第33話 共鳴

 


 今日は奈津なつの妹の日奈ひなさんが家に泊まりに来ている。お昼とおやつを食べて、外にショッピングと夕飯の買い出しに出かけた。


 夜は奈津と日奈さん二人が私の好物をたくさん作ってくれた。私がお昼を作ったお礼らしい。


 とても楽しい夕飯になった。


 私自身は末っ子だから、妹がいるという感覚を知らないが、にぎやかにご飯を作る二人を見ていたら、妹がいる景色とはこういうものではないかと思うことができた。


 今、奈津はお風呂に入っていて私はリビングで日奈さんと二人きりである。


 彼女の妹。姉の彼女。


 日奈さんは少し落ち着かない様子で、時折こちらに目線をよこす。何か話したそうに見えた。


「ねぇ、日奈さん。奈津さんのことで話したいことでもあるの?」


 そう聞くと日奈さんは顔を上げて、口を開いた。

「あのですね、冴子さえこさん」


 その言い方も声も奈津によく似ていて、私は内心微笑ましくて仕方がない。


「私、正直なことを言うと今日は冴子さんに駄目出ししてやろうって気持ちで来たんです。もしかしたら知ってるかもしれないですけど、お姉ちゃんは前の彼女といい別れ方してなくて。だから冴子さんが少しでも嫌な女なら交際反対してやろうって、思ってました」


「思っていた、ということは今はそうじゃないってこと?」


「そうですね。冴子さんがお姉ちゃんを大事にしてるのはこの数時間一緒にいてよく分かりました。だからもう反対してやろうって気はないです」


 日奈さんはそこまで言うと、思案げに目を伏せた。言葉を探っているようだ。


「⋯⋯私とお姉ちゃんって見ての通り、年離れてるじゃないですか。小さい頃は忙しい父や母に変わって、ずっと面倒見てくれてました。うちの両親はお姉ちゃんを甘やかして育てた分、私には厳しくて。でもお姉ちゃんだけは常に私の味方でいてくれて。お姉ちゃんの青春時代ってほぼ私の面倒見るのでつぶれてたんですよ。まぁお姉ちゃんは嫌な顔せず、私のことは可愛がってくれましたけどね」


 懐かしむように一言一言、日奈さんは口にする。


「お姉ちゃんにとってまず一番は私でした。何をするにも。だけど大学生になって、地元離れてからやっと私の面倒見るだけの生活じゃなくなって。ようやくお姉ちゃんは私より一番大事なものを見つけられたんです。それが前の彼女であり、今は冴子さんなんですけど。最初は冴子さんの話を聞いた時はいい気はしなかったです。お姉ちゃんがあんまりに夢中になってるから、何か取られた気になって。ただの幼稚な嫉妬ですけどね」


 常に共にいた姉が今はまるで知らない人の話ばかりしたら、そんな気持ちにもなるだろう。


「でもお姉ちゃんは幸せそうでした。冴子さんの自慢話、たくさん聞かされましたよ」


「そんなに? 全然気づかなかったな」


「早い話が惚気話ですからね。やっぱりそれは冴子さんの前では照れてできないんじゃないですか。お姉ちゃんはやっとお姉ちゃんの幸せを追いかけることができてるのが今です。その幸せがなくなったり、恋人のせいで泣いたりしたら、私は許せないです。だから冴子さんにはお姉ちゃんをずっと、ずーっと大切にしててほしいんです。不幸にしないって」


 日奈さんはとても真剣に、訴えかけるように私を見つめる。どこか託すようでもあり、でも譲りたくもない。そんな複雑な感情を滲ませていた。


「私は完璧じゃないし、何でも奈津のことを察せるわけじゃない。でも、この一年で私にとって奈津はもうなくてはならない存在になってた。奈津の笑顔が絶えないようにしたいって気持ちは、日奈さんと同じくらいあるよ」


 奈津が好き。それは他の誰かに負けるつもりはない。私は負けず嫌いだ。だからこれだけは何があっても譲らない。


「冴子さんにそんな自信満々な顔されたら敵わないなぁ。任せますからね、お姉ちゃんのこと。よろしくお願いします」


 日奈さんが出した手を私はしっかりと握り返した。私の想い、全てを込めて。


「ええ、もちろん」


 奈津は私の誰よりも愛おしい人だから。


 ふと私はここ最近考えていたことを思い出す。奈津の幸せに繋がるかは私にもそれは未知である。ただ、形がほしい。形があったら、とてもいいんじゃないかと思っていた。


 だけど気が早いようにも思うし、嫌だって言われるかもしれない。だから私は迷っていた。


「ねぇ、日奈さん。見てほしいものがあるんだけど、意見を聞かせてくれないかな」


「見てほしいもの、ですか?」


 私は寝室に行き、この一ヶ月ほどで集めた資料を日奈さんの目の前に差し出した。簡単にどういうことかを説明する。


 日奈さんは資料を手に取り、一つ一つ吟味するようにチェックしている。


「私は素敵だと思いますけど。お姉ちゃん絶対にこういうの好きだし。お姉ちゃんには話してないんですか?」


「まだ勇気が出なくて」


「お姉ちゃんなら喜ぶと思うなぁ。何より相手が冴子さんなら尚更」


「日奈さんのお墨付きなら、自信が持てそう」


「しっかり持って大丈夫ですよ。お姉ちゃん、きっと喜びます! 私が言うんだから間違いなしですよ。お姉ちゃんが反対したり嫌がる素振りなんて想像つかないです」


 奈津によく似た顔がきっぱり言うと、妙に説得力がある。


 お風呂場の方から出て来る音が聞こえたので、私は資料をまとめて袋にしまい、テーブルの下に隠した。


「いいお湯でした〜」


 ほどなくして奈津がリビングに顔を出す。


「あれ、冴子さんと日奈、どうかしましたか?」


「どうもしないけど」


「うん、どうもしないよ。お姉ちゃん」


「ええ〜、何か怪しいなぁ。二人でこっそり私の悪口でも言ってた?」


「何言ってるの、お姉ちゃん。そんなわけないじゃん。冴子さんとは世間話して楽しんでたところ。ですよね、冴子さん」


「ええ、そう。何でもない世間話」


「ふーん。まぁそれならいいですけどね」


 奈津はまだ訝しんでいたが、私が冷蔵庫から持ってきたフルーツ牛乳を渡すと、それ以上は追求してこなかった。


 私の自己満足かもしれないけれど、奈津との幸せを形にしたい。


 日奈さんと楽しく話している横顔をみていたら、ますますその気持ちが強くなった。

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