言霊遣い ザムトは竜を買う(4)

 そしてこんどは自分の番である。この世界だと風呂は街に何個か公衆浴場のようなものがあってそこで入るのが一般的らしい。じゃあそこに行くとき以外はどうするかと言えば井戸で水を汲んで、こうやって桶に張って体を布で拭いたり桶に入って流したりとのことだった。


 もう一度水を汲んできたところでまたお湯にしてっと、自分も風呂に入ろうと着っぱなしだったケープに手をかけたときだった。内側のポケットに何かが入っているのに気が付いたのだ。


「なんだこれ」


 それは飴玉くらいの大きさの真っ青な球だった。このコートを買った時にどこにどんなポケットがあるかを店員さんに聞きながら一つずつ何も入っていないのを確認して言ったから、その時は持ってなかったはずである。


『んー?それは竜の核かな?うーんでもそれにしては小さい』


「竜の核?」


『竜の喉の奥にあって、竜の魔力や命の源なんだぞ』


「ほー……としてもザムトさんの大きさに対して小さいよなぁ………」


「でも、すごい強い何かだよ?見てるだけで首のところの鱗がぶわっとするもの」


 多分、これが渡したかったものなのだろう。むしろそれ以外に心当たりが無さすぎる。ザムトさんはこれを渡すために自分に襲いかかったとしか思えない。少し大きな飴玉サイズで触ってみた感じ硬質、臭いもなし。まあ頑張れば飲み込めないこともない……けどもほんとそんなものを食えとあの人は言うのだろうか。


 簡単に何があったのかを2人に説明するとうんうんとおしゃべりな方が頷いた。


『族長がそう言ったってことはザムトはそれを食べないといけないということだな』


「だよなぁ……生の心臓をはいって渡されないだけまだましってものなのかなぁって思うけども……でもそんな

不明なもの大丈夫なものなのか?」


 食った瞬間に死んで冒険は終わってしまった!とかは勘弁過ぎる。


『知らない』


「まあ俺自身この能力試したこともないし、ほかの何かで試した後のほうがいいだろうなぁ」


 もし経験値不足とかで何も得ることができませんでしたとかあった時に替えが聞かなさすぎる。折角名前をくれたり貴重な核を俺にくれたりといろいろしてくれたのだ。その思いは大切にしたい。なくすわけにもいかないので大事に小さな皮袋に入れて空間に閉まっておく……のもなんだ。袋の口をこれでもかとしっかりと皮紐で結んで首から下げて置くことにした。チビたちいわく腐るものでもないらしいし。そして見守っていてほしいという気持ちも込めて。


『しかしお前、族長の名前もらえてよかったな。すごく古くからある言葉で力もあるんだぞ』


「ザムトさんもそう言ってたなぁ……ありがたいことで」



 ってそうだ、俺はまだこの2人の名前を聞いていない。そう思って二人のステータスを見ようとしたのだが……なんとこの子たちも名前の欄が空白のままであった。


「なぁ、2人とも名前は?」


『ないよ?竜は生まれてから親に名前を付けてもらうのだけども、私と私は卵で人族に攫われたから名前は付けてもらってない』


「一緒に捕まってた竜たちはつけてくれたりしなかったのかい?ザムトさんとかとも認識あるんだろう?」


 あの竜、瞬間で名前つけてくれたぞ。まあ自分の名前名乗れって言ってたから名づけとはまた違うのだけども。


『族長は自分が親と認める奴につけてもらえってー』


「なるほど……じゃあ2人の事当分は何かあだ名か何かで呼ぶしかないなぁ」


 ないならしょうがない。そしてそういうものなのだとしたら俺は親でもないから勝手につけるわけにもいかない。しかしあだ名でも悩むものである。が、それ所じゃなくなる提案を無口な方のちみっこから言われてしまった。ピィ、と。


『ああ、いいねいいねそうしよう』


「ん?」


『私がね、自分たちは父親も母親も知らないから、ザムトが親になって名前つけてよ。だってさ』


 は?マジで言ってる?素面?と思わず口から漏れ出るところだった。いけないいけない。とりあえず落ち着くために息を吸って、吐いて。よし、こちらをキラキラとした目で見つめているチビ達の方をみた。まだ結婚する前から子供が、それも人間ですらないものができそうになっている。それはいけない。


「まだ俺と二人が出会って一日も立ってないのに気が早くないか?それに俺がどんな人族なのかもわからないだろ。2人は人族に攫われたってのに信頼しすぎちゃないかい」


 ピィピィ、ピピピ、ピィ。


『だって、ザムト。ずっと私と私のこと大事にしてくれるもん。もしこれで騙されてたら本望だよ。だってさ』


 やばい純粋な視線がとても痛い。そして視線に負けそうになっている自分がいる。これは危ないぞ。


「もう一人の君はどう思うのさ」


『私は族長と私と私の目を信じるかな』


 あっ、ダメだ。拒否権がないヤツだ。でも弱音を吐いたり何か言い訳をすれば何が引っかかるかも分かった物ではない。何かを話すたびに少し考えてからしか話せないせいでこの焦りが強制的に抑えられるし、もうどうしたものだか……いや、もうどうにもなりようはないのか。


「2人は攫われたって言ってたから、本当のお父さんとお母さんを探してそのあとでもいいんだよ?」


『はーやーくーなーまーえー』


 そして聞く耳も持ってくれない。辛い。


「わかった。じゃあ俺が2人の名前を付けさせてもらうってことでいいのかい?」


ピィ。


「うん、お母さん。だってお母さん」


「……ごめん、俺は男だし、お父さんって歳じゃないからせめて名前で呼んでくれないか……」



――――


称号が追加されました

《双子竜の父親》


――――


 衝動的に俺は分析画面を閉じたのは言うまでもない。





 そして。


「ディフェリア」


『ん?』


「ディフェリアでどうかなって」


 ディフェリア、サンカヨウと呼ばれる植物の英名である。白く可愛らしい花を咲かせる高山植物で、その花弁は濡れると綺麗に透けて美しく、そして儚げな姿を見せてくれる。たまたまネットでそれを知って詳しく調べていたのだけども、その美しい透けた姿が2人の翼が先ほど見せてくれた姿に良く似ていて思い出したのだ。


「俺のすごく好きな花で、小さくて白くて可愛い花を咲かせるんだ。この花は一本の茎からこう、二つの葉が付いたり、濡れると綺麗に透ける花弁といい、丁度2人にいいかなって」


 ちなみに花言葉は清楚な人、親愛の情、幸せ、自由奔放。まさにこのチビ達である。まさかこんな所でウェブというものが無いことの不便さを思い知ることになろうとは思ってもみなかった。そして、こんなに悩んだのは高校の時の進路くらいに悩んだ末に手帳の隅にメモしていたそれに救われた。


「だから此花の名前からとって、君がディア。で、もう一人がフェリ。2人合わせてディフェリアでどうかなって」


 名前を口にした瞬間にふわっと2人が光りはじめた。その光はすぐに収まったものの、まるでそれは自分が名前をもらった時の様で、その名前がこの世界に登録されてしまったのだろうなぁと俺は感じた。


『ディア……私の名前はディア。ものすごく気に入ったぞ!』


『わ、私も気に入った……あれ?私も話せるようになって、る』


 やったーと二匹がひゅんひゅんと飛び回っているのはとても微笑ましい。活発な方がディア、引っ込み思案な方がフェリ。しっかりと覚えておかないといけない……忘れそうだとは言えないし間違えた瞬間に怒られること間違いなしだ。


 と。ここで俺はしっかりと彼女たちのステータス画面を見ておくべきだった。明日の朝には完全に油断していて確認していなかったことをものすごーく後悔することになるのだが……。この時の俺はまだ知らなかった。そして理解していなかった。竜族というものについて。そして、自分が名づけたという意味を。


 明日の朝起きる騒動の事など知らずにそのあと俺は風呂に入り、包帯を巻き直し、そしてものすごく硬い布団がどうにかならないかと四苦八苦して、床についたのであった。


「おやすみ2人とも」


『おやすみザムト』


『お、おやすみなさい……です』


 枕元で2匹で抱き合うようにしている2人を横目に俺は慌ただしい異世界生活1日目を終えた。

 







「大変です魔王様!」


 ここは同じ街。そして同じ時間。人族が眠りに着いた後は魔族の時間であると言わんばかりにその部屋には沢山の魔族が慌ただしく右往左往していた。


 そして、その真ん中で椅子に足を組んでいるその人に、1人の黒づくめの伝令が走りよってきたのだった。


「ここでその名前で呼ばないでくれる?それでどうしたの」


「それが………ザムト様がご逝去なされたのが確認出来ました………」


 その言葉にその場にいたもの達は皆伝令の男の方をバッと振り返った。その様子に伝令役はひいっと声を漏らしたものの、誰の前にいるかを思い出し背筋を伸ばした。


 昼間、とある騒動が起きて死んだとされていたのは魔王と言われたそれも把握はしていた。が、改めて確定事項として伝えられるとまた来るものがあった。


「掟に従い運命を全うされたのでしょうね。古より彼の地を守り続けた竜の誇り高き一生に黙祷を」


 少しの間その部屋にいた全てのものが大地に向かって祈る。それはとても静かな一時であり、その死を皆が心から悼んでいた。


「しかし、ザムトの爺様はまだピンピンして100年でも生きていそうなくらい元気だったから後回しにしていたのにこんなことになるならあの時に街全てを吹き飛ばしてでも助け出しておけば良かったわ。そうなれば全面戦争だったでしょうけども」


「そうなされても我らは喜んで突き進みましたでしょう」


「そうね。それが竜というものよ。でも、あの時あの場に知り合いの人族がいたのよね………ううん。まぁ。過去を悔やんでも仕方ないわ。捕虜として、奴隷として売られた、引き取られた竜の残りの居場所を今晩中に洗い出しなさい。これは魔王からの命令よ」


「はいっ!イザラ様!」


 

 イザラ、そう呼ばれた彼女は伝令を見送るとふぅ、とため息を着いた。


「今日は逆に少年にお金を払って愚痴でも聞いてもらおうかしら………」


 やってらんないわ、とボヤく彼女の脳裏には朝にであった人族に必要とされつつも見捨てられた1人の人族の姿があった。明日の朝も会う約束をしていたなぁ、とその時を少しばかり楽しみにしてもいた。今度は何を愚痴られるのだろうかと今から口元をニンマリと歪ませていたその時、先程とは別の魔族が、そっと足元に膝まづいた。


「イザラ様、その少年とお呼びされている勇者について1つお耳に入れて欲しいことがございまして……」


「んー?あの少年がどうしたって?」


 やってきた伝令がごにょごにょとその耳にそっと囁く………と、同時にイザラが声高く笑い始めたのだった。さぞおかしいと言わんばかりに、腹を抱えて、身をよじらせて、涙を浮かべて。


「あはははは、本当に君ってのは面白いねぇ少年。ザムトの爺様が名前をやって?そして竜も買ったって!?あはははは。あーもう、なんだよぉ。あー、明日の朝が楽しみだ」


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