神殿の中で【2】


「ん?」


 食堂から出ると空が光っている。

 正しくは空に浮いていた放映魔法の画面。

 そしてその光には見覚えがあった。

 あれは、勇者召喚の光……。

 ああ、あの長話が終わってようやく勇者召喚の儀式が執り行われたのか。

 見上げていると、光は凝縮して白い玉のような形になる。

 それがひび割れて、破裂すると中から人の形わわした光が再び眩く照らす。

 その光が晴れると、不思議な装いの少女が床に座り込んだ。

 表情はユイ殿の時のように……困惑。

 まあ、無理もない。

 突然これまでいた場所とは違う、未知の世界に呼び出されたのだ。

 哀れだと思う。

 命懸けで、他の世界のために戦えと命じられるのだから。


「あれがゆーしゃ?」

「……! ……うん、そうだな」


 でも、そう感じるのは俺がユイ殿の事を知っていて、セレーナの前世の話を聞いているからなのかもしれない。

 タニアの瞳は、召喚されてきた勇者をキラキラ期待に見た眼差しで見上げている。

 この世界のほとんどの人がそうなのだろう。

 勇者はこの世界を魔王から救ってくれる希望の光。

 いくら魔王がすでに封じられているとしても……。


「…………」


 今度の勇者は、大丈夫だろうか?

 ユイ殿のようでないのなら、俺とセレーナで導いて、 八大型主町エークルーズの長たちを説得出来るような勇者に仕上げる事も……出来るかもしれない。

 セレーナの判断に委ねるべきか……。


「あ、せれーな」

「!」


 見上げるとセレーナが召喚されてきた勇者に膝をついて話しかけている。

 その周りには神殿の神官たち。

 同じ神を信仰する『聖女』と『神官』のはずなのに、この『神官』たちの胡散臭さは一体……。


「せれーな」

「あ、ああ、そうだな、行こうか」


 どちらにしてもやる事は変わらない。

 セレーナと合流し、この町にも魔法石を埋めて次の目的地、『ファイシドのアルゴッド』へ行く。

 タニアを預けられそうな養護施設ならいいが、そうではなさそうだから養護施設の解決。

 その結果で、タニアを預けられるところを再検討しなければならなくなる。

 うーん、少し困るな。


「ライズ!」

「!」


 名前を呼ばれたが、この声はセレーナではない。

 聞き馴染みのある声で、んぐ、っと唇を噛んだ。


「ぅ……お、お久しぶりです……ルクシエス様……」

「急に騎士団を辞めると言い出したから焦ったぞ! 手紙は受け取ってくれたか!?」

「あ、はい」


 このタイミングでこの人に会うとは。

 ……この人はルクシエス様。

 俺とセレーナの出身の村は、『タージェ』の近く。

 そして『タージェ』の町長は、このルクシエス様なのだ。

 つまり、実質俺の元上司。


「理由を教えてくれ。どうして突然辞めたいだなんて言い出したんだ? 給与に不満があるなら……」

「あ、いえ、そうではなく……」

「では、前の勇者殿の事か? 色々よくない噂は聞いていたが……」

「…………」


 ええ……ユイ殿の噂は 八大型主町エークルーズの長たちにも届いていたのか……?

 わ、わおう……。


「……実は、師匠のところへ戻って古龍イヅル様ともお話しました結果、この世界には多嵐デッド・タイフーンが起きると予言を頂きました。それの対処のため、秘密裏に動いてきたのです」


 信じてもらえるだろうか。

 一応元上司だから、話してみたが……ルクシエス様は『神殿』に多額の寄付を行うくらいには信心深い。


多嵐デッド・タイフーン……? 『神殿』はそんな事なにもおっしゃっていなかっただろう? なにかの間違いではないか? そもそも、我らにはそんなものよりも魔王という脅威の方が重要だ。なにしろ魔王のせいで生態系が崩れたんだからな」

「う、そ、それは、まあ……はい」


 そこだけはぐうの音も出ない。

 だが、生き物たちの習性も捕食相手も大きく変わってはいない。

 鳥化した肉食魔物は鳥化した草食魔物を食う。

 圧倒的に『虫』が減っているから、植物の中で虫に受粉を頼っている種は絶滅の危機と言われているが……。

 ……魔王ステルスを封印しただけでは、やはりダメなのか。

 一度『賢者の森』に行って殺してくるべきだろうか?

 魔王を。


「しかし多嵐デッド・タイフーンはより脅威です。世界のあり方が変わるのですから。……むしろなぜ、『神殿』は神より『神託』を受けていないのでしょう? 俺はそれがずっと気にっているのです。いい機会なので、聞いてみようかと思っているのですが」

「ああ、それはいい! そうしなさい! そうしなさい! 古龍イヅル様がそうおっしゃておられるのなら、きっと『神殿』も『神託』を受けているはずだ! もし本当に多嵐デッド・タイフーンが来ると言うのなら『神殿』に『神託』がきていないはずはない! 『神殿』は神を崇める場所……我らの祈りを神に届けてくれる場所だからな! 必ず我らをお導きくださるだろう!」

「は、はい……」


 つまりこの人マジでなにも知らないんだな……多嵐デッド・タイフーンの事……。


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