第6話 化粧室にて
休憩時間に化粧室に行くと、
私も彼女の隣でメイクを直す。
「
「よくわかりましたね。そうなんです。冴子さんがくれたんです」
「そのブランド、冴子好きだからそうなんじゃないかなって思って」
「冴子さんがこの色似合うからってくれたんです。私にはちょっと明るすぎるかなと思ったんですけど、これにしてから顔色が良くなったって褒めてもらえるんですよね」
「確かに最近の奈津ちゃん、前より顔が明るく見えるかも」
時々、冴子さんは私よりも私のことをよく分かってるのではないかと思うことがある。
「ところで奈津ちゃんは冴子のどこが好きなの?」
「い、今更ですか?」
何でそんな恥ずかしいことを聞くのか。
「ほら、冴子って顔しかいいところがないでしょ。顔しか」
「もう、そんなことないですよ!」
橘先輩はこんなことを言うけれどけして冴子さんと仲が悪いわけではない。二人のコミュニケーションはだいたい憎まれ口である。
お互い気心が知れてるからこそのやり取りだった。
私とはできないやり方で仲がいい。
「冴子さんは態度はそっけないですけど、本当にすごく優しくて思いやりがあって、いつも私のことを大切にしてくれてます」
「うん、うん。他には?」
「困ってると、こちらが何か言う前に気づいてさり気なく助けてくれたり、落ち込んでる時も察して冴子さん流に励ましてくれますし」
「で、他にも好きなところある?」
「ん〜全部何もかも大好きですけど…。あとご飯が美味しいです。冴子さん料理が得意なので。最近はお弁当作ってくれるんですよ! そのくせ自分はコンビニで済ますんですよね〜」
「そうなんだ。あのお弁当冴子の手作りだったのね。ところで、夜も優しいの、冴子は?」
「そ、それはノーコメントで」
恥ずかしいことまで聞かれて顔が熱くなる。
「冴子、下手くそなのね。あんななりして下手って意外ね〜。奈津ちゃんが不憫だわ。夜だけダメなんて」
「へ、下手じゃないですよ!」
恥ずかしいけれどここは冴子さんの名誉のためにも否定しておかなくてはならない。
「ちゃ、ちゃんと優しくしてくれますし……幸せな気分にして、くれます………」
何故会社の化粧室でこんな恥ずかしくならなくてはならないのか。ちょっとだけ橘先輩が憎らしくなる。
「そうなんだ。それは良かった!」
先輩は実に満足そうに微笑む。
「ねぇ、冴子聞いてた? 聞こえてたよね? 奈津ちゃんに愛されてて幸せね!」
「……!?」
橘先輩が個室に向かって話しかける。
自分と先輩以外の人がいることまで全く意識してなかった。
一番奥の個室だけドアが閉まっていることに気づく。
「あの…先輩?」
今どういう状況になっているのか理解してきて変な汗が流れてくる。
「大丈夫! 気にしないで! あそこにいるの冴子だから」
「そうじゃなくて……」
「邪魔者は退散するから、あとは二人で仲良くしてね。あ、仲良くしすぎて仕事忘れないでね! それじゃ!」
橘先輩は颯爽と化粧室を去っていく。
私たちはしばらく何もできずにその場に固まっていた。
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