特別編2 冴子さんと私とある日の夕飯
「たまには
きっかけは
料理上手で、料理好きな冴子さんが家でのご飯当番だけれど、いつも作らせてばかりなのは申し訳ない。そう思った私は、一週間限定で、夕飯の当番を代わることにした。
私の料理なんて冴子さんに比べたら、そんなに美味しくない気もするけれど、好きな人が食べたいと言ってくれるなら、応えたくもなる。
早速私は家にある冴子さんが買い集めたレシピ集を片手に、奮闘した。
私自身、特別料理が下手というわけではない。かと言って得意でもない。
だからなるべく難しくない料理を作ることで、失敗は防いだ。
幸い冴子さんも喜んで食べてくれたので、及第点は取れたと思う。
そして、当番最後の日曜日。
「冴子さん、今日の夕飯何が食べたいですか?」
「⋯⋯グラタン」
「グラタンですか⋯⋯」
「やっぱオムライスにしようかな」
「オムライスは水曜日に作りましたよ」
「週に二回食べたらいけない、なんて決まりはないでしょ」
「それはそうですけど⋯⋯。グラタン作りますね。私もこう見えて作ったことあるんですよ。前に作ったのは高校生の時でしたけどね。妹からクリスマスにグラタンが食べたいとリクエストされて一度だけなんですけど」
「奈津、無理しなくてもいいのよ。でも奈津が作ったグラタン食べられるのは嬉しい」
「期待しててくださいね!」
私は日が暮れる前にスーパーへグラタンの材料を買いに走った。
スーパーから戻ると私は台所で作業開始。振り返るとリビングのソファにいる冴子さんと目が合った。どことなく心配そうなのは気のせいだろうか。そもそもこの一週間、冴子さんはずっとあんな目をしていた。時折、私が困っていると手助けしてくれたけれど。
「冴子さん、今日は大丈夫ですからね。ゆっくりしててくださいね」
「⋯⋯うん。でも手伝ってほしいことがあったら言って」
「はい。その時はお願いします!」
私はレシピを確認して、手順通りにグラタンを作る。付け合わせはサラダとオニオンスープ。
冴子さんの視線を背中で受け止めながら、ミスしないように茹でたり炒めたり。
一度しか作ったことがないグラタンだけれど、順調に作業は進んだ。
最後にグラタン皿に盛り付けてチーズをのせてオーブンへ。
その間にテーブルを片付けようとしたら、すでに冴子さんが片付けてくれていた。
「冴子さん、グラタンそろそろ焼き上がりますから、楽しみにしててくださいね!」
「うん。奈津嬉しそうね」
「多分美味しくできたと思いますから、冴子さんに早く食べてほしいんです」
私は台所に戻ってサラダやスープをテーブルに運び、スプーンや箸も用意する。整ったところで、オーブンが鳴ったので、急いで戻る。フタを開けると、中から香ばしく焼けたグラタンが現れた。
私は鍋つかみをはめてグラタン皿の縁を持ち、ゆっくりテーブルまで運ぶ。冴子さんの前にある木皿トレーの上に置く。
「どうですか、冴子さん」
「すごく美味しそうにできてるわね」
「本当ですか!? 私の分を運べば終わるので、食べるのはあともう少し待ってくださいね」
私は足早に自分の分のグラタンを取りに行く。狐色になったチーズが美味しそうで、我ながら上手くいったなと感心する。冴子さんも喜んでくれてたし、この一週間、夕飯係を頑張ってよかった。
冴子さんの美味しい手料理を毎日食べられることも幸せだけど、その大好きな冴子さんに自分の料理を楽しんでもらうのも、また幸せなんだと実感した。
私はうきうきとグラタンを持ってテーブルに向かう。冴子さんがテーブルで嬉しそうに待っててくれる。そんな様子を見せられたら、なんか泣けてしまいそう。私はテーブルにグラタンを置こうとして、椅子にぶつかって、腕のバランスを崩す。グラタン皿は木皿トレーに上手く置けずに、ひっかかって、ごとんと鈍い音を立ててひっくり返った。テーブルには白いソースとグラタンがぐちゃぐちゃになって散らばってしまった。
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
グラタンが台無しに⋯?
一生懸命作って、冴子さんと食べようと思っていたグラタン。
冴子さんが褒めてくれたグラタン。
皿からこぼれて、無惨な姿を晒すグラタン。
ぐちゃぐちゃになってしまったグラタン。
「奈津、大丈夫!? 火傷してない!?」
急いで立ち上がった冴子さんが私の手を掴む。
「冴子さん、グラタンが⋯⋯」
「それより火傷はしてない? 手見るよ。⋯⋯⋯特に火傷はしてなさそうね」
「どこも痛くないですけど、グラタンが⋯⋯」
私は信じたくない光景に、これは悪夢だ。覚めたらまた日曜日が始まる。そしてグラタンの材料を買いに行くんだと、心の奥で私が言っている。
「⋯⋯グラタンは残念なことになったけど、奈津が怪我してなくて良かった」
冴子さんが私を抱きしめる。
「私、久しぶりにグラタン作って⋯⋯」
涙が溢れてくる。
「⋯⋯⋯冴子さんと⋯⋯⋯、一緒⋯⋯に、食べる⋯⋯⋯のを、楽しみに⋯⋯」
「分かってる。分かってるから。落ち込まないで。奈津は何も悪くないんだから」
私は全て順調にいっていたこの日曜日を、うっかりミスで駄目にしてしまって、それが情けなくて、しばらく冴子さんの腕の中で泣いていた。
ひっくり返ったグラタンは冴子さんが片付けてくれた。それから夕飯はグラタンを半分こにして食べた。冴子さんが、一緒に食べたいからと。
それだけだと足りないからということで、冴子さんが冷蔵庫の余り物を使ってチャーハンを作ってくれた。
「⋯⋯⋯こんな、こんな美味しい⋯⋯⋯、チャーハン⋯⋯、初めて、ですっ」
「奈津、泣きながら食べないの。グラタンも美味しいでしょ」
冴子さんがティッシュで私の目元を拭ってくれる。
「私、なんで、あんなミス⋯⋯」
「過ぎたことはしょうがないでしょ。忘れて、また次に頑張ればいいのよ。ミスなんて誰だって起こすんだから」
「それは、そうかもしれませんけど⋯⋯」
「グラタン、美味しい! 奈津って料理に自信なさげだけど、いい腕持ってる。私は幸せね。こんな美味しいご飯作ってくれる彼女がいるんだもの」
「それは、私の台詞ですよ⋯⋯!」
「じゃあ、お互い幸せってことね」
冴子さんが本当に幸せいっぱいに微笑むから、私も胸の中が温かくなる。
「ねぇ奈津、また夕飯作ってくれるでしょ。これにこりずに。私はこの一週間、奈津のご飯が楽しみでしょうがなかったんだから。分かってる?」
「⋯⋯もちろんですよ。冴子さんが毎回褒めてくれましたから。それで料理が楽しくなりました。冴子さんが喜んでくれるなら、なんだって作ります」
「私は奈津が一生懸命作ってくれたものなら、なんでも美味しくて幸せになれる。私のご飯を奈津が美味しそうに食べてくれてたなら、それで幸せになれる。だからね、この程度で挫けないで」
「⋯⋯はい!」
私はまた何か失敗したり、やらかしてしまうかもしれないけれど、隣りに冴子さんがいてくれたら、転んでもまた立ち上がって走れる。この先何度だって。いつまでも。
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