言霊遣い ザムトは勇者に追われて旅に出る(2)

 今は2人とも人の姿で俺とイザラさんが酒を飲んでいる横で朝ごはんにかぶりついていた。今朝はソーセージ数本にパン粥、そして温めたミルク。ぶっちゃけ俺よりもいいものを食っている。2人とも白くてかわいらしいワンピースのような服の上からファーの付いた水色の外套を羽織っている。羽を邪魔しない様に腰の部分でわかれている服を選んでみたが、そのチョイスは正解だったようだった。ご飯を食べながらパタパタと動く翼はいつみても可愛い。


 靴も底のしっかりした子供用の布靴で、今は背の高い椅子の上に座っているのもありぶんぶんと机の下で足と尻尾を振り回しているのであった。新しい服に子供用のナイフ、そして2人の角に可愛いリボン飾りなどつけてあげているのもありものすごくご機嫌であった。


「幼竜が人族にこんなになついているのを初めて見たわ……」


「買った時に同じことを言われましたけども、まあこんな状態です」


 始め少し気負っていたのか少し難しそうな口調を心がけていたディアにいたっては完全に甘える子供のそれである。警戒心ゼロ。どうしてこんなにもなついてくれたのか分からないがこれが冥王云々のおかげなのだろうか。それか俺の人柄を見た結果なのかは定かではない。


「あと、こんなに幼いのに人型になれるのは珍しいのよ?普通は200歳とかその段階でやっと人型になれるようになるほどの魔力を手に入れるとか………」


「本人たちからもそう聞きましたけども………俺自身心当たりもないんですよね。したと言えば名前付けてあげたくらいで」


「うーん、名前をつけただけでこれほどまでに影響が出るものなのかしら………勇者のスキルとかなのかしら。面白いわね」


「朝起きたら女の子になっててびっくりしましたけどね」


 キャベツのような葉野菜のコールスローをつつきながら俺はちらりと横でおいしいおいしいと朝ごはんを食べる2人を見やった。俺も同じものにすれば良かったと後悔しても時遅し。この見た目コールスローを食べるまでは日本で食べたそれをイメージしていたのが、やけに水っぽいは酢だけが舌と喉に突き刺さって噎せそうになるわ、野菜も繊維までぶちのめしてしまったのか野菜だったもの、今は柔らかい何かになってしまっていて、まあものすごくまずい。この世界でこれだけまずいものを初めて食べたというくらいまずい。


「ディア、これ食ってみるか」


「美味しいの?」


「………食ってみ?」


 この水っぽくですっぱい野菜だったものをほんの少しだけ取ってやって、入れてくれとばかりに大きく広げた口の中に放り込んでみた。が、途端に口をへの字にするからもう思わず笑ってしまった。


「やっぱりまずかったか」


 うんうんとものすごい勢いで顔を上下させる彼女が飲み込んだのを確認したあとに、詫びと言わんばかりにポケットに入っていたチョコレートをあげた。もちろん俺のスキルで出てきたものである。


「!!!!!!これはおいしい!おいしいぞ!あまい!んー、ほあー」


「あっ、ざむぅ。フェリも」


 ほっぺたに手を当てて至福顔のディアの目の前でチョコレートの小包をほどき、控えめに開かれた口に一粒放り込んでみた。目から鱗がガチで落ちるものとは思っていなかった。ポロッと鱗が落ちたかとおもえば目を大きく見開き、口の中でころころと転がしながらその甘味を満面の笑みで堪能するフェリ。その姿を見て興味を持ったらしく、イザラも俺の手の中にあるそれをじーっと見てきた。



「ん?少年。それはなんだい?」


「チョコレートっていう俺の世界の菓子ですね。大人から子供まで大人気で、これ一粒でもかなり栄養価が高いので雪山とか登山する方々の非常食にされてたりもしますね。イザラさんも食べてみます?」


「少年の世界のものってことは貴重じゃないのかい?」


「少なくとも俺にとっては貴重ではないですね」


 出し放題だしなぁと思いつつ、包み紙ごとイザラさんに何個か渡してあげた。一粒をつまみ上げてその黒い粒を色々な角度で見たのちに少しかじってみる。そうそれが見たこともないものを食べるときの大人の対応である。それに比べてこの子たちの大口でなんでもかぶりついていくスタイルはどうにかならないものか。毒だったらどうするのだろうか。まったく。その辺りも後々教えて行かねばならない。


「あら、美味しいわね。これだけの砂糖が入っているとなるとこの世界じゃ高級品の類になりそうね」


「あー……じゃあ金に困ったらこれを売る仕事でも始めようと思います」


 元手がただという強みもあるから波に乗ったらこのチビ達を毎日お腹いっぱい食べさせてあげられるくらいは稼げる自信はあった。無理やり売りつけるための加護もあるし。


「しかし、少年?ひとつ聞いてもいいかい?」


 心行くまでチョコを堪能し、満足げに乳酒をぐびぐびとやっているイザラさんが唐突にそう言った。


「旅に出るつもりだと君は言っていたが、この子たちを連れてどこまで行くつもりなんだ。目的は?そしてこの子たちをどうするつもりだい?」


「この間、俺に遺言を託した竜がいたんです。まずはその遺言を伝える相手を探すために竜族がいる場所に向かおうと思ってます。あの竜は聖竜の里にいる、と言ってましたのでそこが目的地ですね。あと俺は人族なので歓迎はされないでしょうがこの子たちは竜族ですので、この子たちを竜としてしっかりした教育を受けさせれたらなぁとは思ってますね」


 最優先としてはザムトさんの遺言を伝える相手に遺言を伝える事である。まあそれが一番の最難関で、さらっと対象を魔王とかいっていたから、まあ俺はどのみち勇者としてではないものの魔王というものに縁無きままではいられないようであった。そして、そこで遺言を伝えたという小さな恩を利用してこの子たちに竜族としての生き方を教えるすべを得る手立てをもらうつもりであった。如何せんこのままではどう頑張っても人族の子供のような育ち方しかしないのは言うまでもないのだ。


 まだ自分が父親になったとは認めたくはないものの、保護者としては最低限やるべきことは果たすつもりではある。


「りゅ、竜族の里はものすごく遠いのよ?」


「でも名前をくださった竜との約束なので」


 本当に無理難題を押し付けてくれたと思っている。だけども距離を理由に諦めるつもりはなかった。まあ戦時中であるとのことなので、殺されない様にだけは注意しないとはいけないだろうけども、まあその時にならないとそれは分からないだろうし今から何かを考えていたとしてもそれは無駄以外のなにものでもないだろう。



「少年は器用貧乏ってよく言われないかい?」


「あはは。よく言われます」



「しかし、あれだね。もし旅に出るなら急いだ方がいいかもしれないね」


「どうしてですか?」


「王城の隣の区格でなんだけども、兵士が少年らしき背格好の人族を探してたんだよ」


「!!!」


 今更やっぱりもう1人の勇者が必要になった?それとも祝福を1部見られているから危険分子として?それは定かでは無い。でも1度自由にしてからまた探している理由があれやこれやと浮かんできてしまう。


 そして、何よりも今王城に入ったらこの子達の事やザムトさんの遺言が果たせないばかりか、魔族や竜族と戦わされる事になる。戦うのすら嫌なのにそれも竜族というものを知ってしまった今では敵前逃亡するまである。つまりは無茶苦茶嫌である。


「旅に出にくくなるんじゃないかと思ってね」


「むしろ関わりたくないですね………もう追い出された身ですし、どこかのド田舎で家でも買ってこの子達とのんびり過ごしたいくらいですのに戦争云々とか言われてもなぁっていう」


 そう語る俺になんか呼んだと言わんばかりに2人がこちらを同時に見てきた。また美味しいものでも求められているのだろうか。お煎餅をふたつに割ってそれぞれの口に放り込んでおくとしよう?


「…………少年、ちょっと金貨1枚寄越しなよ」


「ん?お煎餅です?」


「いや、金貨。おせんべーとやらも欲しいけども………そうね……1時間ってところね。1時間の間にこの子達の旅支度を買ってきてあげる。その間にあなたは食料品と消耗品を買い込んでらっしゃい」


 そういうと彼女は紙に必要なものを何個か書き出し。どこが易いだのなんなのをつらつらと書き連ねてくれる。


「あと必ず外に出る時は2人とも人の姿で。子連れと言うだけで素性を隠してくれるわ。あなたはあの全身黒づくめでなるだけ目立たないように」


「は、はいっ!」


 ビシッと指をさして指導されてしまえば思わず背を正して返事をしてしまう。どうして彼女がそんな気になったのかは分からないけども、俺は突然の申し出を有難くお受けすることにした。帰ってきたら金貨事持ち逃げーってのも考えたが、まぁ彼女なら大丈夫じゃないかなと不思議な安心感があった。どうしてなのかは分からないけども、このギルドの人ですら2人のことを嫌そうな目で見るというのに、2人のことをとても優しい、まるで近所の子供を見守るように暖かく見つめている。その視線を信じてみようとおもったのかもしれない。


 金貨を渡したイザラさんを見送った後、俺をまだおせんべいをボリボリやっている2人の食器を片付けて、早速買い出しにむかった。ちなみにこの世界では1時間は100分。時間的猶予はあまり無い。


「ザムゥ、何買ってるの?」


「2人用の羊の乳だよ」


「ザムト!あれ食べたい!!」


「はいはい。お姉さんそのテクテケの尻尾の串焼き20本ちょうだい」


 その10分後。溢れる人、溢れるものに目をまん丸にして楽しんでいる2人を両脇に抱えつつ、市場をダッシュで駆け抜けている自分がいた。傍から見れば人攫いスタイル。本当はゆっくりと色々と見せてやりたいばかりなのだけども事情が事情だ。のんびり回っている暇はないのだ。すまん2人!と心の中で謝りながら必要そうなものを金と自己空間にものを言わせて買い漁って言った。


 旅先で洋服とかおもちゃがあったら買ってやろうと心に決めつつ走る走る走る。ここで勇者とやらの補正のおかげかどれだけ両脇に重しを抱えていても息すら切れないのは流石であった。大学の時にこんなことをしたら5分で酸欠で倒れかねない。


 とりあえずメモの品物をダッシュで買いに走る事さらに30分、何とかメモの品物を買うことができたのだった。なかなかに人の多い中で俺は結構頑張った方なのではないだろうか。


 寄合馬車の国境の街に行く分のチケットも1人分買った。え?二人の分?竜の姿でケープに潜む!との2人の申し出を有難く受けることにした。


「飯は沢山買ったな。あとは薬草とか傷薬を追加で買って……あとは………欲しいもの何かあるか?」


「ディア武器欲しい!」


「フェリもぉ……」


 流石に幼い2人には戦わせられないが、確かに身を守るものというのはあった方が良いだろう。小さなナイフだけでも違うと言ったものである。言うて俺も使った事の無い杖しか持っていないのだもの。お互い様だ。


「じゃあ武器屋行ってさっさとギルドに戻るか」


「うん!」

 

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