第25話 待ち合わせバレンタイン

 



 日曜日のデパートは賑やかだ。そろそろバレンタインも近いとあって、ハートが乱舞するポップや飾りがよく目に入る。


 私は冴子さんとの待ち合わせ場所である、一階のエントランスホールへと向かった。中央にはハート型のピンクや赤色のバルーンがふわふわと体を揺らしている。


 私は隅に置かれた木製のベンチへと腰を下ろした。珍しく冴子さえこさんが先に来ていない。


買い物の待ち合わせで私が遅くなるのが常なのに。


(冴子さんもたまにはのんびり買い物したいのかも)


 私はスマホを取り出してメールを確認する。久しぶりに妹からメールが届いていた。友だちと水族館へ行ったらしく、私宛のお土産を買ったと写真付きでの報告だった。


 妹の日奈ひなにもそのうち彼氏ができるのかもしれないと思うと、何とも言えない気持ちになってくる。年が離れているせいか、喜びよりも複雑な気持ちの方が大きかった。姉というより娘を取られた父の気持ちに近い。


 そんな自分にため息をついて、気分を変えるためにスマホをカバンにしまい込んだ。


 辺りを見回すと、私と同じように待ち合わせしている人たちが目に入る。


 すぐ隣りのベンチには私と同じ年くらいの女性が人待ち顔で座っていた。ほどなくして男性が迎えに来た。二人は腕を組んで去って行く。デートの待ち合わせだったのだろうか。


(そういえば、冴子さんとデートの待ち合わせってあんまりしたことない気がする)


 一つ屋根の下に暮らしているので、どこへ行くにも大概一緒だ。だから今みたいに外で別々に合流して待ち合わせることはあっても、デートの待ち合わせというものがない。


 視線の斜向かいには高校生くらいの男の子が腕時計を気にしながら、きょろきょろとしている。彼も誰かを待っているのだろう。そわそわと落ち着かなさそうに、周囲を見渡す。


 私もあんな風に冴子さんを心待ちにしながら来るのを待ってみたい。何故だが急に無性に待ち合わせしてデートをしたくなる。顔を上げると、向こうから冴子さんが歩いて来る姿が見えた。


 いつ見ても遠くから見ても、近くから見ても相変わらず素晴らしく素敵な人。


 私がにやけていると小走りでこちらまでやって来る。


奈津なつ、遅くなってごめん。待った?」


「いえ、私もさっき来たばかりですから。それにいつも私が冴子さんを待たせてますから気にしないでください」


「これ買ってたら遅くなっちゃった」


「何ですか、それ」


 冴子さんは小さなダークブラウンの紙袋を目の前に持ち上げる。


「チョコレート。見かけたら欲しくなって。奈津が好きそうなのも買ったから、帰ったら一緒に食べよ」


「わぁ〜、ありがとうございます」


 冴子さんが私のことも考えて買ってくれたのが嬉しい。チョコレート大好きな冴子さんだから、きっと美味しいに違いない。


「ところで冴子さん、バレンタインの日空いてますか」


「?? 空いてるけど」


「デートしませんか? 外で待ち合わせてデート」

 

 



「わざわざ待ち合わせたいなんて、奈津って変わってるね」


 と不思議そうな顔をしながらも、冴子さんは了承してくれた。


 ちょうどバレンタインの日は日曜日。デートするのにこんなにいい日もない。


 十四日当日、私たちは日中はそれぞれ外で過ごして、夜になったらショッピング街にある展望台で待ち合わせすることになった。


 朝もあえて顔を合わさないようにして、冴子さんが先に家を出た。


 私は姿見の前で服をとっかえひっかえして、服装に頭を悩ませていた。


 冴子さん好みの服装をイメージしながら、あれでもないこれでもないと服を入れ替え、決まるまでに一時間半もかかってしまった。 


 自分なりにこれ以上はないコーデで決め、上には冴子さんからクリスマスにプレゼントしてもらったコートを羽織る。


(これで完璧)


 私はもう一度確認して、部屋を出ようとして忘れ物を手に取る。


(肝心なものを忘れるところだった)


 私は冴子さんに渡すバレンタインのチョコレートが入った袋を持って、今度こそ部屋を出たのだった。 

 

 



 家を出た私は最寄りの駅ビルへと入った。適当に見て歩く。夜はデートなので、あれやこれやと買って荷物を増やすわけにはいかない。目ぼしいものは別の日に買いに来よう。


 最後に本屋で気になっていた小説の文庫本を買う。


 駅ビルを出て、すぐ近くの喫茶店に入った。珈琲をお供に小説をパラパラとめくる。一息ついたところでお昼になった。


(ここで食べるか、他のお店に行くか、どうしよう)


 急にパスタが食べたくなったので、私は喫茶店を後にした。駅から少し歩くけれど、美味しいお店がある。冴子さんが教えてくれたお店で、二人で度々足を運んだことがあった。


 細い路地に面したイタリア料理店は、小さいながらおしゃれで味の評判も良い。値段も手頃で私はとても気に入っていた。


 中に入り席に通される。お店の中ほどの席に来た時に、少し離れた席の人とばっちり目が合った。


(冴子さん!!)


 まさかここで会うとは予想外だった。冴子さんも同じ気持ちだったのか、顔が驚いている。


 せっかく会えたのだから、ここは相席して一緒に食べるべきだろうか。それとも待ち合わせデートに備えて別々のまま過ごすべきか。迷っているうちに席に案内されて、何も言い出せないまま腰を落ち着ける。


 夜は一緒なのだから、ここは別々でお昼にしよう。


 お互い顔を上げれば目が合うような位置にいる。


喧嘩したわけでもないのに、別の席で食事するというのも何だかおかしな気がしてくる。


 同じ時間に同じ場所でご飯を食べたいと思うなんて、私たちも知らず知らずのうちに似てきたりしたのだろうか。何だか嬉しいような、少しこそばゆいような。


 私はスマホを取り出して、チャットメールで冴子さんにメッセージを送る。


『何食べてるんですか?』


 すぐに返信が届く。


『ボンゴレ』


 私もそれにしようと決めて、ウェイターさんに同じものを頼んだ。


 離れた席で冴子さんが笑っている。


 どうせなら同じものを食べたかったから。


 私より先に来て食べ終えた冴子さんは席を立つ。私のところまで来ると


「また後でね」


 と言って去ってしまった。


 ちょっとだけ寂しさが胸に広がる。


(やっぱり相席すればよかったかなぁ)


 私はパスタをフォークに絡めながら、後悔のようなものを噛み締めた。



 

 

 お昼を終えて、私は手芸店にやって来た。ほしかった細々としたものを買い、店を出る。


 次はどこへ行こうかとしばらく考え、映画を観に行くことにした。


 三駅先にある待ち合わせ先の大きなショッピング街に足を運ぶ。今日はここにある展望台で会うことになっているので、ちょうどいい。


 映画館は特別大きくはないけれど、重厚な作りで、館内はどことなくレトロでありながら近代的に洗練されており、気分が高揚してくる。


(何で冴子さんと来なかったんだろ)


 こんないい場所なら、二人でわいわい言いながら楽しみたかった。


 最近はいつでもどこでも冴子さんと一緒なので、隣りに彼女がいないことが不自然であり物足りなくなってくる。


 私も冴子さんも大人なのだから、たまには一人で何かを楽しむのもいいではないか。と思うのだけど、寂しいものは寂しい。


 そんな気持ちを払拭するために、私はどの映画を観ようか吟味する。


 最近テレビCMも流れ、面白いと話題になっているミステリー系の映画を観ることにした。


 チケットカウンターには数人並んでいるので、私も列の最後尾に付く。私の後ろに人が来た気配がして、振り向こうとしたところで肩を叩かれる。


「奈津、ここにもいた」


 私の後ろにいたのは冴子さんだった。


「⋯⋯また会っちゃいましたね」


「そうね。別々に行動してるのに、これじゃ待ち合わせる意味ないんじゃない」


「そんなことないですよ、多分」 


「奈津は何観るの?」


「あのミステリーのやつですよ。CMで最近流れてるあれです」


「ふーん。奇遇ね。私もそれ観ようと思って来たんだけど、一緒に観る?」


「⋯⋯⋯⋯、み、観ません!」


「隣りで一緒に観たくない?」


 じっと瞳を見つめられて、断る気持ちがするすると萎んでいく。


「⋯⋯観たいです」


「そうしようか」


 私たちは隣りの席を選び一緒にチケットを買った。


 上映時間も迫り、私たちは劇場の中に入る。


 上段の端の席に並んで座る。


「ここでも冴子さんと会うなんて思いませんでした。以心伝心ってこういうのを言うんですかね」


「どうだろう。いつも一緒だから、好みや考え方が似てきたのかもね。で、待ち合わせはするの?」


「約束通り、展望台で!」


「うん、分かった」


 劇場内はそこそこ人で埋まり、照明が落とされる。暗い空間。普段とは違う特別な空間。


 気づけば、私たちは人目につかないのをいいことにずっと手を繋いで映画を観ていた。

 

 


 

 二時間たっぷり映画を楽しんだ私たちは、館内を出てそれぞれ左右に別れて目的地に向かうことにした。一緒に待ち合わせ場所に行ったら、待ち合わせる意味がなくなってしまう。 


 待ち合わせは夜の六時。まだ十五分ある。


 私はやや遠回りとなるルートで展望台がある建物まで歩いて行く。


 エレベーターに乗り、三十八階の最上階へ到着した。先に冴子さんが来ているはずなので、私は彼女の姿を探す。


 窓の向こうにはすっかり夜の帳が降りた黒い空と、無数の宝石を広げたようなきらめく夜景が広がっていた。


 展望室をうろうろしながら、ようやく冴子さんを見つける。こちらに背を向けているので私には気づいていない。


 首元に巻かれたマフラーは私がクリスマスにプレゼントしたものだ。


 よく見慣れた均整のとれた後ろ姿。


 私のとても愛おしい人。


 今日、会わないままここに来ていたら、私は今と同じ気持ちだったのだろうかと思いを巡らす。


 きっと会わなくても、この人への愛おしさは変わったりしない。どんな時に会ったって、冴子さんが大好きなことは同じだから。


「冴子さん!」


 私が声をかけると、甘く優しい笑顔で迎えてくれる。


「奈津、やっと来た」


「ちょっと遅くなりました。夜景きれいですね」


「うん。いつまでも見ていられそうなくらいね」


 私たちは並んで、きらきらと輝く東京の街並みに目を奪われた。 


「冴子さん、渡してもいいですか? チョコレート」


「いいよ。奈津が何を選んでくれたのか楽しみ」


「冴子さんが喜んでくれそうなものを選んだつもりです」


 私はプレゼント用にラッピングされたチョコレートを手渡した。


「猫ラベルで有名なチョコレートです。冴子さん、猫好きですよね。だから贈るのにぴったりなんじゃないかと思って⋯⋯」


 話していると冴子さんの顔がだんだんと真顔になっていく。


「どうかしましたか?」


 好きなものでも、かけ合わせたらだめだったりしたのだろうか。私が選んだのは箱に猫のイラストが描かれたもので、猫とチョコレートと言えばこれしない、有名なメーカーのものだ。しかしNGなのかと不安になってくる。


「いや、あの。うん。ありがとう奈津。私のこと想って選んでくれて嬉しい。で、ちょっと言いにくいんだけど、私も同じの買ってて」


 冴子さんもカバンから可愛い包装紙で包まれた箱を取り出す。


「気に入っているチョコレートだから、奈津にも食べてほしくて猫ラベルのにしたんだけど⋯⋯」


「同じチョコ買ってたってわけですね」


「そうね。チョコまで被っちゃった」


「でも大事なのは誰が贈ってくれたか、ですから」


 私たちはラッピングが違うだけでそれぞれ同じであろうチョコレートが入った箱を渡しあった。


「冴子さん、私が買ったのはヘーゼルナッツ味なんですけど、もしかして味までお揃いになってたりします?」


「私はミルク味選んだ。フレーバーは別だね」


「そうですね。そこまでは被りませんでしたね。帰ったら半分ずつにして分けて食べませんか?」


「いいね。別の楽しみが増えた」


 今日は違う場所で過ごすつもりだったのに、お昼も映画も一緒になって、買ったチョコレートまで同じだった。


 付き合っていればこんな偶然もたまには起こるのかもしれない。


「奈津、夜ご飯食べに行こうか」


「はい。行きましょう」


 私たちは光り輝く夜の街へと向かった。                    

                     

 

         

  

  

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