言霊遣い ザムトは竜を買う(1)

 

 異世界生活の第一歩である買い物を終えた俺は足の向くまま気の向くまま。店の前から外に出ると方向も気にせずに表通りを進んでいった。


 今、もし自分が元いた日本に戻されたら間違いなく自分はお巡りさんに肩をポンと叩かれる。そんな恰好をしている自信が自分にはあった。いや、150もない俺の身長だとハロウィンの仮装をした子供とかになるのだろうか。考えていて鬱になってきたから考えないでおこう。


 黒いケープにペストマスクもとい面当て。手も黒い布製の滑り止めの付いた穴あきグローブを付けているしで完全にこの世界の魔法使い標準スタイルなのである。


 着込んでいるから蒸し暑いとかそういうこともなく快適そのもので、少し視野は狭いものもそれも眼鏡と同様で慣れてしまえば問題も無さそうだ。一つ気になるとすれば杖がなかなかに重い事か。と思いきや目の前の魔法使いさんが杖を肩に担ぐようにして持っているのを見てそれも解決した。自分もああすれば問題ない。


 しかし、魔法使いですかと聞かれてもし仮にハイ、と言った場合にこの自分のペナルティは発動するのだろうか。魔法使いとしての勉強も何もしていないし、もし発動しなかったとしても同業に出くわした途端に間違いなくボロが出る。そこから嘘をつかねばならないか実は魔法使いではないということを吐露せねばならない場面に出くわすのもまた厄介である。


 そうなると何かしら自分にとって都合の良い職業を名乗るべきであろうが、ううむ。どうしたものだろうか。自分はこの世界の職業には詳しくないのだ。魔法使いではないとしたら、勇者?いやそれも無駄なトラブルを生みかねない。ではなんだ……言霊の加護を使う、か。うーん。


「お姉さん、言霊遣いって聞いたことあります?」


 案ずるよりも産むが易し、わかんねえことは現地民に聞いちまえ。そんなノリで、丁度そばに酒を売っている露店があったので、そこのおしゃべりが好きそうなおばちゃんにそう聞いてみた。


「いいやぁ?あたしゃあ聞いたことないねえ。魔族にそんなのがいるのかい?」


「いや、そんなものが居るのかなと気になりまして」


 あははとはぐらかしながら面あての口元を少し緩め皮袋に入れてもらったのを一口煽ってみた。それはヨーグルトのような酸味と発酵したアルコール独特の甘みマッチしたような味で、俺は思わず舌づつみをうった。これはなかなか癖になる味である。ちょっと塩を加えてからお肉などを煮込んで簡単な鍋にしてもおいしいかもしれない。


――――


乳酒

 ヤギの乳を発酵させたお酒。

 人族の子供たちはこれを飲んで育つ。


――――



 そうか、子供たちもこれ飲むのか。結構しっかりアルコールの味がするのに……これがカルチャーショックという奴か。長期保存も聞くとの説明をうけたので、もう一つの皮袋にも入れてもらう事にした。これで水を飲みたくなったときにわざわざ井戸に水を汲みに行かずにすむ。


 話は戻るがこの世界には言霊使いなるものはない、またはとても珍しい何かなのかであるのが分かったからして、ならば自分が名乗ったとしても問題はないだろう。そもそも言霊の加護なんて物騒な祝福、そん所そこらの人が持っていてたまるかといったものである。


「俺は言霊遣い、か」


 ぼそっとつぶやいてみてもペナルティらしき何かはなし、ステータスの状態の欄にも変化なし。よし、これで行くとしよう。


――――


祝福

《言霊の寵愛》が強化されました。

 言霊が与える影響が強くなりました。

 嘘などの言霊に反する行為を行った場合の悪影響の程度が強化されました。


称号

《言霊遣い》を取得しました。

 効果:言霊の寵愛の効果がさらに強化される。

    言霊遣いであることを名乗った相手にはさらに強い影響を与える。


――――


 おっ、これはあれか。二段階ほど強くなったのかと俺は少し嬉しくなった。が、忘れてはいけない。これは呪いであることを。もちろんペナルティも強くなっているのだ。ひどいものである。試す気もないが、もしこれで嘘を付いたら俺は即死するんじゃないかという危惧が脳裏を過ぎる。細心の注意を払う必要がこの先ありそうだ。


 そして名乗りを上げた場合は強化されるということはしっかりと覚えておこう。


 と、色々考えながら歩いていたところ、先ほどお披露目があった広場に戻ってきてしまっていることに気が付いた。先ほどの人の群れがどこにやら。それでもそこそこに人はいるのだが先ほどの喧騒はなく、どこか落ち着いてきた感じはする。昼ごはんを食べたり、酒を飲んだり、花を売ったりといった普段の街の営みがこの広場ではかいま見れる。ここで酒でも飲みながら情報収集もいいかもしれない。そう思い座れる場所を探すためにぐるりと見渡した時だった。


 自分がいる側とは丁度対角の位置にちょっとした人だかりがあるのだ。そしてその人ごみの後ろのあたりに見覚えのある姿がウロウロと周りを伺っていた。


「イザラさん!」


「うん?……その声は少年じゃないか。なるほど魔法使いの一式を買ってきたの………君が着ると仮装のようだね」


 余計なお世話だ。そもそも180くらいあるイザラさんが大きすぎるのだ。そう思いながら近寄るとそれは何かしらの販売所というかオークションというか。布のかかった大小さまざまな檻のようなものが立ち並ぶ不思議な空間であった。小さいものは鳥かごのような大きさのものから大きなものは2トントラックすら入るのではないかと言わんばかりのサイズである。そして、やけにここだけ金持ちそうな人が多いような。


「なにかの会場ですか?」


「あっ……うん。今この国は魔王が治めるとある国と戦争中でね。こうやって捕虜は奴隷として民衆に売りつけて労働力として使い潰すのさ」


 とても悲しそうな、悔しそうな顔をするイザラさんの視線を追うと丁度それが始まったところで、やってきた兵士たちがおりにかかった幕を取り払うと同時に歓声が上がった。そして俺も気が付けばぽかーんと口を開いて目を見開いてそれを見つめてしまっていた。全身を覆う鎧のような鱗、大きな翼、迫力のある顔つきに鋭い目。空を蹂躙し、炎で大地を焼き、そして鋭い鉤爪で獲物を容易に切り裂いてしまう。


 そう、それはドラゴン。


 あまりの感動のあまりにぶわっと鳥肌がたった。鎖や枷で戒められているとはいえそれの威風堂々たる佇まいは損なわれることもなくこの場に圧倒的な存在感を持って君臨している。


「すげえ……ドラゴンだ……」


「少年の世界にもいたのかい?」


「伝説の存在としてですが……すごい……こんなに圧倒的で……すばらしくて、美しいだなんて思っても視ませんでした。ダメだちょっと感動で涙でてきました」


 面当てを少しずらして涙を裾で拭っていると頭をポンポンと彼女は軽くたたいて笑った。 


「あははは。だろう。竜族は誇り高く、気高い。こんな所でこんな扱いを受けるべきじゃないんだ。キミもここを離れたほうがいい。ここにあるのはその誇りを穢す行為でしかないんだから」


 じゃあ、と一声残したと思えば俺が顔をあげる前に彼女は姿をくらませていた。あれ?と思ってきょろきょろとあたりを見渡してみても跡形もない。とそんな俺をよそにその奴隷のオークションは始まった。


「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!紳士淑女貴族の方も商人農民の方々もぜひぜひ見て行ってくださいませ!貴重な竜族の競りだよ!!!労働力としてもよし、素材としてもよし、戦闘用の奴隷としてもいっちょ前に役割をはたしてくれるでしょう!貴重な品だよ!!」


 競りとしてみれば日本でもマグロや魚、牛や豚、そう言ったものでも同じ事はある。今回それが竜であるだけで、珍しいものでは無い。むしろそれは生活という営みの中では当然のものであるのだけども、なぜか自分にはこの光景が受け入れられるものではなかった。この国ではそれが当然なのかもしれないけども、先ほどのイザラさんのその言葉が自分に重くのしかかる。


 誇りを穢す行為、か……。


「さてまずはこちらの成竜!まだまだ若い竜だから労働力にも戦役にも出せる今日の目玉の一つ!金貨30枚から!」


 あちらこちらから金額を叫ぶ声が飛び交ってくる。


「やっぱり若い竜は貴族様向けの値段になってくるなぁ」


「あの老竜とかなら俺達でも手が出せるくらいの値段じゃないか?竜皮の工芸品にしたら味も出てよさそうだ」


「あれだけ体も大きいんだから素材も沢山取れそうだな。知ってるか?竜の核は素晴らしい杖の心材になるとか」


 そばで話している職人風の2人の声が生生しくてやけに気持ちが悪かった。それをそう思うこと自体がおかしいという自覚はあるのだけども、でもそれがあまりにも悲しすぎて、悲しすぎて。思わずその老竜と呼ばれた一番大きな檻に入ったその竜を仰ぎ見てしまった。


 それは真っ青な、まるで空の深い部分を切り取ったかのような深い青色で美しい竜だった。今は身を丸くしているも今この場にいる竜の中で一番大きく、そして見ているだけでこちらが落ち着くほどの威厳と威圧を湛えている。そのごつごつとした岩のような肌は数多もの傷にまみれていて、その太くがっしりした腕からは一本一本が俺の胴体くらいに太く鋭い爪が生えている。


 たてがみは白く、深い海のような追いついた青色の大きな瞳は特にこの状況に特段動じることもなく退屈そうにパチパチと瞬きを繰り返しているが、その目がある一点で止まったように見えた。そう、こちらを見ているかのように。まあ実際は集まっている群衆を見ているのだろうけども、まるでこちらを見透かされているかのような気すらしてくるから不思議である。


 そうやって見ていると、本当にこの竜がこのまま殺されてしまうのか、人のなされるがままになってしまうのか、とついつい思ってしまう。同情なんかじゃない。申し訳なさと、罪悪感。そんなものだろうか。今すぐ俺がどうにかしてどうにかなるものでもないのは分かっている。でもやるせなさがこの身を襲っていた。





『それ以上はやめておきなされ、人族の勇者よ』


「!?」


 突然頭の中に響いた声に俺はバッと顔をあげてあたりをキョロキョロと見渡した。地面から響いてくるかのような深みのある声だったがいったいどこから聞こえてきたんだろう。


『ほれ、ここじゃここ。先ほどまで穴が開くほどに見ておったではないか』


 えっ……と、竜族……さん、ですか? 


 そう自分がそちらを見やるとその竜はにやりと笑った。ああ、間違いない。彼だろうこの声は。


『あまり同情しないことだ。お前の心が壊れてしまう』


 ………はい。しかし、俺にとってこの光景は受け入れがたいものでもあります。


 心の声が聞こえ、そして口に出さずとも伝わるというのは何とも不思議な感覚だった。が、間違いなくこの瞬間俺は彼と話していた。それは間違いなかった。


『だろうな。しかしこういうものだと諦めるのも肝心じゃぞ。少なくとも我々は人族に捕まった身。敗者だ。竜族の掟でもある。敗者は勝者のそれを潔く受け止めるべしと』


 俺は竜族じゃないので、そんなもの知ったことではありません。だから正直にあなたに生きてほしいという思いを伝えさせてください。


 命あっての物種だ。死んでは何ともならない。たとえそれが自分よりも年を取っている竜であったとしてもそれは通したかった。

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