『ククルのダンジョン』【後編】


 この地下三階のボスだったのか。

 しかし、羽が抜け落ちて辺りに散らばっているのを見ると……ビックゾンビドラゴンになって間もない、のか?


「妙だな」

「分かってたけどやっぱりビックゾンビドラゴン……アマードの嘘つき……。……ん? え? なにが?」

「周りを見てくれ。ゾンビドラゴンの周りに羽根が落ちているのが分かるか?」

「あ、本当だ……。……あれ? って事は、羽根が抜けたてほやほや?」

「そうだ。つまり……進化して間もないという事」

「!」

「うー?」

『どういう事っすかぁ?』


 タニアとレトムは首を傾げる。

 ボス部屋に入る岩の坂道に身を隠し、覗き見る感じでは初心者の二人には分かりづらいのかもしれないが、この世界は魔王ステルスが現れて以降魔物のほとんどが羽毛に覆われた鳥っぽいものに変化してしまった。

 翼竜であるお前もカラフルな羽毛に覆われ、ぱっと見鳥っぽくなっているだろう、と指摘すればスン……という顔をされる。

 どうやら翼竜たちにとっても今の姿は若干不本意らしい。

 いや、まあ、それはいい。

 今そんな話はどうでもいいので。


「つまり、アマード氏の言っていたドラゴンも、当然羽毛に覆われていたはずなんだ」

『! 言われてみればそうですね』

「ドラゴン種に限らず、死後正しく埋葬や処理を行われなかった魔物……特にダンジョンの中で別種の魔物として復活する。それがゾンビ種が生まれる所以だ。そしてあのビックゾンビドラゴンは、羽毛が抜けて間もない」

『倒されたばかりという事ですね』

「そうだ。……だが、知っての通りこの洞窟のダンジョンは一方通行……」

「私たちは誰ともすれ違っていない」

「となれば……」


 ドラゴンを倒し、ビックゾンビドラゴンにしてしまった者がいたはずだ。

 だが俺たちはその人物とすれ違ってはいない。

 羽根が残っている事を考えて、その者は戦って間もないはず。

 羽根はダンジョンに吸収されずに残っているのを見れば、半日も経っていないだろう。

 という事は——。


「腹の中か」

「うっそ! そんな事ある!?」

「他に考えられない。セレーナ、俺がやつを立ち上がらせる。得意の腹パンを全力で頼むぞ」

「や、やだー……あんなの素手で触りたくないー!」

「進化したばかりで腐り落ちるほど腐っていないから大丈夫だ。必要なら手袋をつけろ」

「うーっ」


 確かに美しくないが、お忘れではないだろうな?

 セレーナ、お前は『聖女』。

 正直触れずとも『聖なる力』でゾンビは吹っ飛ぶ。

 それにセレーナの物理が加われば……うむ、考えるまでもないだろう。

 正直「俺、必要?」と思わんでもないぐらいだ。

 だが一人で戦わせるわけにはいかない。


「行くぞ」

「うー、分かったわよ〜」

「タニアとレトムはここにいてくれ。十秒で終わる」

「うー!」

『はいっ!』


 一秒、飛び降りてボス部屋へ着地。

 そのまま剣を引き抜き、地面に剣先を着ける。

 二秒、剣をビックゾンビドラゴンに向けて跳ね上げる。

 こちらに気づいたゾンビドラゴンが頭を擡げた隙間に、剣圧が入り込み頭が上に向かって吹っ飛ぶ。

 案の定、通常の脆くなったゾンビならクビがもげていただろうところ、普通に上向きになり、胴が地面から剥がれたのみ……鱗が大量に残っている証だ。

 三秒、セレーナが踏み込み、出た腹に向かって拳を振りかぶる。

 四秒、勢いが死に、重力に従って落ちてくるゾンビドラゴンの腹へ向かってセレーナが拳を叩きつけた。

 やはりセレーナの拳には『聖なる力』が宿っている。

 触れる直前に拳圧と共に叩き込まれたそれは、ゾンビ種やアンデット種にとってもっとも苦手な力。

 五秒……ビックゾンビドラゴンの肉体が、瓦解。


「…………。十秒も要らなかったな」

「あーん、気持ち悪い〜! ライズ〜!」

「触ってないだろう」

「でも気持ち悪いのぉ!」

「そうか。でもおかげで助けられたぞ」

「? ……えっ!」


 振り返ったセレーナは俺にしがみついてきた。

 可愛い。

 いや、ではなく……セレーナが驚くのも無理はない。

 ゾンビドラゴンの腹に入っていたのは……『レティシア』。

 そう……『レティシアのフォブル』のレティシア女史だ。


「な、なんで彼女が!?」

「さあな。だが、まだ息はある。……治癒して外へ連れて行こう」

「え、ええ……」


 レティシア女史を魔物の残骸から連れ出し、巣を調べるとその奥に大型のダイヤ型の石が転がっていた。

 それを空間倉庫にしまい、巣の下に穴を掘って魔法石を埋める。

 これで『ククル』でやるべき事はすべて終わった。

 思いもよらない拾い物をしたが、この人ならば単独でゾンビドラゴンと戦い、相討ちになるのも頷ける。

 レティシア女史はこの世界の冒険者の頂点。

 とはいえ、ソロでこんな場所にいるとは思わなかった。


「うー」

「ああ、戻ろう」

「どうしてレティシア様が……。どうするの、ライズ」

「『レッコ』へ急ごう。体温が下がっている」

「そうね。レトム、洞窟を出たら最速で北を目指して」

『お任せあれ!』


 それまでは 保温暖房ホットホットで体温を温存。

 ……気候的に『アマードのストラスト』の方がいいのだろうが、低体温症の治療なら最北端、極寒の地『カジェンドのレッコ』の方がいいはずだ。

 がんばれ、レティシア女史。

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