『アマードのストラスト』【後編】
「どうですか? 出来そうではありませんか?」
手を広げ、満面の笑みで提案するアマード。
「…………そうですね」
なるほど、そういう手。
どちらにしても大型結界石は手に入れるつもりだったが、別な方法を今から探すよりはこちらの話に乗ったふりをした方が早い、か。
「セレーナ、どうだろう? 俺は手を貸してもいいと思う」
「え! で、でも」
「大丈夫だよ。……それに、わざわざ俺たちに話を持ってきてくれたんだ。信頼には応えたい」
「ラ、ライズ……」
「セレーナが不安なら、今夜一晩考えさせてもらおうか?」
「…………。そ、そうね、もう少し、考える時間が欲しい……かな」
「という事なので、今夜一晩時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「そうですか……。まあ、急ぎの案件ではありませんし、相手はドラゴンですから……慎重になるのも無理はないですね。ええ、明日の朝、依頼を受けるか受けないか、教えて頂ければそれで構いませんよ。では、今夜はうちのお部屋をお使いください。夕飯もご用意致します」
「ありがとうございます」
薄っぺらい笑顔だ。
そう思いながら、部屋に案内される。
扉挟んで隣同士の寝室。
すぐにセレーナが俺とレトムのいる部屋に、タニアと共にやってきた。
「ちょっとライズ、どういうつもり? アマードの依頼を受けるだなんて」
「ああ、それなんだが……」
ちょうどいい。
俺の考えをセレーナに聞いてもらおう。
俺はずっと考えていた。
勇者ユイ殿が未だに名を轟かせる事をしていない以上、ならば俺の名を使って世界を
三つの町、すべてで……俺は俺が思っていた以上に有名だった。
ならばこの名声と、なにか実績を得れば……
「ライズが勇者の代わりをするって事……? そんな……」
「ダメだろうか? 俺としては、別に問題ないと思っているのだが」
「そ、それは……そうかもしれないけど……」
「セレーナはなにが不安なんだ?」
なにに怯えている?
なにが怖い?
教えて欲しい。
ソファーを立ち上がり、お菓子にかぶりつくタニアとは逆の場所に座ってセレーナの手に手を重ねる。
タニア、食べ過ぎではなかろうか。
あとで注意せねば。
「……不安……っというか……」
「うん」
「私は……『聖女セレーナ』は……ゲームでアマードに騙され、主人公たちを敵に回してでもこのクエストを押し通そうとして……ライズにも嫌われて……。冒険は続くけど主人公の信者みたいになる、キャラクターなのよ」
「うん」
それは聞いた。
正直想像するとだいぶ気持ちが悪い。
確かにセレーナは『前世の記憶』とやらを思い出す前、かなり信仰心の強い子だった。
この世界の神は人に『神託』という予言を与えるので、宗教色はとても強いのだそうだ。
『セレーナ』はその信仰心を利用され、境遇による想いも利用され、主人公たちを騙すという愚行を犯すが許されて出戻り。
その後は信仰対象が主人公の勇者になる。
そんな『キャラクター』。
俺の知るセレーナとは似ても似つかない。
「あまり、ゲームと似た展開は……怖いの……。ライズに嫌われるのが……怖いの」
「嫌いになんてならない」
「そんなの分からないじゃない!」
「セレーナこそ、俺の気持ちをその程度だと思ってるのか?」
「! ち、ちが、そ、そうじゃ……! そうじゃないけど……」
心外だ。
たとえ今からゲーム通りのセレーナになっても、俺はセレーナのいいところをたくさん知っている。
作るものがすべて毒になるところや、聖女とは思えない物理攻撃力の極振りっぷり。
おっちょこちょいでお菓子が爆発した事もあったな。
そんなダメなところをすべて「伸びしろ!」とプラスに捉えるところがとても素敵だと思う。
以前は……『前世の記憶』が戻る前のセレーナの事は、信仰心が厚く、清楚で可憐な少女だと思っていた。
だが、彼女のままだったら、俺は婚約を申し込むほどに惹かれていただろうか?
答えは否だ。
俺は
コロコロ変わる表情や、すべてを神に委ねず自分で決めようとするところ……こうして不安なところを、俺にちゃんと話してくれるところが好きだ。
「セレーナが、セレーナのままなら、俺は嫌いにならない。断言する。……ゲームの強制力がないのは、すでに立証済み……なにも不安になる事はない。俺はセレーナと生きていきたいから、この世界を守りたいんだ」
「……ラ……ライズ……」
「大丈夫。きっとなんとかして見せる。俺を信じてくれないか?」
「…………」
安心させるように微笑んで、セレーナの手を握る。
「……うん、分かった」
翌朝、依頼を受ける旨をアマードに伝えた。
喜んで笑っていたが残念。
お前の思い通りには、ならない。
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