『ミレンダのドラドニエン』【中編】
「いらっしゃいまーーーーっ!?」
「「まー?」」
ギルドの看板を見て、中に入ってみると中もあらゆるものが木材で作られていた。
木の温かみのある、よいギルドだな、とセレーナと微笑み合い、受付嬢に話しかけるとこれである。
突然なにがどうしたのか、叫んで後ろに慄いた。
「え! ま、待って、待ってください、まさか! まさか! け、け、け、『剣聖』!? 『剣聖』ライズ・イース様!? ううううそ! ほ、ほんものー!?」
「あ、ああ……」
ざわ、とギルド内の視線が集まるのを感じる……。
思わずセレーナに「助けて」と目線を送るが「頑張れ!」と親指を立てられた。
いや、これは「健闘を祈る」の意味か?
分からん。
どっちにしても見捨てられた。
「やば、やば……本物、マジでかっこいいじゃん、やば……」
「こら、ちゃんと仕事をしなさい! しないなら交代しなさい!」
「いやですぅ! ライズ様の担当は私がやるんだぁ! こほん! えっと、ご用件をお伺いしまっす!」
逞しいな。
隣にいた先輩らしき受付嬢は、舌打ちをして自分の担当カウンターへ戻っていく。
……逞しいなぁ……!
「あ、ええと、連絡があったと思うのだが、『フォブル』で冒険者証の有効期限延長手続きをしていたんだ。依頼の魔物を狩ってきたので、買い取り精査を頼みたい」
「! かしこまりました! 書類のご用意を致しますので、五分ほどお待ちください!」
「頼みます」
意外と時間がかかるものだな、と思ったが……彼女が席を立つと分厚い木製の表紙に挟まった書類をペラペラ捲るのが見えてスン……と後ろへ下がった。
立食用のテーブルがあるのでそこに行き、セレーナとタニアに「なにか飲むか?」と聞いてみる。
……タニアはちょっと背が足りないな。
「うー……」
「なんて?」
『お腹空いたそうです。飲み物より食べ物……』
「あ、ああ、そういう話をしていたからな。セレーナはタニアとなにか食べてきくれないか? 宿屋も確保しておいてくれると助かる」
「そうね……。でも食事はみんなで食べたいわ。それに、ライズは一番たくさん食べるじゃない。それなのに一人で食べるの寂しいでしょう?」
「う……いや、でもタニアがお腹空いているのなら、早くなにか食べさせてやりたいというか……」
セレーナの言う事はもっともだが、ここはタニアを優先すべき——そう、言った時だ。
「…………なにかご用だろうか?」
「!」
背後から殺気……。
振り向く事なく問うと、相手は立ち止まる。
セレーナがタニアを抱き締め、テーブルから少し離す。
「っ!」
俺の代わりに殺気を放ちながら近づいてきた人物の顔を見たセレーナは、ずいぶん驚いた顔をしている。
油断するつもりはない。
剣の柄に指を乗せ、肩越しに振り向く。
「…………貴方は……」
「剣聖……剣聖……剣聖……! それは! 俺が得るはずの称号だった……!」
叫ぶ、その男。
見覚えがある。
武闘大会で三年連続準決勝で当たった人物だ。
……なるほど、やはり年に一回しか顔を見なくても、印象が強ければ覚えているものだと思う。
「ヨルド・レイス」
「ハハハ! 俺の名前は覚えていたようだな!」
「それは、まあ……毎年顔を合わせていたのだから……」
「っ!」
今にも剣を引き抜きそうな、この男……ヨルド・レイス。
神が人に予言を与える『天啓』で、『剣聖』であると言われたらしい。
自ら吹聴しており、事実、剣の才は素晴らしいものがあった。
確かセレーナが「え、勝ったの!? 剣聖になるはずのヨルドに勝ってライズが剣聖になったの!? うそ、大丈夫なのかしら、それ」と心配されたな。
それもそのはず、ヨルド・レイスは乙女ゲームの攻略対象の一人……最初に
だが、セレーナと共に師匠に修行をつけて頂いた俺の方が、彼よりも強くなっていたのだ。
正直セレーナにいいところを見せたかったし、手加減して負けるのは嫌だったので遠慮も容赦もなく毎年顔を合わせる度に真っ正面から正々堂々ぶちのめさせて頂いた。
お前が『剣聖』であっても関係ない。
俺はセレーナに「すごい」と褒められたい!
……ので、三年連続優勝は戴いた。
「偽者め……」
「?」
「俺が神に『剣聖』となる『天啓』を与えられていたんだぞ……! それなのに……! お前が勝ったのはまぐれだ! 偶然だ! 俺と勝負しろ! 俺が『剣聖』であると、証明してやる!」
「……去年と今年の武闘大会は、貴方が優勝したと聞いています。来年優勝すれば、貴方も『剣聖』の称号を得られるのではないですか?」
「違う!」
そう言ってついに剣を抜くヨルド。
ギルド内が騒めいた。
当然だろう、ギルド内は抜剣禁止だ。
ついでに、決闘を申し込む場合はそれなりの手順も費用、然るべき場所、立会人が必要。
「俺と戦えライズ・イース! 俺が勝つ! 今度こそ俺が! 俺は『剣聖』になるために生まれてきた男なんだ! お前に負けっぱなしで、『剣聖』など名乗れるか! 最強無敵の剣の王! それが『剣聖』だ! 俺が! 『剣聖』だ!!」
「…………」
「戦え!」
受付の方を見る。
カウンターの中の職員たちも、あまりに唐突に始まった騒ぎに口を開けて固まっているではないか。
「……いいだろう。でも決闘するのなら手順をきちんと踏んで欲しい。こんなところで唐突に行われる喧嘩もどきでは、貴方も世間も納得しないのではないか? 貴方の言い分から、貴方は世間に認められてこそ『剣聖』だと言いたそうだが?」
「! …………。……いいだろう、立会人と場所はこちらで用意してやる! それが整ったら、改めて貴様に『剣聖』の座を賭けて決闘を申し込む! 逃げる事は許さない!」
「逃げませんよ」
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