神殿の中で【5】


 まあ、言いたくないのなら。

 ただ、あまりにも情報として正しいので驚いてしまう。

 多嵐デッド・タイフーンの事はゲームにも出ていないから、セレーナのような転生者や、ユイ殿のような異世界人からの情報ではないはず。

 師匠やイヅル様のような、超常現象に近い、もはや概念レベルのお方でなければ……。

 この世界で、そのレベルの存在ともなると——考えられるのはただ一人。

 魔王の部下でありながら、魔王が倒されると裏切るダーダン。

 世界の中心に溜まった毒素の塊に飛び込み、『意思ある大魔王』として誕生する者。

 異界より現れた魔王ステルスの補佐官でもあるダーダンなら、この世界の変化に気づいている可能性が高い。

 しかし、確証はないしそれをダーダンがアマード氏に教えてなにか得でもあるのだろうか、という点も……説明がつかない。

 とりあえずこの件は保留だな。


「ふむ……副神殿長を待つつもりだったが……古龍イヅル様とアマード、そしてライズ殿がそう言うのであれば……信憑性は高い、か? しかし……」

「私はライズとセレーナに命を救われているから、全面的に支持するわ。他の町長が動かないと言うのなら私の『フォブル』は先にその合わせ鏡の魔石で町ごと泉議会室ドル・アトルに移動してこようと思う。その時の情報は、他の町にも公開する」

「! レティシア女史……!」

「私めの『ストラスト』も泉議会室ドル・アトルへ転移します。そのための準備はずっと進めていました。あとはタイミングですから……レティシア女史、まずは準備がほとんど整っている『ストラスト』が泉議会室ドル・アトルへ移動しても? もちろん『神殿』の協力なくしては、不可能ではありますけれど」

「! ……そうね」


 町長だけで、移転は決められない。

 受け入れるのは泉議会室ドル・アトル……そして『神殿』。

 しかし、まさかここにきて二つの町が移転を申し出てくれるなんて……!

 これは大前進だぞ。


「どう考えても、町ごとの移動となると年単位の準備と後始末が必要だぞ……? それに大型結界石を町に集めて、効果範囲はどうなる? その間の魔物の処理は? 効果範囲外の者たちを、どうやって守る?」

「それに、他の町長たちにも相談すべきではないか?」

「無論それもある。……緊急招集して八大主町会議ルーズ・アルディッドを開催してもよい議題かもしれない。勇者殿も召喚されたばかりだ、とにかく他の町長たちを呼び出すか」

「う、うむ……そうだな……」


 ルクシエス様とスタンディー様も……信じてくれた……?


「ライズ殿、古龍イヅル様を呼び出す事は出来まいか。話を聞きたい」

「そ、そうだな。神がなぜ『神託』をくださらないのか、私はそれが気になるところだが……」

「さっきの副神殿長の様子を考えると、『神殿』は本当に『神託』を与えられていない可能性も高いわよね。……となると、神は私たちを見放した、のかも?」

「そ、そんな! 神が我らを見放すなんて……」


 うん、まとまらなくなってきたな。

 ルクシエス様としては、神に見放されたという話は単純に信じたくないのだろう。

 この人は信心深いから……。

 俺も出来る事なら信じたくはない。

 もし神が俺たち人間……いや、今生きるすべての生き物を見放したというのなら、それは……多嵐デッド・タイフーンが、今生きるすべての生き物が住めない世界になっても不思議ではないという事。

 それは、避けたい。

 だが、人間に出来る事は超大型結界で身を守る事だけだろう。

 スタンディー様とレティシア女史、アマード氏は、町長としてその『最悪の事態』を想定しておられる。

 ルクシエス様にも、信仰心は二の次に、長として町や周辺の村を守る事を最優先に考えて欲しい。


「らいず」

「ああ、タニア。退屈か?」

「うん。おやつ」

「それはダメだな」


 抱きっぱなしのタニアが痺れを切らした。

 まあ、子どもにはつまらない話だろう……この世界の命運の話なんだけど。

 あとお前俺と合流するまでにめちゃくちゃ食堂でおやつ食べてただろう。

 どんだけ燃費悪いんだこの子は。


「あ……なら、ここでセレーナと待っていなさい。俺はイヅル様と師匠を連れてくる」

「えーーー」


 えぇ、そんなに不満……?

 じゃあどうしたら……?

 連れて行ったところで、と思うのだが……。


「いっしょにいく」

「…………。分かった。申し訳ないのですが、『賢者の森』へ行ってきます。セレーナへ伝えておいて頂けませんか? すぐに戻って来れるとは、思うのですが……」

「もちろん構わんぞ。……むしろ、『賢者』たる古龍イヅル様を、こちらにお招きするのだ。相応の準備が必要だろう。神殿側にもイヅル様をお招きする事を伝えておかねばならん」

「必要ならば数日滞在して頂く事になるかもしれないわね。他の町長が都合をつけてくるのも、大変だろうし……」

「なるほど……分かりました。出来るだけゆっくり来るようにします」

「ええ、お願いね」


 ノリですぐ来そうな人だが、そうもいかないのだな。

 難しいものだ。


「あ、そうだ。それから……」

「うん?」

「ヨルドの事を、新たな勇者のサポートメンバーに推奨します。きっと彼なら新たな勇者を守り、導けるはずです。彼は強いですからね」

「おお、なるほど! 分かった。『神殿』と勇者殿に伝えておこう」

「よろしくお願いします」


彼は頼られる経験が必要だろう。

あの性格だ、きっとこの世界に不慣れな勇者殿に頼られて悪い気はしないはず。

それで少しは性根が治るといいのだが……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る