言霊遣い ザムトは勇者に追われて旅に出る(1)

 それは夢だった。いや、夢であったら良かった。


 いきなり異世界に呼ばれて、あなたが勇者で魔王を倒してくれって頼まれた癖に、次の瞬間にやっぱりいらねぇやとクーリングオフを食らう。なんか祝福とか言いながらよくよく見たら呪いでしかないものを3つも貰うし。まぁしょうがないからこの世界で生きていくか、街にも居づらいから旅の準備とかしていたら、まさかのまさか。世界で1番と言っても過言でないほどに嫌いな幼なじみが勇者様で、俺はと言うと竜に襲われ、竜を買い。そして竜の子供が出来て?


 夢にしてはやけに内容が濃いし、理不尽なことまるけで自分でも笑うしかなかった程だったそれが夢であったらならどれだけ良かっただろうか。目が覚めたら日本の自分の下宿先のベッドの上であったなら、不思議な夢だっなぁと笑っていられたのになぁ、と思う。


「ザム………起き………ざむぉ」


「ど、どうし……うう」


 だけども現実はそうは行かない。ほら、今だってディアの声が聞こえて自分の頬をぺちぺちと叩いているし、フェリのオロオロとした感じの声と一緒に俺の腕を掴む感触までしてくる。


 このまま起きずに狸寝入りを決め込んだらどうなるのだろうかと少しばかりイタズラ心が芽生えて来るも、噛まれたり火を吐いたりされてはこちらが困ってしまう。大人しく目を覚ます事にし…………目を覚ま…………えっ?



「ザムト!起きてよぉ………どうしよう…………」



 どうやらまだ夢の中にいたようだ。俺は二度寝を決め込んた。



「夢じゃないよ!!ザームートォ!」


「ど、どうなってるんだろ………私……私…………」



 渋々目を開いた俺の目の前にいたのは………うん。いけない、現実を見なければならない。目の前にいたのは1枚の毛布で仲良く身をくるんだ2人の裸の幼女だった。


「うわぁ」


 本当にそれしか言えなかった。誰が目が覚めたら自分の目の前に裸の幼女が涙目でモジモジしているだなんて予想が付けられる。少なくとも俺には無理だ。予想外すぎる。


 歳の頃とかはパッと見で判断できないものの、通っていた大学の中にある教育学部併設の幼稚園児達とサイズでいえば同じくらいだろうか。真っ白な肌に綺麗なプラチナのようなふんわりした肩までほどの髪の毛。インナーカラーで金色が入っているあたり、確かにあのチビたちのカラーリングである。


 竜らしいところと言えば肌の所々に鱗があることとか、おでこには龍の時とおなじく宝石があったり、腰の辺りにはシルクのような翼がある事か。いや、よくよくみたら角も生えてるし尻尾もあるな。竜の時のように細くてシュッとしているそれが、毛布の下で不安げに揺れていた。



 大きなオパールのような目は今は涙に濡れていて、フェリに至ってはかなり泣いていたのか目の周りを真っ赤にさせている。当人たちも今この状況がいかにイレギュラーであるのかを物語っているようであった。


「竜族は人の姿に化けられるとか、そういうものなんじゃないのか?」


「た、確かに竜族の大人達はできるけども、私と私はまだできる年齢じゃないしぃ……こんなこと初めてなんだよ!」


 ううむ、どうしたものか。俺自身も混乱しすぎていて一周まわって平常心を保っていた。特に動揺することも無く、万が一にでも性的な感情を持つことも無く、淡々と自己空間から肌着を2枚取り出して、はい、バンザイして!と2人に着せていった。ちなみにバンザイは通じなかった。当たり前か。


「いつからそうなってたんだ?」


「私は起きたらこうなってた」


「わ、私も……です………」


 つまりは寝ている間に発育があったと考えるべきか否か。その大人の竜とやらの年齢を聞いてみれば200歳!と元気に答えてくれたので突然の成長により、という可能性は捨てる事にした。


 そして、人型になってしまったものの、元に戻れない。どうしたものかとこまってしまった、と。そしてまだ明け方にもかかわらず俺をたたき起こしたという訳だった。




 まずは落ち着かせなければと俺は自己空間から昨日の残りのミルクとコップを引っ張り出した。そしてそれを簡単に暖めるとそれを2人の手に握らせて俺はその横に胡座で床に座り込んだ。


「2人ともおいで。身体も冷えているだろう?暖炉で暖まろう」


 室内とはいえ窓の隙間から入ってくる朝方の風は冷たい。鱗に囲まれていた今までならともかくとして今は素肌である。寒いだろうに。おずおずと自分の太ももに腰を下ろしたのを見てから自分事毛布で2人を包んでやった。ひんやりとした触感が太ももや胸、2人を暖めようと抱きしめている手から伝わってくる。


「寒かったろうに。直ぐに起きなくてごめんな」


「さ、寒くはなかったよ!竜だもの」


「そうかそうか」


「で。でも今こうやってあっためて貰うのは嫌じゃない……かも」


 顔を赤らめてそう言うディアと、それにウンウンと頷くフェリの頭を撫でながら、自分が本当に父親のような事をやっているなぁと少し遠い目をしていたのは内緒だ。昔家族でキャンプをした時に姉と2人でこうやって父親にしてもらったのだ。


「ホットミルクが冷める前に飲みな」


「ほっと?」


「温かいものの事をホットって言うんだよ。怖い夢を見たり寝れない時はこうやって俺も親にホットミルクを入れてもらってね、暖まったり、のんびりしたりしたんだよ」


 そして今のフェリのように油断して舌を火傷する、と。ううう、と呻き声をあげるフェリをあははと笑いながら頭をポンポンと叩いた。


「ザムトにも親が居るのか?」


「もちろんいるさ」


「今も元気なのか?」


 思わず手が止まった。どうしたものか。こういう時だ。こういう時に俺のこれは困るのだ


「……………俺が子供の時に死んだよ」


 ピタリと2人のしっぽの揺れが止まってしまうのが若干申し訳なくなった。別に気にして欲しいわけじゃないしもうじぶんとしめも15年近く前の話なのだから、わざわざ蒸し返す必要もない。なのにこれである。どれだけ便利でもやはりこれは俺にとって呪いでしかない。


「でも、俺はもうそれを気にしてないからさ、2人ともそんな悲しそうにしないで欲しいな」


「そっか………でも、死んでも冥界で魂が綺麗になって、また新しい命になって生まれてくるんだよ。竜族はみんなそう信じてる。だから族長も、ザムトのお父さんもお母さんも今は新しい生を生きてるんだよ」


「2人ともそんな小難しいことよく知ってるな」


「ザムト族長が教えてくれたんだ。ね。私」


「うん。私と私で聞いた……」


「そっかそっか………でもやっぱり2人ともさ、俺よりも長生きして欲しいな」


もう家族が死ぬのは見たくない。その思いは決して口から出ることも今後話すこともないだろう。




 


 それからはちびちびとホットミルクを飲む2人と、そんな2人を抱えながらこれからのことを考えている俺の姿がそこにあった。


 やはりこの子達は竜としての知識がまだ幼い故に少ない。そして俺なんかまずは人族のことすら知らないのにこの子達の親になってしまった。普通こういうものは親が子に伝えるべきであるのにそれが出来ないと言うのは大きな問題だった。


 そうなるとやはりこの2人は本来居るべき場所に居る方が良いのだ。そう思う。2人と分かれるとかそういうもの以前に学ぶ期間などは必ず必要なはず。


「2人のおかげで1つの旅の目的が出来たよ。ありがとう」


 やらないといけないものは合ったが自分からこうしよう!と思ったのはこれが初めてである。


「んー?どうしたのザムト」


「目的があると人間やる気が出るってもんさ。まぁ、まずは2人が元の姿に戻れるようにしないとだね。」


 そして言った。俺は言霊遣いで、言霊遣いが保証したらそれはかなりの確率で本当になるのだよ、と。これが前提条件なのだ。自分の言霊の加護を強化させる口上である。


「フェリとディアなら竜の姿に戻ることができるし、また人の姿にもなれる。絶対大丈夫だ」


「えっ……………」


 突然そういった俺に首を傾げる2人。いきなり何を言うのだ、といった感じだろう。それでもいいからやってみ?と促してみた。どこまで言霊とやらが上手くいくかは半信半疑ではあったが、先程のディアの談によると竜族の大人にはできるらしい。ならば可能性はゼロではない。ゼロではないということは言霊である程度は補佐できるはずである。


 実際の結果も俺の予想に違わないものとなっていた。


 俺に空になったコップを渡し、目をきゅっと瞑ったフェリ。今まで全く出来なかったのに次の瞬間ぼふっという煙が巻き起こり、その煙が収まった頃には昨晩と同じく竜の姿になっていたのだ。


『で、できた!できました!』


 パタパタと嬉しそうに羽をさせているのを見て慌てたようにディアもやってみれば確かに元の姿に戻れたようだった。とりあえず一安心である。


 そしてまたポンっと言う煙と共に人の姿、もとい幼女になって不思議そうに手のひらや足を見ている。多分突然俺も知らない姿になったらこんなリアクションなのだろうなあという見本がそれであった。


「さっきまで出来なかったのに………あれぇ?ザムト何かした?」


「言ったろ。大丈夫だって。俺はそれしかしてないよ」


 


「それで、2人の服とか買ってて見事に約束に遅刻したって訳だね?」


「約束を破るつもりはなかったんです………すみません……すみません……」


「いや、私がこの辺でって言っただけだから気にしないで。君はそれに肯定も否定もしてなかったしね」


 人型になった2人をつれてそこそこ良さげな子供服の専門店に行ったのが運のつき。店員さんとああでもないこうでもない、いやこの服の方が似合う、これはどうだかわいいな。と盛り上がりに盛り上がった結果見事に約束の時間を30分ほどもぶっちぎってしまったのだ。しっかりした口約束もしていないとはいえ、さすがにご迷惑をかけてしまったのは仕方がない。昨日のそれよりも3段階くらいお高い酒を貢ぐことでなんとか許してもらえたのだった。


「ザムト!これ美味しいな!これはなんだ?」


「ソーセージだな。細かく切った肉を腸に詰めて燻製したものだよ」


「……ざむ……」


「ん?ああ、ジャムの瓶があかないのか……はい」


 

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