第34話 大好きだから



 私がお風呂から上がり、今度は冴子さえこさんがお風呂場へと消える。


 日奈は何か言いたそうに私を見ていた。


「冴子さんに私の悪口言ってないよね」 


「まさか。お姉ちゃんさぁ、冴子さんに愛されてるよね。私は最初女同士っていまいちピンと来なかったけどさ、お姉ちゃんたち見てたら好きになるのに性別なんて関係ないんだなぁと思ったよ」


「ありがとう、日奈ひな。そう言ってくれるのは嬉しいよ」


「私からは詳しくは言えないけどさ、多分さ、冴子さんはお姉ちゃんをずっと大事にするって覚悟があると思うんだ。だからお姉ちゃんもそれに答えてあげてね」


「もちろん、私だって冴子さんのこと大好きだから」


 二人が私がいない間に何を話していたかは分からないけど、意外と真面目に語らっていたのかもしれない。


「冴子さんがいつか私のお義姉ねえさんになるって信じてる」


「先は長いかもしれないけど、その日が来るまで待っててね。あ、でも冴子さん取るのは駄目だよ」


「も〜、妹をライバル認定するな。お姉ちゃんの彼女を奪うようなことはしないから!」


 私たちはしょうもないことで言い合って笑っていた。


 冴子さんが戻って来ると、日奈はすかさず傍に行き何かを耳打ちしていた。


 悪い企みではないだろうから、私も敢えて聞かないことにする。


「私は先に休ませてもらうね」


 日奈は大きなあくびをすると私の寝室がある方向へと足を向ける。


「お姉ちゃんたちが仲良くいちゃいちゃしてても、何も気づかない振りしてあげるから安心してね。キスでもそれ以上でも楽しんでいいから!」


「日奈っ!」


「じゃ、冴子さんおやすみなさい〜」


「日奈さん、おやすみなさい」


 すたこらさっさと日奈はリビングから去っていた。パタンと扉の閉じる音がして、辺りは静かになる。


「小さい台風って日奈みたいな子のことを言うのかも」


 何だか振り回された一日だった。


「お姉さん思いのいい妹さんじゃない」


「まぁ、そうですね」


 私たちはソファで寛ぎ、特に何を話すでもなくテレビを見ていた。


 隣りにいる冴子さんは何度も手や足を組みかえている。何だか気もそぞろな様子。


「冴子さん?」


「何?」


「そわそわしてません?」


「バレたか」


 苦笑いを浮かべた冴子さんは膝を抱えて、考えを巡らせている。


「日奈のこと、で何か思うことがあるってわけじゃないですよね」


「うん、それは違う。最近悩んでてね。色々と」


「悩みですか。それは私が聞いたらどうにかできることですか? 聞いた方がいいですか?」


「最終的には奈津なつに聞かなくちゃいけないんだけど⋯⋯」


 と冴子さんは口籠ったかと思ったら、腕を取られて抱き寄せられる。


「可愛いね、奈津」 


「唐突ですね」


「そう? いつも思ってることを口にしただけ。でもね、もっと可愛くて素敵な奈津が見たい。見たいなって考えてて」


 冴子さんは私を放すと、テーブルの下から白い紙袋を取り出した。


 その中からいくつかの封筒を出して並べる。以前寝室で見かけたものだ。


「奈津、これ見てくれる?」


「何ですか、これ。全部見てもいいですか?」


「うん」 


 私は一つ封筒を選び、中身を引っ張り出す。

    

 表紙には真っ白なモーニングコート姿の男性とウェディングドレス姿の女性が、満面の笑みを浮かべて写っている。


 どこかの撮影スタジオのパンフレットのようだった。


「めくってみて」


 と言われて私はページを一枚ずつめくっていく。

 そこには男性二人がモーニングコート姿で写っていた。隣りのページにはウェディングドレス姿の女性二人が写っている。


 どちらも幸せそうな表情でこちらを見ていた。


 同性同士のウェディングフォトだ。


「冴子さん、これ」


「他のも見てみて」


 私は言われるがまま、他の封筒に入ったパンフレットを開いていった。


 どのパンフレットにも同性同士のウエディングフォトが載っている。


「色々と調べて、同性同士の写真を撮ってくれるところを探してたの」


 いつだったか、冴子さんはウェディング姿の写真をパソコンで見ていたことがあった。きっとあれもこれに関係した調べものだったのだろう。


「いきなりすぎたかな。でもね、私奈津と写真撮りたいなって思って。何でもいいから、形として奈津のことが好きってことを残したかったの。まだ付き合って一年なのに、自分でもどうかとは思ったんだけど⋯⋯」 

   

 私は気づいたら冴子さんに飛びついていた。


「奈津⋯⋯」 


「私、冴子さんは結婚に憧れがあって、でも私とは出来ないから悩んでいるんだと思ってました」 


「もしかして、それで奈津のこと不安にさせてた?」


「少しだけ、ですけどね」


 冴子さんは変わらずに私だけのことを考えていてくれたのに、私は信じきれなかった。そんな自分をひっぱたいてやりたい。


 この人はいつだって私を一番に想っていてくれたのに。それを知らなかったわけじゃないのに。


「奈津がたまに憂えていたけど、私のせいだったか。ごめんね、ちゃんと話せばよかった」


「私の方こそ、きちんと冴子さんに自分の気持ちを話せばよかったんです。冴子さんが私とのこと、形にしたいって考えてくれてて、言葉にできないくらい嬉しいです」


 私はもっともっと、冴子さんを感じたくて強く抱きしめた。柔らかな体に、体温に、ほのかに香るせっけんの匂い。


 大好きな人がここにいる、こうして全身で感じられる。


 改めてそれを思うと、愛おしくて離したくない気持ちがより強くなった。


「もし奈津が賛成してくれたら、奈津の誕生日に撮りに行きたいなって思ってて。ちょうど日曜日でしょ」


「今年は日曜日でしたっけ。まだ先なので確認してなかったです。私の誕生日でいいんですか?」


「特別な日がよかったから。だめ?」


「全然、そんなわけないじゃないですか。想像したら、すごく楽しみになってきました。八月が待ち遠しいです」


 私たちはまだ何でもかんでもお互いのことが分かるわけではない。時には気持ちが上手く重ならないこともある。それはこの先も変わらずあるだろう。


 だけどお互いに大切に思っていれば、どんなことでも乗り越えて進んで行ける気がする。


 私は何より、冴子さんとこれからも未来に向かって共に歩いていきたいから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る