言霊遣い ザムトは竜を買う(2)

 

 生意気にもそう言ってみたものの、内心怒られるんじゃないかとビクビクしていたのは秘密である。いかに戒められていたとしてもあんな細い鎖と格子なんてバリーンガシャーンと瞬間で何とかできるに違いない。そして自分なんてぷちっである。しかしコートの下でダラダラと冷や汗をかいている自分に降り注いできたのは雷の落ちるような轟音だった。それが彼の笑い声だと気が付くまでにすこし時間がかかってしまった。


『あっ、はっはっは!!そうかそうか。そうさな、お前は人族だ。間違いない。例え冥王の祝福を受けているとしてもな。では一つだけ、生き行く人族であるお前に言伝を頼みたい。死にゆく老いぼれの遺言だ』


 はい。


『聖竜の長である敬愛なる魔王陛下に。深き地を守りし誇り高き竜の一族が長、ザムトは最後まで一族のために、そしてかの地を守るために戦い、散ったと。この魂は冥界に、そしてこの身は母なる大地にて新しき命を芽吹かせましょう。来世でもまたあなた様と肩を並べて戦えることを祈っております。そう、伝えてくれ』


 わかりました。俺にできるかわかりませんが。


『言霊を扱うのであればはい、できますというものじゃぞ。はっはっは。最後に面白い人族に合えた思い出を冥界への土産に持っていこう。主の名前は……………ん?なんだ、無いではないか』


 一応名前はあるのだけども何故か表示されないんです。前の世界にいたときは普通に名前が合ってそれなら今名乗れますが。


『いや、肝心なのはこの世界での名だ。過去のその名など何の意味も持たぬよ。おぬしこの世界に呼ばれてから誰にも名を聞かれてもおらぬし、名乗っても、呼ばれてもおらぬな』


 言われれば確かに。イザラさんはずっと少年と呼んでいたし、宿を取るときも名前を聞かれなかった……だからこの世界では未だに俺は名無しというわけだ。だからステータスにも何も書いてなかった、と。そういうことか。


『ならば儂の名をやろう。ザムト。深き地の王より譲り受けた力ある名だ。お前を守り、導いてくれようぞ』


 ザムト。その名前を呼ばれた瞬間に視界の端のステータス画面が光りはじめ、そして今まで空欄だった名前の欄に見たことのないような文字で何か短い単語がリアルタイムで書いているかのように浮かび上がった。これが新しい自分の名前である。


 と、ここで先ほどの職人たちが大きな声で叫んで思わず我に返った。


 金貨6枚!と叫ぶ職人たちの狙いは間違いなくザムトさんだ。いつのまにか彼の番になっていたのだ。彼を殺させてたまるかとそれよりも高い値段を口にしようとしたが、よいよいと静止する声に上げかけた手をそっと下ろした。


『もう寿命だ。長くは生きられぬ。しかし、そのまま人族に殺されてやるのも業腹であるからして……ザムト、お主のその見えておらぬ能力はどのようなものだ』


 えっ?……その、伏せられているもので現状使えそうなものと言えば食べた相手の祝福とか能力を奪うとかいうおっかないものだけです、と馬鹿正直に言ったのがいけなかった。


『ふむ、そうか。ならば……そこから動くなよ?』


 はい?


 そう言って彼はウィンクをした。しかしそのあとに巻き起こったのはウィンクだという可愛らしいものではなかった。ずっと伏せていたその身をゆっくりと起こしたそれは突然身をぶわっと膨らませて大きく、大きく咆哮を空に向けてはなったのだ。それは地震のように大地を、風を、木々を、そして大地に立つ俺達を揺さぶる。そして周りの竜たちもそれに応えて強い声を響かせる。


「おい!お前ら突然どうした!!」


 慌てて叫ぶ競売人と檻を見る兵士達をあふれかえる光が飲み込むと同時に自分達にもその光の波が襲いかかってくる。まぶしくて何も見えない。思わず顔を手でかばうもそれを防げるわけもない。そしてバキン、バキンバキバキッという嫌な音が彼のいたあたりから聞こえてきて……


 ドンッという衝撃とともに自分は後ろに吹き飛ばされた。光の所為で自分がどちらに向かって飛んでいるのかも分からない。が、左腕と右肩に焼けるような痛みが走るのと、光をかき分けるように彼の顔がすぐ目の前にあるのが見えて、自分が彼に食われかけているのがすぐに分かった。


 あっ、俺。死ぬわこれ。冥土の土産に食われるわ。異世界生活短かったな、そんなことを思っている自分の身体は木の葉のように吹飛び、そして地面に叩きつけられた。痛みと共にチカチカと目から火花が出たかのような衝撃が襲い来る。意識が遠く……


『確かに、渡した。言……伝を、たの、……む』


 最後に見た彼のその瞳は楽しそうに笑っていた気がした。







「大丈夫ですか!お客さん!お客さん!」


 はっと気が付けばそこは先ほどの広場で、自分は近くの木陰で伸びていたようだった。ケープも面当ても今は脱がされ、腕と肩は何重にもがっちりと包帯が巻かれている。


「大丈夫……ではないですけども、俺どれくらい伸びてたんすか」


「それほど長い間ではありませんが……それよりも、大変申し訳ございません!こちらの管理不届きでお客様に大けがを負わせてしまいました!」


 自分に深々と頭を下げる競売人の禿げ頭の向こうでは慌ただしく後片付けをしている兵士さんたちや先ほどの老竜を回収するために職人たちが荷車を寄せているのが見えた。もう事切れているらしく首をぐだっとさせているそれは死体というものに他ならなかった。自分に遺言を、何かを渡してそのまま満足げにこの世から去ったのかもしれない。


 自分に誤り通しているおっさんの話をまとめるとこんな具合だ。突然競売にかけられた竜が暴れだし、競を見ていた客を襲った。助けないとと、駆けつけた時には竜は既に事切れており、その下で噛まれた俺が血みどろでぶっ倒れていた、と。


 こんなことは前代未聞だったらしく、大騒ぎのなか競りは強制終了。今は暴れた竜の後片付けや死体の処理、そして被害者である俺の対応にあたっている、とのことだった。


 実際のところ怪我の程度としてはとても酷く、どれだけ治癒魔法で癒しても確実に傷は残るだろうと言われたほどであった。まぁ、やった張本人はもう満足気に死んでしまったし、自分も傷の痛みが収まればいいやぁ、とばかりに楽観的に思っていたのもあり、傷に関して賠償などは自分から言い出す気はなかった。貰えるなら喜んでもらうが。


 では、少し肩を動かしてください、と言われてゆっくりと腕を下ろすと、なにか布製のものに手が触れた。視線を下ろしてみると自分の横にあったのはしっかりと畳まれたケープと面当て。その横には荷物、そして杖もある。どさくさに紛れて盗まれてはいないようでよかった。俺は安堵の息を吐いた。特にケープは高いのだ。奪われた時の損害がデカすぎ………る?


「ケープに大穴!?」


「このケープは穴が空いても補修機能があるので大丈夫ですよ?まぁ、中に来ておられた服はこの有様ですが」


「ですよね………」


 兵士から貰った服はもう、お解りの通り血みどろの穴あきの、どうにもしようのない感じである。寿命がまさかの一日と誰が思ったか。さすがにこれは賠償をら請求しても良い気がする。まあ、それも傷が治ってから、の話なのだが。




 それからどれくらいたっただろうか。もうザムトだったものは広場からいなくなり、買い手の着いた竜達も大きなトカゲのようなものに牽引されて運ばれていく。俺はそんな光景を眺めつつ先ほどの白昼夢のような会話を思い出していた。


 無事、渡した。と彼は言ったのだが、何を渡したのだろう。俺の能力を聞いたからあんなことをしたのだったら俺の元には何かがあるはずなのだが何もない。ステータスも名前の部分が変わっているのと状態が大怪我というんなもんわかってるわとツッコミを入れたくなるような文面が書いてあるのみである。


 んー?と首をかしげつつその答えを考えていた俺の視線の先、一人の兵士が競売人のものらしい名前を呼びながらこちらに歩いて来た。

 

「例の売れ残りの双子の幼竜をどう致しますか?」


「お客様の前で話しかけて来るんじゃない」


「はっ、申し訳ございません!!」


 双子の幼竜?売れ残り?そういえば前の方に鳥籠に入った二匹のとても小さい竜がいたを思い出した。チラ見程度にしか見てないのだがまるで金細工のようにキラキラと輝いていて美しかったように思う。まぁその前にザムトに話しかけられてそれどころではなかったのだが。


「あのものすごく綺麗な2匹の竜の事ですよね?誰も引き取り手が見つからなかったのですか?」


「あぁ、申し訳ございません………そして、その通りでして………。そうでなくても幼竜はあまり売れないのですが、縁起の悪い双子だったせいで余計に誰も買い手があらわれず………。まぁまだ競りはあります。片方ずつ売りに出せば売れますでしょう」


 そしてあと2日の競りで引き取り手が見つからなければ殺される、と。彼はそういった。そして、俺はそう聞いて思わず口を開いてしまっていた。


「その2匹を見せていただけませんか?」


と。




 幼竜とは卵からかえって1年も経っていない竜の事をそう呼ぶらしい。戦争が始まり、捕虜を奴隷として販売するようになった5年前には、幼竜はペットとして人気だったらしいのだが、直ぐにとてつもなく大きくなる上に知識と知恵の回る竜の幼体を上手く手懐ける事も出来ず、捨てられるのが大問題となったらしい。オマケに餌代だけでもバカにならなかったり、素材にするとしても取れる素材も少ない。親から直ぐに引き離したり、卵からかえって間もないものがほとんどだから直ぐに死んでしまう。


 そんなこんなで幼竜を売り始めてから半年もせずに、幼竜は捉えても殺すか、こうやって売ってみても買い手が付かず売れ残ってしまうとの事だった。


 更にはここに住む人間達にとっては双子というのは何故かは知らないが、不吉の象徴であるらしく………まぁ、この子達に引き取り手が見つからないのも当然といえば当然、とその男は言っていた。


 案内されたバックヤードにそれはいた。少し高いところにある鳥籠を下からぬっと除き込めばがたっと言う音と共に2匹が引っ付きピーピーと警戒するかのように鳴いていた。あー、確かにこんな怪しい黒づくめの男が覗き込んでこれば怖いだろう。それに自分とその子たちとのサイズ比は先程のザムトさんと自分のそれに近いものがある。びっくりしないわけがない。

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