召喚勇者は弱音が吐けない
跡野 マツリ
第一章
勇者 ■■■■は異世界に召喚される(1)
世の中というのはひどく理不尽かつ無常である。何をいまさらと思うだろうしお前は一体何を言っているのかと思われるかもしれないが、兎にも角にも自分の場合、その21年間の人生というのは理不尽の連続だった。
5歳の誕生日に家にやってきたのが強盗で、家族を殺され自分も刺されで誕生日プレゼントが天涯孤独プラス半身不随のダブルパンチだったり、この手術さえすれば車椅子生活脱却!ってタイミングで遺産管理人が全財産持ち逃げかましてくれて手術が中止になったり、奨学金を返さなくてもいいとかいう特別枠目当てで受けた受験を同姓同名の馬鹿と取り違えられて落ちたりと、自分では抗えない何かしらの理不尽な出来事に翻弄される人生だった。
ちなみに大学は今の大学に通い始めて20日程でその事実が連絡として自分の所に来たがもう遅い。学費を奨学金で払ってしまった後だった。
しかし肝心なのはどうしていきなりそんなに自分の不幸自慢から入っているのか、だ。俺だって考えるだけで気が滅入るトラウマを思い出したくはなかった。なかったのだが…………今、この状況というものはその歴々の理不尽シリーズに負けず劣らずと言っていいほどに理不尽で、俺にはどうしようもないような事態であったせいでどうしてもそう思わざるを得なかったのだ。
だって
「ようこそ!異世界より召喚されし勇者様!我々のために世界の、そして人類の敵である魔王を打ち滅ぼしてこの世界に平和をもたらしてください!」
からの
「えっ、もう一人召喚された?そちらの方が優秀?…………あー、ごめん。もう君帰っていいよ?」
である。
「……理不尽だ」
もうその一言に尽きた。この仕打ちには仏様すらアルカイックスマイルを殴り捨てて眉間に日本海溝よりも深い皺をおつくりになるに違いない。帰っていいよと言われても、今ここが何でどこなのかも分からない俺にはどうしようもできないし、よくよく聞けばその自分をここに連れてきた魔法とやらで帰すことすら不可能とも言われる始末。
話しをいろいろとされている部屋の窓から見た景色は、よくファンタジーものの映画とかゲームで見るような感じではある。なんだろう日本人が考えるヨーロッパといった具合だろうか。が、俺の知っているヨーロッパでは灯りは空中に浮いてないし、甲冑姿の騎士たちが羽の生えた大きなトカゲに乗って空を飛んでいたりしない。そもそもこの城自体が空中都市よろしく宙に浮いているのだから、俺の常識外の世界であるというのは間違いない。
そしてそこからどう帰れと言うのだろうか。呼び出しておいたのはそちらなのだから最後まで責任を取ってもらいたいところである。
1つだけいいことがあるとしたら、16年振りに自分の両足が仕事をしてくれたことか。久々に大地に立つ感動に打ち震えているも状況は最悪。案内されるがままに色々歩かされて、そして気が付けば自分は城の外。
手には最低限の必需品らしきものと自分の荷物、そして呼び出したおっさん曰く10年は遊んで暮らせる位のお金が入った皮袋。そして兵士のかわいそうにという視線を背に受けているだけ。唖然している背後で重々しい音とともに扉も閉められてしまってはもうどうしようもない。
城に殴り込みに行こうにも城自体ははるか上。徒歩では物理的に不可能ときた。車椅子もなしに動けるだけマシか、と無駄なプラス思考で歩きはじめるほか俺には選択肢はなかった。
*
「あはははは、それで途方に暮れてこんな街外れの飲み屋まで飲みにきたの?あははははは、ヒー。他人の金で他人の不幸をツマミに飲む酒はうまいわね。あはははは」
「飲んでないとやってらんないっすよほんと……」
とりあえず酒だ。酒。まだ朝っぽいけどもそんなことは知らない。酒を飲んでから今後の方針を決めようと一直線で俺は飲み屋を探した。が、王城近くはどうやら金持ちの多い街らしく、お上品かつ一見さんお断りなような場所が多い。金持ち向けのホテルの最上階にあるようなイメージと言えば通じるだろうか。普段高架下のやっすい質より量の飲み屋ばかりに行っていた大学生にそんな場所に行く勇気などもなく、気が付けば街の外れのそこそこ人の多い飲み屋に俺はたどりついていたのだった。
宙に浮いている城からは結構離れたのもあって警備の兵士も少ないせいなのかどうなのか。治安も若干先程よりもまあまあまあ、といった具合。だがここに来るまでに出くわしたものと言うのも路地からこっちをチラ見してくるだけのもの。まだ目をつけられないうちはよいかなーとかと思ってしまう。
まあ、運がいいのか悪いのか。たどり着いたそれは冒険者ギルドというものに併設されている飲み屋。冒険者と呼ばれる他人から依頼を受けて、それを達成することで報酬を受け取ることを生業にしている人達の集会場であるらしい。下手な売春婦とかいる店じゃなくてよかった。女に間違えられるような程の童顔に低い身長という自分はは間違いなく買われる側にされそうである。怖や怖や。
ギルドの居酒屋でよかった点がもうひとつある。それはありがたいことに、俺はゲームで言うチュートリアルのようなことをいろいろなことを聞くことが叶ったのだった。
依頼を立てて、有料で聞いているのだからなかなか不親切なチュートリアルだとは思うが。
『この国に来たばかりの異国人にこの国の事を教えてください。報酬はギルドの飲み屋で酒をおごります』
そして、いいから俺の愚痴酒に付きあえと言わんばかりの依頼に釣られてきたのは目の前のこの女性。俺の不幸を酒の肴に大笑いをしている彼女となる。名前はイザラ。年齢は30言っているかいないかくらいの若い女性で、今日はこのギルドに宿をとっているらしく服装もガバッとしたズボンにタンクトップという軽装。
依頼を出したときは変な奴らにカモにされるんだろうなぁとなまじ覚悟をしていたのだが、何が何が。人懐っこい顔をした彼女がきてくれた時には少しホッとしてしまった。どちらにしても美人にカモられるなら本望である。
色々な武器や防具を着ている冒険者達があちらへこちらへと歩き回っているのを尻目にこんな朝から酒を飲んでいる人というのも少ない。しかし活気のある声がギルドの受付の方から聞こえてくるためにそれほど静かでもない。そんな空間で彼女と自分はかれこれ1時間程はなしていた。
そして話を聞きつつ酒をのみつつしていたら口も軽くなり、気が付けば彼女に自分の身の上を愚痴ってしまって今にいたる、というわけだ。まあ憐れむでもなく黒く長い髪をばっさばっさと振り乱して腹を抱えて笑ってくれるからこちらも気が楽であった。
「しっかしまあまあ、今この街じゃ勇者が召喚された、めでたいってどんちゃん騒ぎしてるってのに、こんな裏があったとはねえ。少年、キミはついてないなぁ」
「元の世界に戻してくれって言っても、無理の一点張りですし」
「あーうん。だろうね」
あっけらかんと肯定されてしまった。彼女の言うところによると俺は中身の見えない箱に入ったくじの一つらしい。引いた側はとりあえずランダムに引き抜くし、俺は予期せぬ引き抜かれるし。じゃあ元の場所に戻せと言っても見えない箱の中身なんて知りようがない。つまり箱に適当に俺というくじを戻したとしてもそれが元の世界である保証もないとか。
「でも、もう一人召喚しちゃたから君は用無しってのは強引だねえ。一応少年も『勇者』なんだろう?」
「らしいですが……勇者が何を指すのかは良く分からないので肯定はしにくいですね」
こちとら普通の大学生である。なにか武術をやっているでもなく、超能力的な何かもあるわけもない。魔法だのなんだのもないし、その辺の人込みに紛れれば瞬間で見失うこと間違いなしなほどに普通も普通の日本人なのだ。ちょっとだけ成績は良かったくらいしか自慢できる事なんてないくらいなのに、突然大学を車椅子で進んでいたら地面が光ってーの、気が付いたらでっかい部屋のど真ん中にいて、ようこそ勇者様!である。意味が分からない。
そもそも勇者って何だ。何かを成しえての結果として勇者と呼ばれるようになるのではないのだろうか。それとも職業のようなものなのか。良く分からない。
「んー?ああ、そうか。キミは異世界人だから『祝福』も知らないのか」
祝福?
「そう、祝福。この世界の人族ないし魔族って生まれてきたときから『祝福』ってのをもってるのさ。火属性の魔法がうまいーとか、身体能力が優れてるーとか。私なんか体が丈夫いーとかだし。神様が生まれてくる私たちに持たせてくれてる力ってことでみんな神様からの『祝福』って感じに読んでるのさ」
「つまりその勇者ってのはその祝福の一つってことですか?」
「そうそう。確かなんだっけ……普通の人よりも能力の獲得が早かったりとか、身体能力が強化されてたり……なんかすごい祝福だったはずだよ。あとはー……そうだ。魔王に対しての優位性もあったはず」
また新ワード。魔王。勇者と魔王と聞くとまあファンタジーの王道ではないだろうか。いや、待て。先程呼び出された時に言われたでは無いか。魔王を倒せ、と。
つまりは異世界から勇者の祝福を持っているであろう誰かを呼び出して、敵である魔王を倒してもらおう。でも2人もいるや……なら優秀な方だけでいいや。となって、結果俺がお呼びでないとばかりに追い出された、と。2人で協力して倒せ!とはならないものだったのだろうか。それともよいしょするのは1人でいいやとか、そんな感じもしてくる。
「やっぱり酒飲むしかないっすね」
「おー飲め飲め。少年の金だけども飲むがいいさ」
「すみません!これもう1杯!」
やけに水っぽくてうっすいビールのようななにかは量飲みたい時にはおあつらえ向きであった。安いし。居酒屋の100円ハイボールのような何かなんだろうなと思いつつ、ぐびぐびといき、そのまま机に飲みきった木製のジョッキのようものを叩きつけた。
「イザラさん、その祝福ってどこで分かるんですか?」
「そりゃぁ……分析関連の祝福か能力持ちに頼むしかないけども君の祝福が勇者だとしたら自前でできるんじゃないかい?」
やって見ればわかるよとの事だったので、言われるがままに片手で目を覆う。そしてボソッと唱えてみた。
「能力分析」
次の瞬間脳裏に文字の羅列が浮かび上がってきた。なるほどこれが分析の結果と言うものなのか、ゲームのステータス画面のようなものが見えた。
_______
名前:
種族:人族
属性:
職業 : 勇者
状態 : 半身不随 酩酊(弱)
祝福
《勇者》: 称号『勇者』を付与。
《言霊の寵愛》 : 言葉により能力や体力に影響を受ける。
《■■の寵愛》: ■■■■を得る。能力を追加する。
能力
《お菓子のかばん》
《■■》:■■した相手の■■■■を奪う
《■■》:対象を■■ことができる
《■■》:■■■をすることができる
称号
『勇者』:《体力・肉体強化》《魔力強化》《状態異常耐性》《魔王特攻》《能力分析》《言語理解》《運強化》《能力取得強化》《自己空間無制限》
『■■の寵愛を受けし者』
______
色々とツッコミたい文字の羅列があるというかガッツリ表示がおかしなことになっているが、確かに勇者なるものが自分の能力にあることがわかる。自分は勇者であると言うのは間違いのないようであった。しかしなんであろう、このお菓子のかばんというのは。後で調べてみなければならないようだった。
「確かに勇者でした」
「うんうん。称号の所すごいでしょ」
「はい、これはまた…………ん?」
今この人何か言わなかったか。称号のところ?引っかかる言葉に思わず彼女に疑いの目を向けた。先ほどから祝福だのなんだの言っているにもかかわらず称号ときた。まるで祝福そのものがどのような効果を持っているのか知っているかのような………いや、間違いない。
「イザラさん見えてますよね?というか知ってて依頼受けましたよね」
あっ、やべぇバレたと泳いでいる目が語っている。
「あはは………うん。変わった服着てるし?その割にはこの国のお金持ってるしでキミがここに来た時にちらーっと見ちゃったや」
この世界にプライバシーというものは無いのだろうか。
「で、でもっ能力分析持ってるのなんでそんなに居ないからさ、ほらっ安心して、ねっ!」
「説得力ないですよ」
アワアワと慌てたように手を振る彼女に対してため息をつくと自分は新しくやってきたビールもどきを再び煽ることとなった。そりゃぁこんな胡散臭いというか変な依頼も受けてくれるわけである。勇者だなんて名札を首からぶら下げているのである。気にもなるわなぁ、と自分でもおもう。
「ご、ごめんよ少年」
「いえ、自分の胡散臭い話をサラッと信じてくれたのが若干疑問だったので、逆に納得しました。それに怒ったりはないので安心してください」
というか分析と言う能力を持っている人々が一定数いると言う事は、自分はこの先この世界で生きていくにしてもこのなんちゃって勇者の称号から自分は逃げられないと言うことがわかっただけでもよかったとプラス思考で行くしかない。いや、隠す方法とかもあるのだろうか。聞かねば行けないことがまた増えてしまった。
「あの一つ聞いてもいいですか。名前の欄が何も書いてないのですけども」
「あー、それはね「おい、イザラ!時間だぞ」
「あっ、ヤバっ。もうこんな時間」
と、ここで時間切れ。彼女を雇う時の約束であった彼女の仲間達との合流の時間までの飲み会が終わりを告げた。が、聞きたいことは山ほどある。見送るついでに俺は席を立ち手を差し出した。
「もしよろしければ明日も同じ時間でお願いしてもよろしいですか?」
「えっ?いいけども…………また結構飲むわよ?私」
「こちらこそよろしくお願いします」
お互いに笑い合い握手を交わし、手を振って。俺は彼女を見送った。
そして、これがこの世界で自分の人生を大きく変える女性であるイザラとの初めての出会いであったのはこの時の俺は知る由もなかった。
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