第7話 うちの可愛いネコ

 九月に入りまだ暑さが残る中、私は広報部の女子会もとい飲み会に参加していた。


 会社の裏手にある居酒屋で好き勝手お喋りして飲むのもたまには楽しい。


高野たかの先輩、さっきから嬉しそうにスマホずっと見てますね」


「もしかして彼氏からのメールですか?」


 他のみんなは珍しくスマホに夢中な冴子さえこさんの様子が気になるらしい。


「ごめんなさい。家のネコが可愛くて。写真がよく撮れたものだから」


(マルくんのことか)


 と私は納得する。


 マルくんとは冴子さんのお姉さんが飼っている白と黒のハチワレ猫だ。


 お姉さんがよく写真を送ってくれるらしく、私も時々見せてもらう。


 まだ仔猫なので小さくて、ふわふわのぬいぐるみみたいな愛くるしさに冴子さんも魅力されている。


 家で使っているパソコンの壁紙もマルくんの写真だった。


「どんな猫ちゃんなんですか? 私も見てみたいです!」


「私も!」


 冴子さんはスマホをみんなに見せる。


 そこにはやはり予想通り、マルくんが名前の通りに丸くなって眠っている可愛らしい姿があった。


「可愛い〜!」


「いいなぁ、私も猫ちゃんと暮らしたい」


「どんな猫ちゃんなんですか?」


 見せられた広報部女子たちから歓声が上がる。


「おとなしいけど人懐っこい子。あと甘えん坊かな」


「甘えん坊な猫ちゃんなんて可愛くて最高ですね」


「そうね」


 冴子さんはすごく嬉しそうに微笑む。


 猫にデレデレしすぎな気もして私は少し妬けてきた。猫相手に嫉妬するなんて我ながら大人気ないけれど。


「猫ってあまり懐かないって言いますけど高野先輩の猫ちゃんは最初から懐いてたんですか?」


「うん、わりとね。毎日一緒に寝てるよ。夜に甘えさせるとよく"なく"から困るけど…。そこも可愛いかな」 


(毎日一緒に寝てる…!?)


 マルくんはお姉さんの家で飼われているので私たちの家には当然いない。


 冴子さんと反対隣に座るたちばな先輩は何故かテーブルに突っ伏して肩を震わせている。


「た、橘先輩?」


 顔を上げた橘先輩は声を出して笑い出した。


 他のみんなは突然のことにきょとんとしている。


「……ごめんっ……何でもないっ…ちょっと思い出し笑いだからっ…! 私のことはいいからみんな話続けてて。冴子、奈津なつちゃんにも……ネコの写真、"ちゃんとよく見せて"あげなよっ……」


 笑いすぎて出た涙を拭いながら橘先輩は何とか笑いを堪えようとしていた。


 冴子さんは画面をスライドさせると私にだけ見えるように画面を提示する。


「……!?」


 私はそれを見て手に持っていたグラスを落としそうになった。


 そこに写っていたのは冴子さんのパジャマを着てベッドで枕を抱えたまま眠りこけている私だった。


「可愛く撮れてるでしょ、寝顔」


 冴子さんは明らかに面白がって私を見ている。


「そ、そうですね〜。…ごめんなさい、私ちょっとお手洗い行ってきますね」 


 私は赤くなる顔を見られる前に急いで席を立ってトイレに駆け込んだ。


(ネコって、私の事、そういう事!? あの写真いつ撮ってたの!!)


 まさか冴子さんが私の写真を保存してるなんて思ってもいなかったので、照れくささと嬉しさで体が火照ってきた。


(落ち着け、落ち着け)


 鏡の向こうで真っ赤になってる自分に言い聞かせる。


(猫にデレデレしてたわけではなく私に…)


 冴子さんが私を愛してくれているのは嬉しい。それは最高に嬉しい。


 だけど、あんなやり方はずるい。


 今すぐにでも冴子さんに抱きつきたい気持ちで腕がそわそわする。


(帰ったら思いっきり抱きついて甘えてやるんだから!!)


 上げるに上げられない叫びを押し込めて私は席に戻った。  

 

 

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