんですね。あまりにも可愛らしくてついついお声をかけてしまいました」


「そ、そうですか」



 分析でちらっと見れば、名前の欄に羽山美琴と書いてある。間違いなく美琴ねぇだった。近所でも有名な程の天才で、皆に愛されていて家族も全員幸せそうで。もし日本で2人が行方不明となったと事件になったとしても、自分は埋もれて彼女だけが話題になるのだろうなと思う。


 でもこちらから見えるということはあちらからも見えるはず。分析でこちらを見られたら色々と分かるはずだ。どうか相手には自分のなま………え、いや、待て。今の俺は別の名前でこの世界には登録されているのだ。わかりようがない。


 何より今の俺は車椅子じゃない。歩けるのだ。その時点でパッと見の候補から離れるはずだ。座高と身長は違う………はず。


「勇者様ではありませんか!!ようこそ当店へ!何かお探しでしょうか?」


 先程の愛想の悪い店員が満面の笑みですっ飛んでくるのをいいことに、何事もなく店から出ることにした。2人の頭をポンポンと叩いて外を指さす。そっと出るぞとそちらに歩を進めた。が、後ろから聞こえてきた一言に、馬鹿な俺は足を止めてしまったのだった。


「この男性知りませんか?」


 と。


「いえ、今日はこのような人物は来ておりませんが………お尋ねものですか?」


「いえ、私が個人的に探しているんです。お城の兵士さんも手伝って貰っているのですが足取りが追えなくて………」


「この街は広いですからねぇ。見つかることを太陽神に祈っておきましょう」


 ざむぅ?と動かない自分を訝げに見上げるフェリの声が聞こえるも、まるで自分の足が棒にでもなってしまったかのように動かない。ここから今すぐにでも逃げないと美琴ねぇに自分がここにいることがばれてしまう。恐らく兵士も合わせて俺を探していることから考えれば勇者をやるなら自分を保護しろとでも言ったのだろう。本当にこの人はどこまで自分の都合に俺を振り回せばいいのだろう。


「ああ、そうだ。あなたもこの人見たことありません?どこかで見たとかそういう情報でいいので」


「えっ……?」


 いつのまに喉がこんなに乾いているのだろう。手の震えを隠すようにギュッと手を握り占めると後ろに立つ勇者の方をゆっくりと振り返った。焦らない、違和感のないように、少なくとも自分である断片を見せない様にふるまってとぶつぶつと心の中で唱えながら。


 見慣れたスマートフォンの画面には結構最近撮られたと思う自分の写真が写しだされていた。車いすに座ってこの写真を撮った本人を見上げている自分の間抜け面がこうやって周りに見せびらかせられているという点においても苦虫をかみつぶしたような心境であったが、ここで問題が一つ。


 自分はこの問いにどうやって答えようということである。


 大前提、自分は嘘がつけないのだ。はぐらかすしかないのだが、どうやってはぐらかすかもまた問題である。さぁ、どうかなぁとごまかすか、それとも首を振るだけで済ませるか、どうしようどうしようと頭の中で会話がぐるぐるとまわっていく。


 どうしてこんなに俺はこの人が生理的に無理になってしまったのかは心当りが多すぎてどうしようもないのだけども、最優先やることだけははっきりさせないといけない。それさえしっかりしておけば……しっかり…ああ、いけない完全にテンパってしまっている。とりあえず時間を稼いて自分が長考してしまっている現状をごまかさねばと、俺はスマートフォンを相手に渡した。


「どうしてこの方を探しているんですか?」


 異世界に来て、勇者と魔王や王様やお姫様がいるような美琴ねぇが好きなファンタジーな世界にきた時まで自分に固執する必要がどこにあるのだろうか。全く持って分からないし分かりたくもない。しかしパッとでて来たからしょうがない。が、そう聞いた瞬間に相手の顔がパアッっと明るくなり、嬉しそうに写真を見つめるから嫌な予感がする。頬を赤らめてまでいる。これはやばい。余計なことを聞いてしまった。


「彼が私にとって大事な人だからです」


 大事な人、が何を意味するかは聞くまでもなかった。


「生きがいなんです。彼と一緒にいるのは」


 マスクをつけていてよかった。今口の端がひきつり過ぎて痙攣を起こしてしまっている。今すぐマスクを脱ぎ捨ててふざけんな俺はお前の事なんて生理的に無理だわ!と殴り飛ばしたいくらいってのに、何をもじもじこの勇者様はしているのか。


「そ、そうですか……」


「だから、ちょっとの情報でもいいんです。彼の事を――――」


「ザムト!ザムト!!」


「ん?」


 彼女が何かを言おうとした瞬間、突然ディアが自分の裾を引っ張りながら会話に割り込んできた。


「どうしたんだい」


「フェリが……洩らしそうって……」


「!!!????」


 顔を赤くして涙目でもじもじしてるフェリを見た瞬間自分の足は慌てて彼女の方に走り出していた。お勘定は払ってあることだけ最低限確認してディアとフェリを脇に抱える。


「すみませんそれどころじゃないので!」


「う、うん。早く行ってあげて」


 軽く会釈をすると俺は店を飛び出しギルドの方へとダッシュをしていた。以前イザラさんに聞いていたのだ。そのあたりの店では厠は貸してくれないから宿のを使うしかない。ギルドまでダッシュで5分。果たして間に合うか。近くの路地裏に入り荷台を足場に踏み切り、壁に足をつけて屋根に飛び乗るとそのまま屋根の上を猛ダッシュし始めた。不法侵入?知らん。洩らしそうな子がいるんだ。


 しかし自分の思ったままに体が動いてくれるこの傀儡という能力はすこぶる便利なものであった。パルクールかフリーランニングの選手かと言わんばかりにぴょんぴょんと屋根をわたっていけるのだ。気が付けばギルドの目立つ色合いの建物はすぐ目の前。少し高く踏み切った俺はたまたま通りかかった荷馬車の屋根をクッションに一回転してギルドの入口の前に降り立つことができた。若干チビ達が目を回している以外は何ら問題ないのではないか。

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