第30話 私のもやもや
日曜日の午後。外は絵に描いたような五月晴れだが、私たちは家でのんびり過ごしていた。
自室の掃除を終えた私は寝室もとい冴子さんの部屋に入り、窓を開けて風を通し、掃除機をかける。基本的に掃除は私の役割分担なので、寝室も私が掃除することになっている。
五月の爽やかな風が心地よく、私は思わず鼻歌が出る。
部屋の隅の机周りに掃除機をかけていた時だった。腕が机の上の何かに当たり落ちてしまった。掃除機を止めて、私はそれを拾い上げる。大小様々な封筒で、表の下の方にはどこかの式場らしき名前が印刷されていた。
(仕事で使うのかな)
少し引っかかったが、私はそれを元の位置に戻して、掃除を再開する。
ふと最近あった出来事が思い出される。
あれは一週間ほど前のことだ。
私は冴子さんたちと同じ部署の女性何人かで集まり飲みに出かけた。
みんなでとりとめもない話に盛り上がり、いつしかそれは結婚の話へと変わっていった。
一緒に遊園地へ遊びに行ったこともある
お姉さんが送ってくれた写真を私たちにも見せてくれた。幸せそのものな新郎新婦。美しい花嫁に感嘆の声がもれる。
「結婚式かぁ⋯⋯」
それを見た冴子さんは珍しく物憂げな顔を見せた。
「何、冴子。結婚に興味あるの?」
「全くないわけでもないけど」
冴子さんと私の目が合う。
「まぁ、私には関係ないことだから」
あとは何も聞くなと言いたそうな空気を纏って、ビールに手をつける。
私と冴子さんはどう頑張っても、どんなに愛し合っていても、今の日本で結婚というゴールを迎えることはない。
私自身は物心がついた頃から同性が好きだったせいか、自分に結婚などというイベントは無縁だと分かっていた。
だけど冴子さんは違う。冴子さんは私と違って相手が女性でなくてはいけないわけではない。冴子さんは男性も愛せる人だ。
私がいなければ、結婚する未来を手に入れることができる。
冴子さんがもし結婚への憧れがあっても、私が相手では叶えることは不可能だ。
(冴子さんも好きな人の隣りでウェディングドレス着たいのかな)
そんな気がして胸が苦しくなる。
(冴子さんの幸せを願うなら、私はいない方がいいのかもしれない)
そんな思いが私の中でこだましている。
私はふつふつと芽生えた不安の靄を振り払うように、掃除を続けた。
一通り終えてリビングに戻ると、冴子さんは変わらずノートパソコンに向かっている。
何気なく後ろから覗くと、そこには白いドレス姿の女性が映っていた。
(ウェディングドレス⋯⋯)
自分の中の靄がゆらゆらと出て来るのを必死で蓋をする。
「冴子さん!」
声をかけると慌てた様子でパソコンを閉じた。
(見られたくなかったのかな?)
その様子に私は不安になったけれど、今はあまり深く考えないようにしよう。
「何?」
焦った様子を隠すような冴子さんの声音。
私は何も気づいてない素振りをしておこう。
「暑いので冷たいものでも飲みます? アイスコーヒーか何か作りましょうか?」
「そうね。お願いしてもいい?」
「もちろん。淹れて来ますね」
私はこれからも冴子さんといられるのだろうか。
そんな疑問を頭から消して私は黙々とアイスコーヒーを作った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます