勇者 ■■■■は異世界に召喚される(2)
とりあえず拠点を定めて、そこでこの先どうするべきかを考えるべきだろう。そう考えて自分はギルドの宿屋を借りることにした。ギルドに登録していないため少し高くなると言われたが今はあまり外をウロウロしたくはない。とりあえず先程の飲みの代金と一緒に1泊2日分の宿賃を前払いして、先程の飲み屋の上にある宿の一室に向かった。
部屋に入った自分を出迎えたのは1人分の椅子と机、そしてベッドがひとつ。洗濯を干すための紐か入口には垂れ下がっていて、突き当たりにある窓からはポカポカと明るい日差しが差し込んでいる。暖炉には昼間だというのに暖かい灯りを振りまいていることから夜は冷え込むのかもしれない。そんな広くも狭くもないちょうどいい位のそれは、今の俺にはちょうど良かった。
「おかしいんだよなぁ………さっきまで大学に居たはずだったのにな」
とりあえずどかっと荷物を机に乗せると自分はベッドに身を投げた。硬くてどこかかび臭いそれも、疲れきっている今なら心地よく感じるから不思議である。仰向けに寝転んだまま足を持ち上げてバタバタと動かしてみる。今まで全くできなかったのによくもまあこんなに動くものである。これも勇者とやらの効果なのだろうか、いやそれにしては自分の状態欄に嫌な文字が相変わらずある……一体どういうことだろうか。
お世辞にも綺麗とは言えない木張りの天井をほけーと見ていれば、梁には蜘蛛の巣。首を横にすると窓からは石造りの家々と先程自分が追い出された城。その向こうに見える建物は教会か?十字架が変形したようなものがペカペカと太陽の光を反射していた。
自分はいったいどこに来てしまったのだろうか。そう考えても答えなど出るわけもなかった。空を飛んでいるのは鳩でも雀でもカラスでもなくド派手なピンク色の羽の生えたトカゲだし、引力どうなってんだよってくらいに巨大な月が青々とその姿を空に映している。
ゴソゴソと携帯電話を取り出してみるも当たり前のように圏外で、こうなると日本じゃウン万円もする必需品であるはずのそれもただの板切れ同然である。もしかしたら帰れた時に使えるように電源を切っておこうと思う。慣れた手つきで電源を長押ししつつ先ほどイザラさんから習ったことを思い出しつつ唱えてみた。
「ええっと……『窓』だっけ?」
窓。なんか本当はいろいろ唱えないといけないらしいけども俺はそう言えば出てくるよ、とのことだった。それは魔法で物を出し入れできる空間の通称とのことだった。そして半信半疑で唱えてでてきたのはそこそこ大きな窓のようなもの。大学教授の部屋にあったモニターくらいの大きさだから……40インチ……って何センチだ。まあいいや。窓の向こう側が真っ暗なのもあってどうしても自分にはこれが光沢のない液晶テレビに見えてたまらなかった。この窓に物を放り込めば勝手に収納されてくれるらしい。
が、本当か?本当に取り出せるのか?と心のどこかで思ってしまう気持ちも分かってほしい。安全性に不安がありすぎる。もし何かあってみろ?このままスマートフォンと一生のお別れとなるのも悲しすぎる。そのため、ちょっと俺は実験してみることにした。
そっと鞄から取り出したるはゼミの資料。今日使うはずだったがまぁまぁ、当分どころか将来的にも使うかも怪しいからこれには生贄となってもらおう。
資料の隅をそっと持ち、そしてそのままゆっくりと窓に近づけてみると……
「きえた……な」
ATMに飲まれるお札のようにススススと窓に吸い込まれて言った。
そしてそれを思い浮かべながら手をかざしてみればスーッとまた、同じように窓から出てきた。特に傷が増えていたりということもない?確かに確かにこれは便利である。
そして、自分の祝福である『勇者』の称号の効果にあった『自己空間無制限』というのは言葉のとおり無制限に物を放り込めると考えてよさそうである。そうなれば、要らないものはどんどんとここに入れるしかない。
「とりあえず城でもらった袋に何がはいっているのだか……」
丈夫そうな麻袋にがっちりと縛ったヒモを四苦八苦しながらほどくと、中にはいろいろなものが入っていた。おさがりが多いけども必要そうなものを入れておいてやったから、達者で生きろよ、と王城を出る際に少し偉そうな身分の兵士さんが渡してくれたのだ。優しさが身にしみる。
ゴソゴソ漁ってみればまず出てきたのは皮の鞘に入ったナイフ。
刃渡り20センチほどで、グリップに巻いてある薄い皮も鞘同様に使い込まれたように擦り切れている。刃は多少かけてはいるみたいだけども、まだまだ使えそうであるし、研げばまだまだ現役だろう。使い方になれる頃にはいいくらいに使い古していて、今度は自分に合った新しいものを買う流れになるのだろうなぁと思う。鞘にはベルトもついているからこれは腰に据えておこう。
そして次に出てきたのはある意味自分が今一番欲しいものだった。
そう、服だ。少しごわごわしつつも肌触りは悪くないシャツにだぼっとした布のズボン。染色などはされておらず本来の色である土色というか茶色で、窓から見るこの国の人たちが良く着ている色であるのが本当にありがたかった。案外黒を着ている人がこの街では少ないのだ。古着らしく少しよれていたり、当て布がしてあるのがさらにいい。
肌着はさすがに無かったのでそれは自分で調達するしかない。他には服の上からはおる上着と、あとこれは……靴か。皮製で土に触れるところが若干分厚くなっているように思う。
しかし厚くなっているとはいえこの薄さでは地面の触感を直に足の裏で感じられそうである。恐らく辛い。靴だけは多少目立つだろうけども自分の今履いているものをそのまま使うことにした。頑張ってくれ誕生日に奮発して買ったそこそこいいメーカーものよ。
その他には空き瓶何本かと傷薬と書いた怪しげな液体の入った瓶数本。あと軟膏のようなもの……草色で触った感じ脂っぽい。後でギルドの人に何なのかを確認することにしよう。貰い物だからわからんとか言ってさ。
あとは………これはわかるぞ。皮製の水筒だ。ヨーロッパだかのお土産で見たことがある。あれはチーズが入っていたのだけども、今回のこれは空っぽ。水筒として使えということだと判断しよう。そして乾燥した肉や魚もある。巻きたばこ……は俺は吸わないからいいかなぁ。
後はこれ……は、財布かな。二重になってて口は紐でしっかり縛れるようになっている。飾り玉が陶器製でここでしっかりと留められるようになっているらしい。
そしてここで突然の海外旅行の鉄則。財布は小分けにするべし。10年遊んで暮らせるとかいう大金を常に持ち歩くなんて怖すぎる。
とりあえず先ほど宿賃の支払いで小分けにした小銭たちの一部をこの財布に入れておくことにした。あと服の裏地にある小さなポケットには金貨を三枚ほど入れておく。それ以外はこの亜空間に放り込んでおくにかぎる。
ちなみにもらったお金というのは大量の金貨と数枚のやけに重たくて青い謎の鉱物でできた手のひらサイズのメダル。ものすごく高価なんだろうなぁと思う。金貨がちょっと使ってーの299枚。青色メダルが12枚。しっかり手帳にメモをしておくことにした。
金貨一枚で先ほど支払をして、もらったお釣りの量やボロボロ加減を見ると金貨一枚で10万円、銀貨が1万円、銅貨が千円、そしてこの麻雀で使うリーチ棒のような木製の棒が100円なのかなぁと思う。ついでに両替も頼んでみて、日本と同じく10枚単位での交換なのは覚えやすくて助かった。
まああくまでも俺の中の基準である。物価のそこそこ高い日本を基準にしてはいけない気もするが、覚えておくべき大切なのは一つ。このリーチ棒三本でさっきのうっすい酒が一杯飲める。それだけだ。
そっと大金の入った袋を窓にいれて、無事取り出せるのかを何回か確認して後に自分は自分の元々の荷物と新しくもらったものとの分別に入った。
とりあえず大学の通学用のリュックの中のものを引っ張り出してみたが、教科書や関数電卓、充電器やUSBメモリなどよっぽど使えそうなものはなかった。ゼミの資料も同様で、使えそうなものと行ったら財布に括り付けてあった十得ナイフくらいではなかろうか。あとは通学で靴が濡れた時用の靴下の替え数枚。足の痛みどめも結局いらない子だし。しかし車いすは一緒に異世界に来てないということは自分がえっちらおっちらと車いすを漕いでいたあの大学の小道に車いすだけぽつねんと残されているに違いない。これは事件になっているのだろうなぁと思わないでもない。
普段から異世界に召喚されたとき用の荷造りをしておけと、理不尽なことを過去の自分に要求したい。まぁ無理だけども。しかし生ものなど他にあったりしないだろうか。腐る前に食べてしまいたい。潰れたおにぎりを食みつつ鞄のポケットを手当たり次第に開けていった。
「ん?あーそうか……またアイツら俺の鞄にお菓子大量に潜ませてたな…」
ごそごそごそと奥を漁っていた時に出てきたそれは小包で包装されたお菓子たち一握り。100個入り1パックとかでスーパーでうっているあれである。ピーナッツとかおせんべいとかチョコとかまあいろいろ。そんなものがどうして自分の鞄に入っているかというと、大学の友人たちによるものである。
自分がいつも大きなリュックサックを車いすに括り付けて大学に通っているのをいいことに、財布とUSBなど最低限のみをもってくる系友人たちが買った菓子をわざわざ仕込むのだ。そして食べたくなったら俺のリュックの横のチャックから手を突っ込んで持っていくのである。まさかそれがこんな異世界であっても出てくるとは思っていなかった。これは保存も聞くだろうから大事に少しずつ食べるとしよう。
とりあえず全部出してやろうと鞄をひっくりかえした時だった。やけに出てくる小包が多いのだ。ぱらぱらと落ちてくると思いきやザーッとかなりの量が出てくるとは誰が思ったか。気が付けば床にこんもりとお菓子の山ができているではないか。
「え?」
手を突っ込んでつかみ取りを何度となくしてもそれは出てくる出てくる。気が付けば俺のリュックに入らない量になってしまっている。
「は?」
これで財を成せと?いやさすがにそれはない。と自己ツッコミしてみてみるもどうしてこうなっているのかが分からない。と、ここで一つ先ほどみたそれを思い出した。
「『能力分析』!………あー、はいはいはい。お菓子のかばん…ってこれかぁ」
能力分析の表示は、その本人にとって一番馴染みのある形で現れると先ほどイザラさんから聞いた。そして俺にはそれがよくある感じのゲームのステータス画面として見えるから、間違いなく日本という国に生まれ育った影響だろう。そしてそれは目を開けた今でもふよふよと宙を浮いている。よくアニメでみるやつだぁ、とぼやいてみたがむなしいだけだった。ちくせう。
そしてそれの能力の欄に答えはあった。先ほどは見て見ぬふりをした能力、『お菓子のかばん』である。
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《お菓子のかばん》
鞄から菓子が無限に出てくる
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ひねりも何もない、事実のみを書いたポップアップに感動も何もなかった。ですよね、としか言いようがない。もうちょっと書き用があったのではないだろうか。RPGゲームでアイテムに付随しているちょっとしたソーステキストというかストーリーを読み込むのが好きな身としては悲しい限りである。
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