勇者 ■■■■は異世界に召喚される(3)

 そういえば、ほかにもいろいろ見るべきものはあったなぁと、俺は祝福の欄を自分の顔の前に指でなぞるようにして引っ張ってきた。名前が表示されていないのもまた不思議だが、編集できるようなものでもなさそうなのでこれは放置しておくしかない。その他不確定要素の洗い出しが最優先だ。


――――


祝福

《勇者》: 称号『勇者』を付与。

《言霊の寵愛》 : 言葉により能力や体力に影響を受ける。

《■■の寵愛》: ■■■■を得る。能力を追加する。


――――


 勇者はいいや。称号のところにいろいろ書いてあるから。問題は他の二つ、《言霊の寵愛》と《■■の寵愛》である。《■■の寵愛》にいたっては一部伏字になっているではないか。これはあれだろうか。自分のステータスが足りないというゲーム的な思考でいいのだろうか。というかこれの事をもうステータス、ないし分析画面と呼ぶことにした。その方がなじみがあるし。


 どれにしようかなと目線をうろうろとさせていたが、とりあえずまずは《言霊の寵愛》の文字を触ってみた。


――――


《言霊の寵愛》

 言葉により能力や体力に影響を受ける。

言葉がより細かく、より明確であるほどに影響は大きく、逆に曖昧であれば曖昧であるほどに効果は少ない。

 また、どれだけ細かく明確に表現されていたとしても、実現不可能なものはそれに類似するもので置き換える。


――――


「ほー……」


 言ったことが現実になる、細かく指摘すると具体的に反映される、もし実現不可能だったら適当に補完するよ、といった具合であろうか。電気が付けといったら部屋の明かりがつくあれに何かしら似ている気がする。


「部屋の明かりをつけて」


 さっそくやってみた。俺がそう言った途端に窓際とドアのそばにある結晶が付いたランプが煌々と輝きはじめ、そして消えろと言ってみれば消える。便利なものである。日本でもそういったことは機械的にできるのは知っている。けれども元の自分の家にはそう言ったものはなかったために少しばかり新鮮であった。


 と、たまたま窓からピンク色のトカゲが部屋に飛んでくるのをいいことに俺はそれの方を向いた。『テクテケ』というそれの名前と簡単な能力がさっそく出るからこの分析能力も便利だ。


「具体的に、だよなぁ……『俺の目の前に飛んでるテクテケが、三回宙返りをしてお菓子の山の上に着陸する』」


 半信半疑である。が、確かに目の前のトカゲはムササビの如く空中を三回滑空するし、このお菓子の山の上にとさっと降り立つとこちらを凝視するではないか。そして何か用と言わんばかりに首をかしげてくる。


「『鳴け』」


 グェッ。


「『瞬きを4回しろ』」


 パチパチパチパチ。


「『そこの窓から巣に帰っていいよ』」


 ヒュンとあっという間にいなくなるトカゲを見送ると、なるほどぉと俺は腕を組んだ。何度か使ってみたものの特に体調に変化なども無いし、喉が痛くなったり、めまいとかそう言ったものもなし。便利なものである。悪用しほうだいでは?と思ったけどもそういう邪な思いは抱かない様にしないと。勇者どころか指名手配犯になってしまったらもっと生きにくくなる。


 が、開きっぱなしのステータスウィンドウには続きがあった。


――――


《言霊の寵愛》


 恒常的に発動している能力。状態を表す言葉でも発動する。

 嘘などの言霊に反する事柄を扱った場合、一時的に体調に著しい悪影響を与える。


――――


「………うわぁ」


 そうだよな。そんな便利な能力にいいことずくめなわけがない。しかしここまでくるとある意味祝福というよりも呪いではと思ってしまう。なにがこんなに俺が面喰っているかというと『恒常』という点。そしてペナルティがある点である。


 この世界に来てから変なことを言っていなくて本当によかった。不用意にこんな世界滅んでしまえとか変なことを言った瞬間に何が起こった物かもわからないし、自分はついてないとか弱音を言っていたらさらに悪化していた可能性すらあるのだ。先ほどの飲み会の時も酔った勢いで変なことを言わなくて本当によかった。マジでよかった。


 嘘だってそうである。悪意のあるなしに関わらず嘘を付いたらその瞬間にその悪影響とやらがある気がしてならない。これはつらいぞぉと俺は思わず頭を抱えてしまった。だってそうであろう。あなたは勇者ですか?とか金持ちですかとかためしに言われたときにはぐらかすならともかく、そうじゃないよーと自分を守るための嘘をついたとしても恐らくはアウトなのだ。


 しかし、そうか。弱音もはけない。嘘もつけない。思っていたとしても不用意に下手なことを言えば勝手に発動してしまうこの呪い、怖すぎる。


「りふz……じゃない。うん。俺はついてる、ものすごくついてる」


 慌てて言い直すも、漏らした途端に上から蜘蛛の巣が顔に向けて落ちてきた。辛い。溜息をつきながら俺は顔にへばりついた蜘蛛の巣をパッパとはらった。蜘蛛の巣に引っ付いて欲しいわけじゃない。全く。


 無意識のボヤキすら許されない。これはあれか、思ったことも言えないそんな世の中とかいう奴だな、うん。もしかしてさっき城門のところで通りすがりの馬車にひかれかけたのも理不尽だとぼやいたせいなのではないかという疑心暗鬼にも陥りかけるから怖い。やはりこれは呪いに違いない。



 そしてそして、若干げっそりしながら次に見たのは《■■の寵愛》だ。若干の文字化けがある。OSの対応が追いついていないのだろうか、と思いつつこちらもステータスの画面をつついてみた。と、別窓が出たと思えば文字化けが治って見れる形になったではないか。もしかしたらアレかもしれない。他人から見えない様にモザイク的な……無駄なところで配慮が聞いているから一周回って面白くなってきてしまう。


――――


《冥王の寵愛》


冥王の寵愛を得る。能力を得る。

この祝福を得たものは魔、魔の影響を受けるもの。魂、魂に準ずるもの、魔物、魔族、魔王に愛される。

(この文面は冥王からの加護・祝福・寵愛を得ている者にしか閲覧不能)


獲得能力

《捕食者》:捕食したものの祝福・能力を奪う。

《征服者》:対象を意のままにあやつることができる

《生と死の狭間を歩むもの》:魂送りをすることができる


称号

《冥王の寵愛を受けし者》



――――


 これは、あれではないだろうか。勇者が持っていてはいけない類のものなのではないかと心の底から思う。魔王に愛されるってこれ、完全敵方のボスとかが持ってる感じの何かなのは間違いない。これの所為で自分は王城を追い出されたのではないかと思うほどである。なんかちょっと俺のステータスずれてるんだよなぁ……と思いながら今度は能力をぽちぽちと触ってみることにした。



――――


《捕食者》


捕食したものの祝福・能力を使用することができる。(この文面は当人にしか閲覧不能)


捕食した対象の祝福・能力を使用することができる。

また同時にそれがどのような能力であるのかを分析し、必要ならば再現可能な状態への強化も行う。


――――


 昔ゲームにいた、エネミーを食べて技を覚える系の良くある奴である。そう、よくあるヤツなのだが一つ問題があるとすれば俺が食い意地を張ったシェフでもなければピンク色の不思議生物でも、そしてスライムでもない。人間であるという一点だろうか。調理済みでもいいのか生じゃないとだめなのか、むしろ踊り食いかは知らないがこの能力もまた使い道に著しい問題を抱えているに違いなかった。


 やだよ、ゲテモノ食いとか。


――――


《征服者》


対象を意のままにあやつることができる(この文面は当人にしか閲覧不能)


対象を自分の手足のようにあやつることができる。そこに意志は関係なく意のままに操ることが可能。

対象は魂を持つもの。


能力行使可能な人数:1人

能力行使対象: 自分


――――


 やっぱり勇者が持つべき能力ではない。切実にそう思う。


 そして対象のところで合点がいった。今、俺の足が仕事をしている理由がこれだ。自分自身を傀儡として操っているのだ。だから歩けるし、今もこうやってばたばたを足を動かそうと思えばうごかせるのだ。つまり、自分が他者にこの能力を使おうとすれば自分は動けなくなる、と。自分用と割り切ったほうがよい能力である。また使えそうで使えないものが増えたものだった。普通の人だったらいろいろ役に立ったのだろうが如何せん自分がその人枠にスポンと収まってしまっているのだから。この人数が増えるのかどうなのかによって今後この能力の使い勝手が決まりそうである。


 で、だ。一切分からないものがこちら。


――――


《生の死の狭間を歩むもの》


魂送りができるようになる。またそれに伴い魂が見えるようになる。

生きている状態で狭間、また冥界を歩むことできる。


――――


 本当に意味が分からない。固有名詞が多すぎる。それっぽい何かは分かるけどもそれが何かが分からない。とりあえず保留としておこう。そのうちわかるかもしれないし死ぬまで分からないかもしれない。それくらいに思うのが一番よさそうであるのだ。



 《勇者》といい《言霊の寵愛》といい、《冥王の寵愛》といい。俺の祝福は文字通り祝福であってはくれなかったようだ。呪いだこんなもん。でもなんやかんやでお世話になるのだろうなぁとそんな気もしてくるから困ったものである。何よりも俺はこの三つを武器にしてこの世界の中で生きていかねばならねばならないのだ。慣れていくしかない。もう一人の勇者様とやらはさぞ素晴らしい祝福をお持ちに違いない。


 ながーい溜息をついたものの、やるべきことはやらねばならない。


「俺は元気いっぱいで、疲れてもないし、酔いもとうの昔に収まってて、やる気に満ち溢れている、っと」


 ふわっと一瞬体が淡い光に包まれたと思えば一気に体が軽くなる。ふむ。こういう面だけ見ると便利だ。それってドーピングっていわないか?という心の声は聞こえなかったことにしてさっさと俺は服を着替えた。首元が若干ちくちくするがまあそれも慣れだろう。そして最低限の荷物以外は窓にぶちこみ布袋を背負えばもうどこから見ても立派な現地民……であると信じたい。


 鍵替わりの錠をガチャンとおろすと俺は下の階へと降りて行った。




「うへぇ……さすが一番でかい市場だな」


 ギルドの人に聞いてやって来たのは街の人たちが一番利用するという市場。丁度お昼時だということもあってなかなかの混みようである。田舎ものとばれないようにきょろきょろとしないことを心がけつつ目的の店を俺は探した。


 しかし本当にいろいろな店が所せましと並んでいる様は見ていて楽しかった。見たこともないような果物や魚や鳥が並んでいたり。かと思えば昼時の少し小腹のすいた胃袋を香ばしかったりピリッとしたり甘かったり、といった美味しそうな匂いが胃袋をつつく。ためしにケバブのような見た目をした、煮込んだ肉を穀物を練って焼いたものに包んだものを買ってみたが、ピリ辛なタレと肉厚なそれがもうベストマッチしていてとてもおいしかった。が、大体完食したあたりで先ほどまで開いてなかった分析の画面が出ていたそれが目に入ってしまい……。


―――


分析結果

《テクテケのピタ包み》

 ハーゲンティアの名物料理。

 テクテケの硬い肉を美味しく食べるために考案された料理。


―――


 んー………、テクテケかぁ………。まあ美味しかったからよしとしよう。世情やものの価値に疎い自分には丁度いいと分析能力を発動しっぱなしでいたためにこれである。まあ、いいのだけども若干複雑である。今自分の上を楽しそうに飛んでいるあの爬虫類の末路がこれか……。水筒の水でべたつく手を洗って一息ついたところで今度こそ目的の店へと一直線に向かった。


 

 そこはギルドと懇意にしているよろず屋だった。そこそこ広い店内に所せましと並ぶ防具や武器。そして薬草や携帯食料などの乾物、応急手当用の布など本当に旅人のための店といった具合で、俺は思わず分析をフル稼働してそれらをキラキラとした目で眺めていた。さながらその様子は旅人初心者といった具合で、それに目を付けた店員に速攻で話しかけられたのも納得というものである。


「なにかお探しですかお嬢さん?」


 ヤバイ、話しかけられた。会話をするにも言葉を選ばないといけないとなると少し緊張してしまう。そして誰がお嬢さんだ。俺は男だ。全く。


「この街を出て旅に出ようと思っておりまして冒険者ギルドの方に相談したところ、こちらの店がおすすめとお伺いしてやってまいりました。何が必要なのかも曖昧なのでお暇な時に一式見繕っていただけはしないでしょうか」


 よし。完璧だ。


「ちなみにご職業は何ですか?」


「先日まで学び舎で学問に励んでおりました」


「まあ!あの魔法学校ですね。なら魔法師様用のものをご用意いたしますね。杖はどうされますか?新しくご用意しますか?」


「それでお願いします」


 嘘は言っていない。嘘は。勝手に魔法学校って判断されただけでで、俺は否定も肯定もしてない。うん。なのになんでこんなに背中を冷や汗が伝って行くのだろうか。


「魔法学校の卒業生でしたらそこそこしっかりしたものでないといけませんね。身長や体格などはからせていただきますのでカウンターのそばにお願いします」


「はい」


 初心者用のそれでお願いしますだなんて言えない。まあ言霊でいろいろできるから嘘でもないからこの装備でいいのだろうなぁと思う。


そもそもどうして旅に出るつもりになったか、なのだがそれはもちろんこの街にこのまま居ればまた俺はなんやかんやに巻き込まれる気がするのだ。勇者だとか魔王だとか、そんなのである。そんなのは真っ平御免だ。


 帰りたいとは思うが如何せん今その手だてもクソもない。どの道旅に出るなら金に余裕があるうちに何かに備えておきたいというのもある。まぁ、今おもいうかべる未来予想図のベストは田舎で家でも買って自給自足でのんびり暮らすと言ったところだろうか。それくらいしか道はない気もする。戦えとか言われても無理だし。


 そんなことを考えながらほけーと窓の外を見ていたら、やけに人々が嬉しそうに走っていくではないか。何かあるのだろうか。大道芸とか見世物とか。


「今日は何かあるんですか?」


「あーなんだか、勇者様が召喚なされたとかでさっそくお披露目の式が広間で始まるって先ほどのお客さんが嬉しそうにされてましたねえ」


 勇者……そうか、勇者か……。選ばれた方の。どこかやるせない内心を出さない様にしていたらそれが興味があると思われたのか、店員さんはくすくすと笑った。


「一式ご用意するのにお時間もかかりますし良ければお待ちの間見てこられてはどうですか」


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