第5話 ライバル?
「
と同じ広報部の
今年の春に営業部から異動してきた山下先輩は私より二つ年上で、爽やかなスポーツマンタイプのイケメンだ。
そのせいか営業部時代から社内でも人目を引き、女子社員から人気があった。
「決して、藍田さんに下心があるとか全っ然そんなんじゃないんで安心してください! 本当に全くないんで!」
そこまで否定されると女として私はどうなのかと思わなくもないけれど、仕事の話なのだろうと思い私は彼と一緒にランチをすることになった。
彼女であり、同じ広報部の先輩である
冴子さんは私が女性の先輩と仲良くしていると機嫌が悪くなるのに、男性相手なら別にどうでもいいらしい。
私が女性しか恋愛対象として見ないと知っているから関心がないのかもしれない。
(社内でも人気のある山下先輩に誘われたんだから少しくらい嫉妬してくれてもいいのに)
微塵も嫉妬する素振りをしてくれない冴子さんに少し不満を抱えつつも、私はランチをするために外へ出た。
私たちは会社から徒歩五分ほどの場所にある小さなイタリアンレストランに来ていた。
冴子さんともたまに来る場所だ。
でも今日向かいに座っているのは山下先輩。
「藍田さんと
高野先輩とは冴子さんのことである。
「そうですね…」
まさか付き合ってるとは言えない。
「こんな事を藍田さんに聞くのもあれなんですけど、高野先輩って今お付き合いされてる方いるんですかね?」
思ってもいなかった質問にむせそうになった私は慌てて水を飲む。
今目の前に座ってる女と付き合ってるとは夢にも思わないのではないか。
「何で……そんなことを…聞かれるんですか?」
自分でも思ったより動揺していたみたいで声が震えていたかもしれない。
「実は前から高野先輩のことが気になってて。俺、昔から高野先輩みたいな年上の女性が好みで…」
「………」
「こんな事を藍田さんにお願いするのも悪いかなと思ったんだけど、俺と高野先輩の仲を取り持って欲しいってのは…無理ですよね?」
私と話したいとはこういうことだったのかと納得する。
「冴子さん、好きな人いるみたいですけど」
まるで他人事のような言葉が出る。
「そうなんですか!? 好きな人ってことはまだ付き合ってはないんですよね!?」
「………さぁ、プライベートなことなのでそこまでは分かりません」
冴子さんはフリーではないし、私という彼女がいると声を大にして言いたい気分だった。
「高野先輩ってどんな人がタイプなんですかね? 何か聞いたことないですか? 高野先輩は背が高いから付き合うなら自分より高い人を好みそうですよね。俺、身長だけはあってよかったですよ」
冴子さんのことをよく知りもしないくせに決めつけないでほしい。
「身長で選んだりはしないと思いますよ」
「見た目じゃなく中身を重要視するタイプなんですね! 高野先輩ってクールですよねぇ。同じようなタイプの方が惹かれたりするのかなぁ」
「別にそうとも限らないんじゃないでしょうか」
ことごとく私とは違うタイプを挙げてくるので煽られている気分になる。
なるべくイライラが表に出ないように笑顔を作る。
時間を巻き戻して山下先輩からの誘いを断りたい気分だった。
私と冴子さんは帰宅ラッシュで寿司詰め状態の電車から降り、駅近くの喫茶店でパフェをつついていた。
「
「そうですか? そんなことないですよ」
喫茶店に入ろうと言い出したのは冴子さんだ。
私の様子が変だったから気をつかってくれたのかもしれない。
「ねぇ、山下に何か言われたの?」
「別に、何も言われてませんよ。仕事の話をしただけです」
冴子さんの隣に山下先輩が並んでいるところを想像する。
誰もが羨みそうな美男美女のカップルが出来上がった。
悔しいけど、私なんかより山下先輩といる方が絵になる。
「仕事の話しただけで、そんな機嫌が悪くなるわけないでしょ」
「……私だってたまには虫の居所が悪くなるくらいありますよ。……山下先輩は関係ないです」
「嘘。あいつとお昼に行った後からおかしい」
(本当、冴子さんって鋭いなぁ)
「……あいつに嫌なことでも言われた?」
「まさか、そんなわけないじゃないですか」
冴子さんに気があるという、私にとってはものすごく警戒したくなる嫌なことを言われたけれど、それを本人には言えない。
「ここの苺パフェ美味しいですね〜。美味しいもの食べてたら気分よくなったかも。冴子さんのチョコレートパフェも味見させてください!」
黙って差し出されたチョコレートパフェに手を伸ばす。
「チョコレートも美味しい〜! 次に来た時はチョコレート頼もうかなぁ。抹茶味も捨てがたいな〜」
私は満面の笑顔でひたすらパフェを掬って食べた。
きっとあんな話を聞かなければもっと美味しく食べられたのに、今はパフェで気分を逸らすのにいっぱいいっぱいだった。
何か言いたそうな冴子さんに気づかない振りをして私はパフェを食べ続けた。
金曜日の夜、今日は広報部の飲み会があり居酒屋に来ていた。
座敷席で私と冴子さんは向かい同士。
冴子さんの隣には山下先輩が居座っている。
数日前に「俺、思い切って高野先輩にアプローチしてみます。高野先輩、意外と俺みたいなタイプ好きかもしれません」という大変嬉しくない宣言をされたため、はっきり言って不愉快だった。
冴子さんは飲み会ではいつも端に座る。
いつもなら私は彼女の隣に座る。そうすれば冴子さんの隣には私しかいないことになる。特等席だった。
だけど今日は山下先輩に取られてしまった。
アプローチすると宣言しただけあり、ずっと冴子さんに話しかけている。
(さっきから冴子さんに馴れ馴れしくボディタッチして。冴子さんも何で振り払わないの)
冴子さんはと言えばあまり彼に興味はなさそうだったけれどちゃんと話は聞いてあげている。
私はそれを見て益々不貞腐れ、ビールがどんどん体に吸い込まれてゆく。
「奈津、飲むペース早すぎ」
そんな私を見兼ねたのか、ジョッキを持ち上げようとした私の手を冴子さんに遮られた。
「今日は飲みたい気分なんです」
「お酒強くないんだから、ほどほどにしておきなさい」
「分かりました」
と答えておいて冴子さんが山下先輩と話している隙にビールを呷る。
「奈津ちゃん、飲み過ぎじゃない?」
今度は隣に座っていた
橘先輩は冴子さんとは同期で、二人が言うにはお互い「腐れ縁の悪友」らしい。
職場内で唯一、冴子さんと私が付き合っていることを知っている人でもある。
「橘先輩、あれありえなくないですか?」
「冴子は興味ないと思うよ」
何とは説明しなくても分かってくれる。
私はわざと橘先輩にしなだれかかった。
「橘先輩、いえ、みちるさん」
普段は出さないような甘ったるい声を出す。
「もうどうしたの? 奈津ちゃん。本当に飲みすぎだよ。しっかりして」
「みちるさんって綺麗ですよねぇ」
「褒めても何も出ないよ」
向かいの席で冴子さんが何とも言えない複雑な顔をしている。
「私、みちるさんを選べばよかったのかも」
「ん〜それはどうかな…」
私は橘先輩にもたれたまま、ビールへ手を伸ばす。
飲もうと思ったけど胸のあたりが気持ち悪くて飲む気が沸いて来ない。
「奈津ちゃん、顔色よくないけど大丈夫? もうお酒はやめておこう。ね?」
「……気持ち悪いです」
「お手洗い行こうか」
私は橘先輩に連れられてトイレに行き、吐いた。
自分の許容量を超えたお酒なんて飲むものじゃない。
こんな酔い方をしたのは始めてだ。
楽しくもないのに飲んだところで辛いだけ。
冴子さんが取られそうで不安で悲しくて、バカみたいに酔って吐いて情けなくて涙も止まらなかった。
しょうもない後輩の背中を黙って橘先輩がさすってくれる。
「冴子は奈津ちゃんしか見てないよ」
そうだろうか。そうかもしれないけど、冴子さんが好きになるのは女性だけではない。
私より山下先輩の方がいいと思ってしまったらどうすればよいのだろう?
私の嘔吐が落ち着いたところで「お水もらってくるね」と言って橘先輩はいなくなってしまった。
楽しそうにお酒を飲む人たちの喧騒がどこか遠くの世界の出来事のように感じる。
(何やってるんだろう私)
職場の飲み会で悪酔いして最低だ。
トイレの出入り口の扉が開く音がする。
橘先輩が戻って来たのかと振り返ると冴子さんがいた。
「これ」
とペットボトルの水を渡される。何だかとても顔を合わせづらくて視線を逸したけど、怒られるかもと思い身構える。
「すみません……ちょっと」
私はまた胸にこみ上げてきたものを吐き出す。
「奈津、何でそんなになるまで飲んだの?」
今度は冴子さんの腕に介抱されながら、しばらく吐いていた。
「……辛い……辛いです」
悪い酔いが辛いのか、山下先輩とのことが辛いのか自分でも分からない。
溢れてくる涙を冴子さんが手で拭ってくれる。
「今日はもう帰ろうか。疲れたでしょ」
冴子さんに優しく抱き寄せられてる。
(私はやっぱりこの人の側にいたい。ずっと私のことだけを見ていて欲しい)
「……冴子さん、私……」
「話は後でゆっくり聞くから。落ち着いたら帰ろう」
冴子さんとタクシーに乗り、家に向かった。
飲み会は私が具合が悪くなったからということで冴子さんが一人で話をつけてしまい、途中退場となった。
帰宅後はベッドに沈んでしまい、目が覚めたのはお昼過ぎだった。
「その…山下先輩が冴子さんに気があるというか好きみたいで…」
「で、それが気に食わなかったわけね」
「はい…。だって、冴子さんは私の彼女なのに。飲み会だっていつも私が隣なのに取られるし…。しかも冴子さんにベタベタ触るし、冴子さんも拒否しなかったですよね…」
「興味がなかっただけよ」
私は冴子さんの腕の中で悪酔いに至った経緯を説明するはめになっていた。
「だからってあんな飲んだくれることはないでしょ。それとも私があいつに惚れるとでも思ったの?」
「思ってはないですけど、でも、山下先輩との方が絵になるというか……。私じゃ相応しくないような気がして…モヤモヤして…不安で…」
「奈津は山下に嫉妬してたってことね。私があいつと良い仲になるかもって不安になったわけだ」
「……はい」
「事情は分かった。全部話してくれてありがとう奈津」
冴子さんはわざとらしいくらいににっこりと微笑む。でも何故だろう、目が笑っていない気がする。
「これからは奈津がモヤモヤしないようにしないといけないよね」
「え……はい………?」
冴子さんにベッドの上で組み敷かれた。
両腕を押さえられて馬乗りされてるので身動きができない。
「あの、冴子さん……」
「私がいけなかったのよね。奈津を不安にさせて」
「いえ、私が嫉妬してイライラして勝手に不安になって酔ったのが悪いのであって冴子さんは…」
じっと見下される。口元は笑ってるのにやっぱり目が笑っていない。
「これから奈津がどんな相手でもモヤモヤしたりしないように私がどれだけ好きか今から教えてあげるから覚悟しなさい」
「か、覚悟が必要なんですか?」
どれだけ好きか教えると言っているが甘い言葉を囁いてくれるわけではないらしい。
「あと、橘に甘えてたのは何?」
(どうしよう、冴子さん怒ってる…)
私が嫉妬の末に悪い酔いしたことよりも橘先輩に絡んでたことが冴子さんの気に触ったようだ。
「私よりも橘の方が魅力的だった?」
「……そんなことはない……ですよ。その橘先輩は先輩として尊敬しているというか…。恋愛感情はないですよ、もちろん。昨日のあれはあてつけというか……」
私が山下先輩に嫉妬したのと同じくらいに、冴子さんも橘先輩に嫉妬していたということに気づく。
「私が選ぶのは奈津だけだって分かるように今からきちんと教えてあげるね。ついでに他の女なんかいらなくなるようにしてあげようか」
今の私に拒否権はない。
怖いような、でも嬉しいような。
背中にゾワゾワと甘い痺れが走る。
「頭と体で覚えなさい。私が奈津しか見てないって。いい?」
こちらの返事も聞かずに唇を塞がれた。
息ができないくらいに激しいキスをされて頭がくらくらする。
十二分に唇を翻弄された後でやっと離される。
「っ……冴子さん、まだ……お昼……なんですけど……」
「まだまだ時間があるからたくさん教えてあげられるね」
外の明るさなど関係ないらしい。
これは諦めて冴子さんの望むままに教えてもらうしかないようだと悟る。
(長くて甘い一日になりそう)
私は冴子さんの身体に腕を回した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます