第21話 そのぬくもりが愛おしい
私は
「
冴子さんもそんな私を突き放すことなく、抱き寄せてくれるのでくっつき放題だ。
「私は冴子さんと反対で寒いのは苦手なんです。こういうのって生まれた季節、関係あるんでしょうか」
「どうなんだろ。私も暑いのは苦手だから」
冴子さんは冬生まれで、私は夏生まれだった。
布団に入って手が温まったので、私は冴子さんのパジャマの中に手を忍び込ませた。直に触るとより温かい。
冴子さんも怒らなかったので、私はそのまま眠ってしまった。
まだ十八時にもなっていないのに、外は黒い帳が降りていた。
冴子さんが買いたいものがあると言うので、私たちは会社帰りにデパートへ寄った。
吹き抜けになったエントランスには巨大なツリーが聳えて、きらきらと宝石のように光る飾りが目を見張る。
私もついでに欲しかった雑誌を買いに行くことにしたので、このツリーを待ち合わせ場所にして私たちはそれぞれ目的のお店へと向かった。
冴子さんが何を欲したのか気になりつつも、私は本屋に入り目的の雑誌を購入した。
しばらくフロアをうろうろしてからツリーの場所に行くと、少し遅れて冴子さんが戻って来た。
「欲しかったもの見つかりましたか」
「うん。ちょうどいいのがね」
冴子さんは紙袋を見せる。
「教えてくれたらクリスマスにプレゼントしたんですけど」
「これはプレゼントに欲しいとかそんなんじゃないからいいの。夕飯の買い出しに行こうか」
私たちはスーパーの入っている地下へとやって来た。帰宅時間とあってかけっこうな人で賑わっている。
所々、クリスマスの飾りつけがされたスーパーをカートを押しながら見て回る。
買い出しの材料を選ぶのは冴子さんの役目だ。彼女がご飯を作っているので、私は後を付いて行くだけ。
今日の冴子さんは真っ黒なコートを羽織っているせいで、いつも以上に引き締まって見える。売り場を颯爽と進んで行く姿を眺めていると楽しい。背筋がいいので歩くだけで様になる人だ。
何でこんな素敵な人が私なんかの彼女になってくれたのだろうと、たまに真剣に考えてしまう。
行き交う人に冴子さんを自慢したい衝動を抑えながら、卵の並ぶ棚の前に来た。冴子さんが卵をカゴに入れる。
「奈津、他に何か買うものある?」
「うーん、特には。あ、お醤油少なくなってきたので買っておきますか?」
「そうね。重いけどまた無くなってから買うのも面倒だし」
回れ右をしてお醤油売り場へ行く。
しかし、私は途中で立ち止まった。
「冴子さん、ちょっとお菓子のコーナー見てもいいですか?」
「いいけど」
私はカートをお菓子売り場に向けて、チョコレートの前で止まる。発売されたばかりのホワイトチョコレートを使ったお菓子を手にした。
「奈津、また私に買うの?」
呆れたように冴子さんが笑う。
「これ美味しいってネットで評判なんですよ」
チョコレートが大好きな冴子さんを喜ばせるには、やはりチョコレートが一番。
最近では冴子さん以上に私の方がチョコレートの新製品をチェックしている。
「たまには奈津が食べたいお菓子買えばいいのに」
「私もチョコレートは好きですよ」
私はカートにお菓子を追加した。
好きな人が好きなものを美味しそうに食べていることの幸せと言ったらない。
最後にちゃんとお醤油も買って私たちは帰宅した。
寝る時間が訪れ、私は冴子さんより一足先にベッドの中にいた。もう寒くてここから出たくない気持ちが増殖している。
しばらくすると冴子さんも寝室に戻って来た。手には何か持ってる。
「これ使う?」
冴子さんが差し出したのは赤色のフリース地の袋だった。受け取ると温かい。中には湯たんぽが入っていた。
「温かいですね。冴子さん冬はよく使ってるんですか?」
「ううん。これは今日買ったやつ」
「もしかして冴子さんが欲しいって言ってたの湯たんぽだったんですか?」
「そう。だって奈津いつも寒そうだから」
「私のために、ですか?」
冴子さんの優しさが見に染みる。寒がりの私を気遣って買ってくれたのだろう。
私は左腕に湯たんぽを抱え、ベッドに入ってきた冴子さんの腕を右手で引き寄せた。
「ありがとうございます」
「これで温かくして眠れるね」
「はい」
私は湯たんぽを抱ええながら、これだと冴子さんに抱きつけないことに気づいた。せっかく買ってくれたのだし、ちゃんと使うべきだ。
くっつけないのは寂しいけど、冴子さんだって私にずっと抱きつかれていたら寝にくいはず。
(湯たんぽを冴子さんだと思おう)
私はぬくぬくとした湯たんぽを抱え、冴子さんに頭を撫でられているうちに眠りに落ちた。
その日以来、冴子さんは毎晩湯たんぽを作って持って来てくれるようになった。
何日か続くと、冴子さんに触れられない寂しさも出てきたが、私は渡された湯たんぽのぬくもりにあっという間に夢の住人になってしまう。
寂しい以外は湯たんぽがあることで困ったことはないのだけど、毎朝起きると、湯たんぽは何故か私の腕の中ではなく足元に移動していた。
私が無意識にやっているのだろうか。
今日も目覚めれば、腕の中から消えている。
隣りの冴子さんはすでに起き上がっている。
「冴子さん、湯たんぽが足元にあります」
「ずっと抱えてたら危ないでしょ」
「危ない、ですか?」
「低温やけどしたら危ないから、奈津が寝た後に離してるの」
ということらしい。本当に冴子さんは、いつもいつも私が困らないように行動してくれる。
冴子さんがベッドから出ようとしたので、私は腕を掴んだ。
「奈津?」
「もう少し近くにいてください。寒いので」
「しょうがないね」
ベッドに戻った冴子さんは私を抱き寄せる。
「これでいい?」
「はい」
やっぱり、温かくても湯たんぽより大好きなの人のぬくもりの方が落ち着くと改めて思った私だった。
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