『ミレンダのドラドニエン』【後編】


 ざわ、ざわ、ざわ。

 ギルド内は、ヨルドがいなくなってからもしばらくざわつき続いた。

 厄介な事になったが、本人があれでは仕方ないだろう。


「ライズ……」

「まあ、大丈夫だろう。普通のレベル上げでは、俺とセレーナが師匠に受けた修行ほどの効果はないだろうから」

「まあね!」


 それはね! とあまり思い出したくない修行時代を思い出したのか、セレーナはしゃがみ込んで頭を抱える。

 とても、分かる。あんまり修行時代の事、思い出したくないよなー!

 師匠の修行は基本俺たちの人権には無配慮の厳しさ。

 生と死のギリギリの境界線をいつも攻めてくる。

 いや、だからこそ己の限界をいつも超えてこれたのかもしれないが。

 ヨルドがあのレベルの修行を超えてきたというのなら、好敵手として申し分ない。

 より高みを目指す者同士、切磋琢磨していこうと、手を差し出すのも吝かではないが……。


「でも、まさかヨルドがあんなに偏った感じの人になるなんて」

「本来はあんな性格ではないのか?」

「ゲームだと自信満々な俺様キャラではあったわね。個別ストーリーでは、強力な魔物と戦った事で今の自分の限界を感じて自信をなくすの。それをヒロインに叱咤激励されて、魔物に再挑戦。無事に勝利を収めて、自信を取り戻し、ヒロインに信頼と愛情を向けるようになる……☆」

「はあ」


 ではやはり別にあのままでもよさそうだな、ヨルドは。

 自信を喪失……どころか燃え上がっているようだった。

 ヒロインというのは勇者殿の事だろうが、ヨルドは勇者殿と合流しないのだろうか?

 そういえば最初から呼ばれなかったが……。


「ラ、ライズ様! 書類の確認が取れました! お待たせ致しました! こちらへどうぞ!」

「行ってくるよ」

「ええ」

「うー」

「タニア、もう少し待っててね」


 一悶着あったが、俺とセレーナの冒険者証は無事に更新された。

 まずは食事だが、せっかくなので『ドラドニエン』を観光だな。


「あ、あれって『剣聖』じゃない?」

「本物?」

「マジだ、本物のライズ・イースだよ……!」

「すげー! なんでこの町に?」

「握手とか頼んだらしてもらえるかな?」


 ……観光……出来るだろうか?


「ライズ、本当に有名人になったのね……」

「うー!」

「ああ、食事を食べられる場所に行こうな。えーと」


 周囲を見回すが、木、枝、橋、水……。

 独特な場所で分かりづらい。


「な、なにかお探しですか!」

「あ、ああ、食事どころを探しているんだが、おすすめの店はあるだろうか」

「はい! それならあちらにここいらの名物、ログドっていう淡水魚の塩焼きが美味しく食べられる飯屋があります! こっちです、案内します!」

「あ、ありがとう……」

「ありがとうございます」


 声をかけてきたおじさんのおかげで、美味しい食事にありつけた。

 ついでに宿も教えてもらったので、とても助かった。

 ありがとう、見知らぬおじさん……。




 翌朝。


「木の上で寝るなんて、すごい体験だったわね」

「ああ、あんなに揺れないとは驚いたな。木が周りにあるから、強風も吹きづらいのか……興味深い町だな」

「本当ね〜」

「うー!」

「タニアは魚が気に入った? 塩焼き美味しかったものね〜」

「うー!」

『はい! すっごく美味しかった! と申しております! 人間の調味料サイコー!』

「ははは、良かったな」


 レトムが人間の料理の味を知って、今後野生に戻れるのか怪しくなってきたな……。


「次の目的地は『アマードのストラスト』……西だな」

「……『アマードのストラスト』……アマード……」

「セレーナは大丈夫。俺が一緒にいるだろう?」

「あ……そ、そうね……」


 アマード……セレーナを騙して大型結界石を取りに行かせるという、 八大型主町エークルーズ町長の一人。

 セレーナはそれが原因となり、一度目勇者のパーティーから裏切り者として追放される……それがゲームのセレーナ。

 だが俺の隣にいるセレーナはそんな事はしない。

 する必要もない。


「だが」

「?」

「大型結界石は、欲しくないか?」

「……そうね?」


 大型結界石は、町……人が住む場所を守ってくれる。

 人工的に作り出す事は不可能と言われているから、それを俺たちが手に入れられたなら……。


「…………」


 セレーナには反対されるかもしれないが、俺がそれを手に入れる事が出来れば多嵐デッド・タイフーンの対策に世界を巻き込む事が出来るかもしれない。

 勇者殿が立派に勤めを果たしているのなら、いい加減この辺りまで噂の一つも聞こえてきそうな者だが未だに話の一つも聞かない。

 やはり彼女は……。

 ならば、俺たちだけで世界を救う方にシフトした方がいいだろう。

 セレーナはゲームの内容を知っている。

 その知識を頼りに、大型結界石を手に入れて 八大型主町エークルーズを説得しよう。

 多嵐デッド・タイフーンの時期を遅らせれば、きっとこの世界のすべての人を救う事が出来るはずだ。

 大丈夫……。


「セレーナ、頼りにしてるよ」

「? え? う、うん?」

「うー!」

「ああ、行こう! 次の目的地は西の『ストラスト』だ!」

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