言霊遣い ザムトは竜を買う(3)

「驚かせてごめんね」


 そう言って面当てもフードも脱ぐと、なんだよびっくりさせやがってと言わんばかりに2匹がおずおずと近寄ってきた。こういう所は近所にいた猫と余り変わらないように思う。だけども先ほどのザムトとのやり取りでわかっていることがある。言葉が通じるかもしれないということだ。幼竜と言っていたからそれも定かではないのだけども、まあ試してみる価値はあるだろう。


「突然だけども君たちで選んでほしい。一つはこのままここにいること。2人離れ離れになるかもしれないしこのまま殺されるかもしれないけども、少なくとも今まで通りだ」


 指を一本出してそっと檻に近づけた。


「そしてもう1つは2人一緒に俺についてくること。近いうちに旅に出ようと思うんだ。初めての旅だから何があるかわからないし、もしかしたら危ない目に合うかも知れない。でも間違いなく俺は君たち二人の間を引き裂かないと約束する」


 そしてもう一本、檻のそばに人差し指を沿える。


「2人で相談してもいいよ。選んで?」


 生まれて1年も満たない竜に強いるものでもないと思う。でも先ほどのザムトは竜の掟とかいろいろと言っていたし、もしこの子たちにもそう言った心情があってそれを捻じ曲げてまで助かりたくはないというならそれを止めるすべは俺には無い。


 二匹は顔を見合せたと思うと何かを話合っているように口元を動かしていた。まあ俺にはピィとかピピピピとかピヨという可愛らしい小鳥のような声しか聞こえないのだけども、その様子を思わず動画に保存しておきたいほどにはかわいらしい光景であった。


 三分ほどそれを眺めていたが、二匹の内の一匹がじりじりとこちらに寄ってきてこちらを見上げてくる。と、頭の宝石が光ったと思えば小さな、とても小さな声が聞こえてきたのだった。


『本当に、私と私を引き離さないんだな?』


「ああ。約束する。俺は言霊遣いだから嘘はつかない」


 というか嘘を付いたら俺が死にかねない。それは俺もできる限り避けたい。そう正直に言ってみればなんだこいつと言わんばかりに首を傾げられたが、そのやり取りで腹をくくったそれは片方の指に触れこういった。


『わかった。私と私はお前についていく』


 と。


「ちなみにそれお前逆の指だぞ……いっったぁ!お前照れ隠しに噛むな!」



 


 というわけで今、宿の俺の部屋の机の上にはちょこーんと鳥かごが一つ。そしてその中には竜が二匹いるというわけだ。ちなみにケガを負わされたということを言いふらさないということと、怪我の詫びという名目もあり、一匹銀貨8枚だったところを5枚に、2人合わせて金貨1枚で二匹をお買い上げとなった。


 言霊を値切り交渉に使いまくる俺の背中に二匹の視線が突き刺さっていたようだが、そんなもの金を払うのは俺なのだから文句を言うものではない。それに奴隷にする上で何かしらの術とかのための手続きの料金や二匹のための食糧なども買い込む必要もあった。安く済むならそちらをより質の良いものを選べるから勘弁してほしいところである。


「何か下に行って飯調達してくるけども2人とも何食いたい?」


『肉!』


「生か調理済みか」


『調理済み!』


「へいへい」


 この子たちを飼うのに必要な物資の買い物の間に少し打ち解けてくれたのか知らないが、片方の元気のいい方はかなり俺と話すようになってくれた。下の階で大きな肉に香辛料を付けてローストしたものを塊で、あと俺用にジャガイモらしい緑色の芋を蒸かしたものと葉物の塩ゆで、そしてミルクと酒を買い、自己空間に閉まってさっさと戻った時には、2人が仲良さそうにピィピィと会話をしていたのが少しばかりほほえましかった。


「飯買ってきたぞー」


『何も持ってないじゃないか』


 嘘つきか?嘘つきだな?と頭の中で可愛らしい声がやいのやいの言っているが、嘘はついていないとばかりに空間から料理を出してやればピタッとそれも止んだ。やめてくれ、その嘘というワードには恐らくこの国で一番敏感に反応してしまう人間なのだ。一瞬身構えてしまう。


 しかし酒場の人から聞いたところによると、あの空間というのは時間の流れがいささかおかしく、作りたての料理などをぶち込んでおけば冷めず入れたままの状態を保持するとのことである。同じ要領で考えれば食糧や水などもこの街で買いこめるだけ買い込むのが吉。明日の予定がさっそく決まってしまった。食い倒れである。


「その籠から出すけども、暴れたりもの壊したりするなよ」


『わかった約束する』


 その小さな口からだらーっと涎を垂らしながらそういうものだからついつい笑ってしまった。


「もう一人は?」


 ピィと可愛らしい鳴いたのは合意なのだろうか。もう一匹の方をじっと見てみればうんうんとうなづくから間違いないようである。


『もう一人の私はまだお前と話せないんだ許せ』


「許すもなにも、できる事できない事がそれぞれあるのは当然だろ?はい、どうぞ」


 籠から出た瞬間あばれたらどうしようかと思ったがそれも杞憂だったようで、恐る恐る籠から顔をのぞかせておずおず二匹とも出てきた。バッと翼を広げたと思えばゆっくりと料理に近寄ってくる。食べにくいだろうと首についていた枷も外してやると嬉しそうにしていたから、やはりあの枷は動きにくかったのだろうなぁと思う。



「今喰いやすいサイズに切り分けてるから待ってろよー」


『サイズ?』


「……大きさ」


 さらっと日本の言葉が出てくるのも何とかしないといけない。下の階から借りてきたナイフで肉をチビ達が食べやすいように小さく賽の目に切り分けて、さらにそれをさらに少しずつ盛り付けてやった。その隣には牛乳を入れた小皿を添えてあげてと。


「お待たせ。どうぞ」


 それぞれの皿から小さな肉の欠片を頂戴してつまみぐいをしてみれば、なかなかにうまい。若干獣臭さは残っているものの、それを消すために刷り込んであるスパイスの少し辛いそれがまた食欲をそそる。


「これうまいな……買ってきたミルクも普通にうまいし」


 俺が自分達の皿から直接食べたのを見て2人ともおずおずと一口ずつつまみ始める。そして美味しかったらしく羽根をパタパタさせつつ、尻尾をぶんぶんと振り回しながらあぐあぐと次々と食べていくのはとてもほほえましかった。自分はと言えば肉をつつきつつ芋や野菜を食べ進めつつ、二人の事を改めてしっかりと見てみることにした。


 胴体の大きさは小犬くらいの大きさでほっそりとした胴体と同じくらいの長さのほっそりとした尻尾、そしてまた同じくらいの長さの首がひゅっと胴体から伸びている。そしてそれに対して翼膜の付いた大きな翼が二枚ついていて、先ほどの籠だと満足に広げられなかったようで今は二匹とものびのびと羽を広げている。


 双子の竜と言っていただけ合って二匹ともそっくりで、とてもきれいなプラチナでできているかのような光沢のある鱗に身を包んでおり、翼だけすこし金色みががかっているようだった。小さな頭の後頭部からは小さなツノとおでこにオパールのような丸い石がついている。その様子はまるで芸術品のような美しさといっても過言ではないだろう。あえて二匹の違ったところをあげるとすれば、後頭部のツノが二匹とも左右で色が違うのだけども、よくしゃべる方が右角が銀色、左角が金色。無口なほうがその逆であることだろうか。いや、よくよく見れば目の色も反対になっている。


『なんだ、じろじろ見て』


「いやなぁ……二人ともすっげえ綺麗だなぁって思ってさ」


 思いがけず褒められたのがきたのか、ピィッと鳴いてその子は翼に顔を隠す様子を見るとますます可愛く思えてくる。ああ、これが親ばかという奴なのだろうか。無口な方もそっと顔をそむけて翼をパタパタさせている。


『そ、そんなことよりもお前が食ってるそれはなんだ』


「ん?ああ、真芋を塩ゆでしてマッシュ……潰した奴だよ。肉にそえるとうまいんだが……食ってみる?」


 うんうん、と頷くのを見て芋と、茹で野菜も横にそえてやった。そしてそれらもおいしそうにもちゃもちゃと食べている。よっぽどうまいものを食べていなかったのか、無口な方にいたっては小さい目からぽろぽろと涙を流しながら食べていて、俺は心の中でこいつらに美味しいものをたくさん食べさせてやろうと心に誓った。



 400gもあろう肉の半分と、小皿一杯のミルク、そして俺のつついていた芋や野菜を満足げに食べきった2人。よっぽど満足したのか俺が床に敷いてやった毛布の上に羽や尻尾を広げてうとうととし始めた。パッと見干物である。いや、このまま天日干ししたら干物ができそうである。が、そんな体勢になってしまったから俺は気が付いてしまうもので、ずっとあの籠の中にいたのもあるのであろう。折角の綺麗な体に多少の汚れが散見された。


「なあ……相談があるんだが」


『なんだ』


「お前ら、洗ってもいい?」


『えっ……そんなに私と私は汚いか?』


「汚いし、そんなに綺麗で美しいのに汚れたままなのが個人的に許せない」


 それほど綺麗好きというわけではないけども、さすがにこればかりは譲れない。自分よりもむしろこの子たちを綺麗にしてやりたいという欲求のままに俺は井戸へとダッシュ。水を汲んでくると部屋に置いてあった大きな桶にそれを張った。


「43度の暖かいお湯になれ」


 言霊の無駄遣いをしてみたが案外うまくいった。お湯に竜の干物をぶち込むと街で買った石鹸の代わりらしい木のみを潰して泡立てて干物の洗浄をすると出るわ出るわ。こんなに汚れてたのかお前らと思わず漏らすくらいには汚れとあと古い鱗などなどがぽろぽろと落ちてくる。小指の爪ほどの大きさだが部屋の明かりをキラキラと反射する様子はとても美しかった。


「この鱗売ったら金になるかな」


『あの商人は丁寧に集めてたぞ』


「だよなぁ……明日これ売って、またうまいもん買ってみんなで食うのはどうよ」


『いいぞ!むしろそうしよう』


 泡の塊になったのに綺麗なお湯をかけてやり、泡や汚れをすすぐとそのまま風邪をひくのか引かないのかはともかくとしてお湯を布で綺麗に拭ってやった。まずはおしゃべが達者な方。そしてそれが終われば無口な方である。が、少しすすすと自分の手から逃げるように泡の塊が逃げていく。


 ピィ。


「何って?」


『恥ずかしいって』


「今更今更」


 嫌がる泡の塊にお湯をかけて同じようにわしわしわしと布で乾かしてやれば同じように毛布の上に置いてやった。通訳によるとひどいと若干凹んでいるようではあったがそんなこと知ったこっちゃない。


 しかし、濡れるとこの子達の翼膜の部分はキラキラと光を反射しつつも透き通って見える。ますます神秘的な生き物であるのは間違いなかった。


 


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